第266話 いつか学長先生も一緒に四つ巴です

 そして三人の戦いは五時間ほど続き、順当な決着を迎える。

 強い者が勝つ。

 何の捻りもない、当然の結末だ。


 激しい戦いによって地形は波打ち、底が見えない穴が空いている。平野だった王都周辺だが、新しい山や谷が作られ、バラエティに富んだ地形になってしまった。


 その戦いの勝者ローラ・エドモンズは、大の字になって荒野に寝転ぶシャーロットとアンナを見下ろしていた。


「はぁ……はぁ……」


 流石のローラも肩で息をしていた。

 体力も魔力も残り少ない。

 限界はすぐそこだった。


 しかし。今そこに倒れている二人は、限界を超えて戦った。

 本当ならもっと早い段階で倒れていたはずなのに、気力で奮い立たせ、閃光のように魂を燃やした。

 その獅子奮迅も、ついにここまで。


 最後まで立っていたのはローラだ。

 けれど、けれども。


「……勝った気がしません!」


 ローラは叫んで唇を噛んだ。


 自分がこうして二人を見下ろしているのは、たんに生まれ持った魔力が大きかったからだ。


 そんな力で勝利して、何を誇ればいいのだろうか。


 今までそんなこと、意識してこなかった。

 むしろ、自分は強いんだぞ、と自慢げにさえ思っていた。


 しかし、シャーロットとアンナの素晴らしい戦い方を目の当たりにして。

 その裏にある血の滲むような努力が見えてしまって。

 むしろ、敗北感すら覚えてしまった。


 空間を歪めて、あらゆる攻撃を反射し。

 雷電と化して、あらゆる攻撃を回避し。

 その技の冴えは、まさに芸術。戦いながらローラは目を奪われたほどだ。


 一方、ローラはただ膨大な魔力にものを言わせただけ。

 不公平ではないか、こんなのは。


 ところが、シャーロットとアンナは、仰向けに倒れながらも笑っていた。

 不満や後悔は微塵もなく、心底から満足したように笑っていた。


「いいえ、ローラさんの勝ちですわ。勝ち誇って頂かないと、わたくしたちの敗北が汚れてしまいますわ」


「そう。私たちは今、すがすがしい気分。やれることを全部やった。出し尽くした」


「ええ、その通りですわ。もちろん負けたのは悔しいですが、わたくしたちは確実に強くなっていますわ」


「そう。殻を破った」


「遠ざかる一方だと思っていたローラさんの背中が、少しだけ近づいたような気がしますわ」


「追いつけない背中じゃない。私たちはかならず追いつく。だから」


「勝った気がしないだなんて、見下してもらっては困りますわ」


 見下してなんかいない。

 ローラは本当に二人を尊敬しているのだ。


 だが、シャーロットとアンナの言い分も分かる。

 この戦いにハンデなどなかったのだと。

 対等な戦いだったのだと。

 彼女たちはそう言いたいのだ。

 別にローラを慰めるためではない。

 二人とも本気でそう思っているし、そうでなければ勝利も敗北も、価値が薄れてしまうから。


「本当に、いつか私を倒すつもりなんですね? 倒してくれるんですね?」


「ええ、無論ですわ」


「ぎゃふんと言わせるよ」


 シャーロットとアンナは気負いなく、当たり前だという口調で言った。


「では……今日のところは勝ち誇らせてもらいましょう。私の勝ちです! まあ、次も、その次も、私はずっと負けませんけどね!」


 ローラは笑って、胸を反らした。

 勝ち誇った。

 シャーロットとアンナに勝ったことは誇りであると。

 ハンデなどない三人とも全力の素晴らしい戦いであったと。

 ローラは誇った。


「それでこそローラさんですわ! 倒し甲斐がありますわ! 次も正々堂々と、ですわ!」


「真っ向勝負で倒す。反則は使わない」


「むむむ? 何だか二人とも、反則を使えば私に勝てるみたいな言い方ですね? 私はどんな手を使われても負けませんよ!」


 ローラは更に胸を反らして、鼻息をフンと荒くした。

 するとシャーロットとアンナがニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。


「あら? 本当ですの? 反則を使っていいなら、明日にでも勝てますわ」


「楽勝」


「へえ。どんな手を使おうってんですか?」


「まずローラさんの前にオムレツを置きますわ」


「ローラがそれを食べてる隙に脇腹をくすぐる。ギブアップするまでくすぐり続ける」


「ひゃあ! それは本当の反則です! やめてください!」


「うふふ。だから言ったでしょう。それにしても焦るローラさんもお可愛らしいですわ。抱きつきたいですわ。しかし起き上がる体力がありませんわ……」


「ほっぺプニプニしたいのに体が動かない。しょんぼり」


 二人の体力が尽きていてよかったと心底思うローラであった。


「三人とも~~。生きてるかしら~~」


「ぴー」


 そこに大賢者と、その腕に抱かれたハクがやってきた。

 ハクはローラを見るやいなや、ぴょんと飛んで、頭の上に移動してきた。


「学長先生。ハクをありがとうございました」


「いいのよ。私こそ、素晴らしい戦いを見せてもらってありがとうを言いたい気分だわ。本当に三人とも凄かった。私もアンナちゃんみたいに途中から混ざりたくなったほどよ」


「え、学長先生もですかっ?」


「それはちょっと流石にご勘弁ですわ……」


「自分で乱入しておきながらアレだけど、学長先生の乱入は駄目だと思う……」


「うふふ。冗談よ。今のところはね」


 大賢者はそこで言葉を切ってから、


「でも、あなたたちと戦いたいのは本当。まあ、学長が生徒をボコボコにするのは問題があるから……卒業したら四つ巴をやりましょ。その頃には、私が混ざっても楽しく戦えるくらいになってると思うから」


 まるでお茶にでも誘うようなノリで言った。

 しかし、目は真剣そのものだった。

 大賢者がさっきの三つ巴に乱入するのを我慢するのがいかに大変だったか、その目だけで分かった。


 仲間はずれにしてしまった。

 ローラはそんなことを思ってしまった。

 相手は大人で、こちらは子供三人で遊んでいたのだから『仲間はずれ』なんて思う必要はないはずなのに。

 けれど、それはつまり。大賢者とローラたちの間には、依然として『子供と大人ほどの力の差』があるということ。


「いいでしょう! 別に卒業するまで待つ必要はありません!」


「そうですわ! わたくしは必ず、在学中にこの四人の中で一番強くなってみせますわ!」


「いやいや。一番強くなるのは私だから」


 と、ローラたちは思い思いのことを口にする。

 すると大賢者は幸せそうに微笑み、首からさげた懐中時計を指でソッとなぞった。


「何て生意気で頼もしくて愛おしい子たちかしら。あなたたちが作る〝未来〟はきっと、私が孤独を感じる暇もないのでしょうね。〝過去〟に想いをはせなくてもいいのでしょうね。楽しみだわ」


 未来と過去。

 現在最強の彼女は意味深に語る。

 何となく分かるような気がして、けれど子供のローラにはよく分からなかった。


「さあ。そろそろ目覚める時間よ。早く起きないと遅刻しちゃうわよ」

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