第265話 三つ巴です

 夢世界の王都は、いまや原型がないほど破壊され尽くしていた。

 アンナ、大賢者、ハクは、かろうじて被害の少ない場所に移動し、建物の上から二人の戦いを見守っている。


 とはいえ、見ているだけでもかなり忙しい。

 流れ弾が飛んできたら防御か回避かしなければならないし、区画ごと吹き飛ばすような攻撃が来たら逃げる必要がある。


 しかし、この戦いの真に見るべき場所は、攻撃力の高さではなく、そこで繰り広げられている技術の応酬にあった。

 特にシャーロットがやっていることは神業に見える。

 アンナは魔法にさほど詳しくないが、それでも分かるのだ。

 ローラとの間にある途方もない魔力量の差を、技術力で補って食らいついている。


 どれほどの鍛錬か。どれほどの執念か。

 それを考えると、身も心も熱くなってくる。

 どうして自分はこんなところで戦いをぼんやり見ているのだろう。

 もし自分があの戦いに参加したら、付いていけるだろうか。

 試したい。

 二人の世界に混ざりたい――。


「混ざっちゃったら?」


 と。

 アンナの内心を見透かしたように、大賢者が呟いた。


「え……駄目でしょ。あれは二人の決闘だから……邪魔をしちゃ駄目」


「そう? でもそんなに拳を握りしめて、最後まで我慢できる?」


 そう指摘されてアンナは初めて気がついた。

 どうやら自分は爪が皮膚にめり込むほど強く拳を握っていたようだ。

 これでは内心を悟られるわけである。


「行っちゃいなさいよ。そもそもローラちゃんとシャーロットちゃんが悪いのよ。あなたたち三人でいつも遊んでるのに。今日だけアンナちゃんを仲間はずれにするなんて」


「遊び? あれは遊びなの?」


「そうでしょ。だって、ほら。二人とも楽しそうよ」


 空を縦横無尽に飛び交い、恐るべき威力の魔法をぶつけ合っているローラとシャーロットは。確かにとびきりの笑顔だった。

 それを見たアンナは「ズルい」と思った。


「……分かった。学長先生、ありがとう。ハクをよろしく」


「どういたしまして。さ、いってらっしゃい。ハクと見てるから」


「ぴ!」


「じゃ、行ってきます」


 アンナは背中の鞘から雷の魔法剣ケラウノス風の魔法剣アネモイを抜き放つ。

 そして風を纏って、空へと。ローラとシャーロットのところへと行く。


        △


 ローラは戦法を変えていた。

 炎や光といった派手な魔法ではなく、氷。それも純度が高く限りなく透明に近い氷の矢で攻撃するようにした。


 もちろん、いくら透明でも、完全に見えなくなるわけではない。目をこらせばそこに透明な物があると分かる。

 しかし、ローラもシャーロットも、その氷の矢も、それぞれが音速を遙かに超える速度で飛びながら戦闘しているのだ。

 その状況では、見えにくいというだけで判断が大きく遅れてしまう。


 反射型ディメンション・バリヤーは確かに鉄壁だが、魔力を大量に使うという欠点がある。

 もちろん普通の反射魔法と違い、相手の攻撃魔法の威力と関係なく、面積辺り一定量の魔力しか使わないというメリットがある。だが、それでも空間を歪める魔法が、容易に発動するはずがない。

 シャーロットは、ディメンション・バリヤーの発動を可能な限り短時間、狭い範囲に限定することで魔力の消費量を抑えていた。


 それを可能としているのは、シャーロットの優れた動体視力と、予言じみた先読み能力。それを使って相手の攻撃を知覚し、ディメンション・バリヤーを必要な分だけ展開している。

 ほんの少し前まで彼女にそんなスキルはなかった。おそらく、大賢者との修行で身につけたのだろう。一体どれほどの努力をしたのかと頭が下がる。


 だが、逆に。

 こちらの攻撃を知覚できない……いや、知覚しにくくするだけで、シャーロットの戦法は崩れてしまう。

 ローラの放った氷の矢を反射するために、ディメンション・バリヤーの発動時間と範囲を広げるしかないのだ。

 結果、シャーロットの魔力はどんどん減っていく。ド根性で回復などという奇跡は通用しない。本当に枯渇したら、それで終わりなのだ。


 そして魔力よりも顕著なのは、集中力の低下。


 ローラは現在、百本の氷の矢でシャーロットを攻撃している。

 もちろん誘導型だ。

 反射されてもすぐに再追尾する。

 視認性が限りなくゼロに近いそれを、シャーロットは驚くべき集中力で反射し続けているが……限界は近い。

 頭に血が上りすぎて目が血走り、鼻血も出ている。

 脳の血管が切れるかも知れない。


 明らかに危険な状態だ。

 それでもローラは攻める手を緩めない。

 勝つにせよ、負けるにせよ、最後まで全力で。

 それが決闘している相手への、最低限の礼儀だと思うから。


 いよいよ長かった戦いに終止符が――打たれようとした瞬間。

 ローラに雷が落ちてきた。


「にゃにっ!?」


 戦闘中はつねに防御結界を身に纏っているので、ダメージはない。

 それでも不意の光に驚き、シャーロットへの攻撃を止めてしまった。

 その雷を放ったのは――。


「アンナさん!?」


「何事ですの! どうしてアンナさんがローラさんに攻撃を!?」


 雷を落とされたローラだけでなく、助けられた形になったシャーロットも驚き叫ぶ。


 これは一対一の決闘への乱入だ。

 どういうつもりなのだ。

 ローラもシャーロットもアンナを睨みつける。


 しかしアンナは涼しい顔で空に浮かんでいる。自分がやったことは何でもないことだと言わんばかりに。


「二人が戦っているのを見てたら、私も戦いたくなった。混ぜて」


「混ぜてって、そんな」


「アンナさん! これはわたくしとローラさんの決闘なのですわ! わたくしが……あの一学期のトーナメント決勝戦で負けて以来、積んできた努力を、今ここでローラさんにぶつけるのですわ!」


「それは別に私にぶつけてもいいやつじゃない?」


 アンナが呟くと、シャーロットは目を丸くした。


「二人とも、ズルい。こんなに楽しそうに戦って、私は見てるだけなんて。あんまりだと思う。私だって戦える」


 それを聞いてローラはハッとした。

 いつも三人一緒に遊んでいるのに、どうして戦いは一対一でなければならないのか。

 そんな決まり事はない。

 まして今のアンナは強いのだ。

 逆にどうして本人が乱入してくるまで誘うことを思いつかなかったのかと不思議になってくる。


「し、しかし……アンナさんに手伝って頂いたら、わたくしのリベンジになりませんわ!」


「誰がシャーロットを手伝うって言ったの? 私、二人ともぶちのめすよ」


 雷の魔法剣ケラウノスから稲妻が伸び、シャーロットに直撃した。

 これでローラとシャーロットは一発ずつ電撃を喰らったことになる。

 確かに、シャーロットに肩入れするつもりはないようだ。

 本気で三つ巴を望んでいるらしい。


「それに。シャーロット、氷の矢に貫かれるところだったでしょ。だから一対一の戦いは、シャーロットの負けだよ。決着ついてる」


「それは! それは……」


 シャーロットは何も言えない。

 どんな言い訳をしても負け惜しみになる。

 プライドが高いからこそ、そんなみっともないことは言えない。


「ええ! ええ、そうですわ! わたくしはアンナさんが乱入してこなければ、氷の矢で心臓を貫かれていましたわ!」


 シャーロットが負けを認めた。

 この時点で、一対一の決闘は終わり。

 けれど、まだ夜は明けていない。


「第二ラウンド。三つ巴をやろう」


 アンナを中心に、稲妻と竜巻が吹き荒れる。

 もの凄い戦意だ。

 憎しみや恨みといった負の感情なしに、人はここまで戦意だけを高めることができるのだという見本のようだった。


「私は一向に構いませんよ。楽しそうじゃないですか!」


「わたくしだって異存ありませんわ。以前アンナさんと戦ったときは引き分けでしたから。今日こそ勝利してみせますわ!」


「それはこっちのセリフ。そしてローラにだって、勝つ」


 こうしてローラ対シャーロットの戦いは終わりを告げ、三人による乱戦が始まった。

 初撃を放ったのは提案者のアンナ……ではなく。

 第一ラウンドで敗北し、リベンジに燃えているシャーロット……でもなく。

 ローラだった。


「光よ。闇よ。炎よ。水よ。雷よ。風よ。森羅万象に宿る力たちよ。我が魔力を喰らえ。集え、従え、平伏せよ。そして命じる。全てを――滅せよ」


 ローラの魔力は強い。

 シャーロットとアンナが持つ魔法の双剣の魔力を合計したものよりなお強い。

 つまりローラは挑戦されるほうだ。迎え撃つ側だ。

 ゆえに先手を譲るのが常識だが、せっかくの三つ巴。乱戦だ。

 どうせなら、しっちゃかめっちゃかな開幕のほうが楽しいだろう。

 だからローラは様々な属性が入り交じった、しっちゃかめっちゃかな魔法をぶっ放した。


「何ですのこれは!」


「カラフルすぎて目がチカチカする……!」


 方向性も定めずに撃ったから、ローラの魔力が全周囲に広がっていく。

 それがランダムに光の矢になったり、闇の玉になったり、火炎放射になったりと、無差別破壊を引き起こした。

 至近距離からそれに巻き込まれたシャーロットとアンナは、たまったものではないだろう。

 だが、だからこそ、二人がどう対処するのか見たいのだ。


「こんなもの、反射すればいいだけですわ!」


 やはりシャーロットはそうするだろう。

 数も種類も威力も手加減抜きなのに、見事、自分の周りに飛んできた攻撃魔法を全てローラへと反射してしまう。一休みしたことで集中力が復活したようだ。頼もしい。


 そしてアンナは。

 魔法の双剣で斬り裂くのだろうか。それとも風の魔法剣アネモイの突風で加速して回避するのだろうか。あるいはローラが想像もできないような別の手段か。


「出し惜しみはしない。全力で楽しむ」


 アンナがそう呟いた刹那。

 彼女の体が雷電に包まれた――否、彼女の体が雷電に変わったのだ。


「なっ、え、ええ!?」


 驚くローラを無視して、雷電は攻撃魔法の尽くを回避する。

 見た目だけでなく、その移動速度も雷のようだった。

 ほとんど瞬間移動に近い。

 ピカッと光ったとき、雷電はもう次の場所に移動してしまっている。


 そして雷電はローラに近づき、ローラの後ろに回り込み――。


「凄い、こんな簡単にローラの後ろを取れた」


 アンナの声。とともに、二本の魔法剣が振り下ろされた。


「くっ!」


 ローラは振り返り、自分の剣を抜いて一本をガード。

 もう一本は魔力で作った光の剣で受け止める。

 かろうじて間に合った。


「アンナさん……さっき雷みたいになってましたけど、どういうことですか?」


「どうもこうも、雷になれるようになった。こんな風に」


 ローラの目の前でアンナは再び、その体を雷電に変えた。

 もはや人の形をしておらず、バチバチと空中放電の光だけが広がる。

 それは一瞬でローラから遠く離れ、空中をジグザクに移動して見せた。


「は、速すぎて目で追うのも難しいですわ!」


 シャーロットが焦り声を出す。

 ローラも全く同じ感想だ。

 これでは次元倉庫に閉じ込めることもできない。普通の攻撃魔法を当てるほうがまだ容易いが、仮に当てたところで、雷電になったアンナに効くのだろうか?


 と、思いきや。


「疲れたから元に戻る」


 アンナは雷電化を解除し、いつもの姿になった。

 どうやら連続使用には制約があるようだ。

 そうでなければ無敵すぎる。


「アンナさん。いつからそんなことできるようになったんですか……?」


「冬休み。師匠と修行してたら、何かできた。そのあと練習して自由に使えるようになった。凄いでしょ。えっへん」


 アンナは抑揚のない声で威張る。


「いや、もう凄すぎて……でも、絶対に無敵の技なんてありませんからね。最後は私が勝ちますよ」


「あら。勝つのはわたくしですわ!」


 ローラとシャーロットの攻撃魔法が、同時にアンナへ迫る。

 が、再び雷電化。

 余裕で回避してしまう。


「雷には雷ですわ!」


 シャーロットは雷の攻撃魔法を連射する。

 しかし当たらない。

 同じ雷速でも、狙いが定まっていなければ無意味。


 アンナは雷電のままシャーロットに体当たりする。

 そのときシャーロットは全身を反射型ディメンション・バリヤーで包んでいた。

 よってアンナは跳ね返されるが、雷速で幾度も体当たりを繰り返す。

 それでも埒があかないので、アンナは標的をローラに変えて突っ込んできた。


「ふふん。雷速にも目が慣れてきましたよ!」


 ローラはアンナの進行方向に次元倉庫の門を開いた。

 そのまま雷速でアンナは門に飲み込まれる――と思ったら、直前で雷電化を解除。

 そしていつものように風で飛んで移動する。


「ナイスブレーキ! しかし、その程度の速度なら!」


 雷電化を解除したアンナは狙いやすい。もう一度、次元倉庫の門を開けば、今度こそ終わりだ。


「そうはいかない」


 アンナはまた雷電と化す。が、すぐに人間に戻り、また雷電化。


「え、あれ? 動きを読み切れない!」


 速いならずっと速いままでいてくれたほうが読みやすい。

 それが速くなったり遅くなったりされると調子が狂う。

 しかもアンナは、そのパターンを読まれないよう、絶妙の切り替えを行っている。

 思いつきでやっているのではなく、シャーロットのように練習を繰り返していた証拠だ。


「覚悟!」


 アンナがいきなりローラの眼前に現われた。

 左右から魔法剣が迫ってくる。

 ローラは回避……ではなく反撃を選んだ。

 なにせアンナから近づいてくれたのだ。それも実体のまま。

 この至近距離からなら、また雷電になって逃げようとしても間に合わない!


 だが、これは三つ巴。

 一対一の戦いでは正しい選択も、悪手となることもある。


「汝は黒。汝は闇。汝は終わりを告げるもの。全てが行き着く終焉の姿。我が魔力を吸い、ここに顕現せよ。この地に降り注げ――」


 シャーロットの詠唱した魔法は、ローラとアンナの頭上で発動した。

 それは黒い柱。

 大きさこそ一回り小さくなっているが、先ほどローラの片腕をへし折ったのと同質のものだ。


 攻撃魔法と魔法剣を激突させようとしていたローラとアンナに、黒い柱が墜落する。


 どう動くべきか。

 二人合わせて黒い柱を止めるか?

 それとも単純に逃げるか?


 百分の一秒。

 ローラとアンナは目で会話した。

 答えは、続行。

 委細構わず、戦闘続行。

 ローラの放った光の矢と、アンナの双剣がぶつかり合い、爆発。


「――っ!」


 それに競り負け、アンナは大きく後退する。

 そしてローラは競り勝ったことにより、落ちてくる黒い柱の下敷きになる。

 だが、これは一度喰らった攻撃だ。それも、さっきのより弱い。

 ならば問題ない。いや、それどころか、利用してやる。


「うりゃああああああ!」


 ローラは黒い柱を掴んで、振り下ろした。

 その線上には、アンナとシャーロットが二人ともいる。


「わたくしの魔法を鈍器に!?」


「私は逃げるよ」


 アンナは雷電化して一足先に離脱した。

 シャーロットは何やら気合いの入った顔になり、柱を受け止めようと両腕を高く上げる。

 しかし、それはブラフ。なにせ黒い柱は元々シャーロットが出したものだ。

 よって彼女の意思で消すこともできる。


 柱はシャーロットに触れる直前に消えてしまう。

 そして柱を構成していた魔力の何割かはシャーロットに返っていき、今度は円錐状の形になる。それをローラへと発射するつもりのようだ。


「隙あり」


 バチッと電気が弾け、シャーロットの背後にアンナが出現した。

 振り下ろされる魔法剣。


「隙ありはそちらですわ」


 魔法剣は空を斬る。

 シャーロットの姿はそこにあるのに、刃が素通りしたのだ。

 光を歪ませて作った虚像である。

 そして歪んでいたのはシャーロットの姿だけでなく、黒い円錐も。

 切っ先を前方のローラに向けていたはずなのに、いつの間にか後方へ。つまり現われたばかりのアンナへと向けていた。

 シャーロットは隙を見せればアンナが後ろから斬りかかってくると読んでいたのだ。


 しかしアンナの反射神経と雷速は、シャーロットの読みを凌駕する。

 黒い円錐は遙か彼方へと飛んでいき、遠くの山の形を変えた。

 ギリギリで命拾いしたアンナは実体化して、だらだらと汗を流している。


「あのタイミングだとアンナさんは焦ると……ふむふむ。参考になります」


「ぜ、全然余裕だったよ……」


「お顔に大ピンチだったと書いてありますわぁ」


 激しい攻防を繰り広げた。

 もはや王都は余波で跡形もなかった。

 だが三人とも健在。

 戦いはこれからが本番。


「さあ、続けましょう。夜は長いですよ」


「うふふ。望むところですわ」


「こんなに楽しい戦いは初めて。ずっと続けていたい」


 一瞬でも気を抜けば敗北に繋がる極限の戦い。

 なのに全員、笑っていた。

 だってケンカしているわけではないし、恨みなどあるはずがないし、利害関係もない。

 ただ戦いたいから戦っているだけ。

 楽しいに決まっている。


「いざ」


「尋常に」


「勝負!」


 今宵、最大の激突。

 ついに大地が裂けた――。

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