第264話 戦いはまだまだこれからです
ローラの背後で、何かが召喚される気配がした。
振り返ると、ドラゴンほどもある雷の精霊が拳を振り下ろしている最中だった。
「っ!」
ローラは驚きつつも防御し、同時に雷の精霊を破壊する。
今のを気づかずに背後から喰らっていても、別にダメージらしいダメージにはならない。
重要なのはそこではなく、攻撃が来たということそのもの。
つまりシャーロットはいまだ、召喚魔法を使えるくらいピンピンしているという事実だ。
「甘いですわよ、ローラさん。言ったはずですわ。わたくしの修行相手は、学長先生だったと!」
「そうでした、そうでした。いえ、忘れていたわけではありませんよ。それを踏まえても驚いたんです。私にはシャーロットさんが回避するところが見えなかったんですけど……どんなカラクリでしょうか?」
「それはご自身で解き明かすのですわ」
「分かりました!」
ローラは炎の槍を作って、シャーロットへとぶん投げた。
もちろん反射されてしまう。
しかし、その炎の槍は、ローラの意思で軌道を変えることができるよう調整してある。つまり追尾可能なのだ。
「っ!?」
一度反射した炎の槍が、再び攻撃してきたことにシャーロットは驚きを浮かべる。
とはいえ、それで集中力を切らすほど愚かではない。
シャーロットは何度でも反射し、ローラは何度でも送り返す。
「もう一本追加です!」
ローラは二本目の炎の槍を投げる。
「そしてぇ! 三本目!」
「ローラさんの贈り物とはいえ、これはウザったいですわ!」
シャーロットは三本の槍から逃げるため、高度を一気に下げた。
三本の槍はそれを追いかけ、追いついては反射され、追いついては反射されを繰り返す。
その追跡劇は、空の上から、王都の街中に舞台を移す。
シャーロットが移動したときに発生する衝撃波で、広場の石畳がめくれ上がる。反射された炎の槍で噴水が吹っ飛ぶ。
狭い裏路地に逃げ込んだシャーロットを追いかけ、三本の槍はヘビのようにうねりながら突き進む。
「しつこいですわ!」
「まあまあ、そういわずに受け取ってください。四本目と五本目です!」
更に追加した炎の槍は、まっすぐシャーロットには向かわず、一度民家の中に突っ込む。
そして一本は壁を貫いて横から、もう一本は地面の中を通って真下から、シャーロットへ奇襲をかける。
「くぅっ!」
すでにあった三本と、死角から現われた二本。
数にすれば大したことはないが、しかし『シャーロットの意識の隙を作る』という意味では、さっきの三千本よりも効果的だろう。
動きが変則的な上、いくら反射してもキリがないという徒労感を植え付けることができる。
――隙ありです!
ローラはシャーロットの反応がわずかに遅れるパターンを発見した。
何度も攻撃して観察したからこそ。そして普段から一緒にいるからこそ見つけることができた、意識の隙。
炎の槍の動きを調節し、シャーロットの動きを誘導し、隙が生まれるタイミングを作り出して――ローラはトドメを刺すつもりで突進した。
全身の皮膚を分厚い防御結界で包み、特に足の裏を厚くして、シャーロットの上空から垂直落下のキックだ。
それは絶対に命中するはずだった。というより、命中したのだ。
ところがローラの足がシャーロットに当たったのに、感触がない。
まるで幻を蹴ったように、スカッと素通りしてしまう。
「ええっ!?」
勢い余ったローラは止まりきれず、地面に突き刺さってしまう。
裏路地の地面に体が埋まってしまい、頭だけが生えているという奇妙な格好になってしまった。
「おほほほ。ローラさん。そのお間抜けな姿もお可愛らしいですわ。おーっほっほっほ!」
頭上から声が響く。
シャーロットがアパルトメントの屋上で仁王立ちしており、高笑いしながらローラを見下ろしていた。
「ぐぬっ、蹴飛ばしたはずなのに……いつの間にそんな場所へ! そんな高いところにいたらパンツ見えちゃいますよ!」
「あら、ローラさんのえっち。お仕置きですわ!」
シャーロットが腕を振ると、周囲の建物が一斉に崩れ、ローラに向かって倒れてきた。
視界が覆われ、シャーロットを見失ってしまった。
「こんなもの!」
ローラは地面を抉るほどの推力で飛び上がり、落ちてくるガレキを頭突きで破壊しながら高度を上げようとする。
だが。
ガレキの中にトラップ魔法がいくつも設置されていた。
ローラが触れた瞬間、大爆発が連鎖的に起きる。
それでわずかに動きが止まってしまった。
おまけに爆発の光で周りが見えない。
一秒に満たない時間だが、このときローラは完全に何もできなかった。
シャーロットが何か、大規模な魔法を使っている気配がする。
しかし見えない。
確かめないと、どんなことをされるか分からない。
ローラは爆風を強引に突き抜けて上空に出る。
すると、まるでローラの動きを読んだかのように、攻撃魔法が落ちてきた。
否。かのように、ではない。シャーロットは読み切ったのだ。
全ては罠だった。
この瞬間、ローラが自分からシャーロットの攻撃魔法に突進するように、誘導されたのだ。
攻撃が来ると分かっていれば、避けるのは簡単だ。奇襲であっても、喰らうとは限らない。
しかし、これでは避けるも何もない。自分から当たりに行ったのだから。
「ぐぬ、ぐぬぅぅぅぅ!」
その攻撃魔法は、ローラ・サンシャインほどの大きさはなかった。
代わりに、鋭利。
太さは、学生寮の部屋の面積ほど。長さは……分からない。空の彼方まで伸びる、黒い闇の柱だ。
超高密度の魔力の塊。
内包している魔力の総量そのものはローラ・サンシャインのほうが遙かに上だが、こちらは凝縮しているゆえ、密度に関しては互角だ。
そんな闇の柱にローラは自ら突っ込んでしまった。
押し返そうとしても咄嗟にはできず、為す術なく地面と柱の間でサンドイッチにされてしまった。
黒い柱はどんどん落ちてくる。そして地面に深く深く突き刺さっていく。
下敷きになったローラは地の底へと沈められた。
まだ止まらない。
痛い。腕が痛い。全身が痛い。このままでは本当に潰されてしまう。
「うりゃぁっ!」
気合いの雄叫びとともに、ローラは柱の底を殴った。
そして魔力を流し込み、柱の構成を破壊する。
黒い柱はひび割れ、バリンと音を立てて砕け散る。
「やりますね……シャーロットさん」
ローラは地中から王都上空へと舞い戻る。
少し……いや、かなり目眩がしている。しかし地の底にいたままでは、どんな追撃が来るか分からない。外に出るしかなかったのだ。
先ほどのように不意打ちを喰らわないよう警戒して高度を上げたのだが、シャーロットに動きはなかった。
それもそのはず、彼女は疲弊しきっていた。
飛行魔法こそまだ使えているが、見て分かるほど魔力が弱々しくなっている。
「まさか……今の攻撃でも無傷とは……ローラさんの防御結界はどうなっていますの?」
「いえいえ。実は右腕の骨が折れたんで、登ってくるあいだに回復魔法でくっつけたんですよ」
「まあ、そうでしたの。では、わたくしの攻撃魔法はローラさんに通用すると言うことですわね! やる気が出てきましたわ!」
弱々しくなっていたはずのシャーロットの魔力が、急に復活してしまった。
本当にド根性の人だなぁとローラは呆れ、苦笑し、そしてローラもなぜだか元気が出てきた。
戦いは始まったばかりという気がする。
「ところでシャーロットさん。私の目を盗んでローラ・サンシャインからどうやって逃げたか、からくりが分かりましたよ」
「あら。やはり分かってしまいましたか」
「ええ。さっき私はシャーロットさんにキックしました。そして当たったように見えました。なのに私の足はシャーロットさんの体を素通りしてしまいました。シャーロットさんがいるように見えて、実はそこにいなかったんですね。シャーロットさんは光を操って、実際にいる場所とは別の場所に自分を映せるんです」
だからローラ・サンシャインを回避したところが見えなかった。
だからキックが素通りしてしまった。
「ご明察ですわ、ローラさん。そう、わたくしは空間を歪める力を応用し、光も歪めることができるのですわ。こうしてローラさんと話しているわたくしも、実は虚像かもしれませんわよ」
「そう言って怖がらせようとしても駄目ですよ。声が聞こえる方向で分かります。今のシャーロットさんは本物です」
「うふふ……もしわたくしが音も操ることができるとしたら?」
「あ! ……いえ、大丈夫です。シャーロットさんは今、飛行魔法と防御結界しか使っていません。そのくらい、魔力の流れをじっくり探れば分かります」
「大したものですわ。しかし、それはこうしてゆったりと会話している最中だからできることで、激しい戦闘中でもそれほど集中できるでしょうか?」
「さあ。頑張ればできるかもしれませんよ! 次はシャーロットさんが光を歪めても、騙されません! それに、その技、あんまり多用できないんでしょう? もしいつでも使えるなら、使いっぱなしにすればいいんです。それが戦いが始まってから二度だけ。シャーロットさんこそ、もの凄い集中力が必要なんじゃないですか?」
「ローラさんの洞察力は本当に素晴らしいですわ。しかし……集中力などド根性でどうとでもなるのですわ!」
シャーロットの姿がぐにゃりと歪んで消えた。
どこに移動したのか。それとも、まだそこにいるのに姿だけ消したのか。
分からない。
ああ、なんて楽しいんだろう。
夜は長い。戦いはまだまだこれからだ――。
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