第263話 新必殺技です

 ローラは光の矢を防御結界で受け止める。

 自分の魔法だけあって、かなりの威力だった。


「あのとき雪玉を跳ね返したのは、反射の魔法がマグレで成功したのではなく……ディメンション・バリアーだったんですね!」


「ええ、どうやらそのようですわ。いずれにせよマグレなのは変わりませんが。しかし……ふふ、ローラさん。この魔法の恐ろしさに気づいていますか?」


「ええ、それはもちろん」


 ローラはそう短く答えつつ、内心で喝采を送っていた。

 本来の『反射の魔法』は、相手の魔力を使って攻撃するとはいえ、実のところ、自分の魔力もかなり消費する。

 その量は、おおむね相手が使った攻撃魔法の三割ほどだ。そのくらい使わないと干渉して反射することはできない。


 対してシャーロットの『空間を歪める反射』は、原理が根本的に違うため、相手の攻撃魔法がいかに強力でも、自分が消費する魔力量は一定だ。なにせ相手の魔法そのものに干渉しているわけではないのだから。


「でもシャーロットさん。それでもディメンション・バリアーは完璧な技じゃないですよ。それはアンナさんが証明しています」


 ディメンション・バリアーがいかに空間を歪める絶対防御の技だとしても、それを発動させているシャーロットは人間だ。絶対には程遠い。

 攻撃が来たと知覚しなければ、湾曲も反射もできない。


 かつてアンナは圧倒的手数によりシャーロットの動体視力を凌駕し、相打ちに持ち込んだ。

 あれは本当に素晴らしい戦いだった。二人が散らす火花はあまりの美しさにローラの目に焼き付いてしまった。


 ゆえにこそ攻略法もまた焼き付いている。


 手数。

 シャーロットの動体視力では追い切れず、シャーロットの反射神経では対応できないほどの、圧倒的物量。


 アンナはそれを実現するため、己の体が自壊するほどのリスクを冒して疾走した。


「私の攻撃、シャーロットさんはどこまで対応できますか!?」


 ローラは再び光の矢を出した。

 一本や二本ではない。

 三千本だ。

 それをシャーロットの周りにドーム状に配置して取り囲む。

 ネズミが逃げ出す隙間もない。


 発射。ただし全て同時にではなく、時間差をつけて。


 もし同時発射なら、シャーロットは攻撃が届く一瞬だけを狙い、全身をディメンション・バリヤーで包めばいい。

 だが、こうして緩急をつけて攻撃することにより、光の矢が最後の一本になるまで、シャーロットは緊張を解くことができない。


 ――次は右か左か前か後ろか。いいや全方向からだ。しかし発射した矢はまだ二百本。あと二千八百本も残っている。

 太ももを狙って心臓を狙って後頭部を狙って、右肩と左肩を同時に狙って、背骨に沿って狙って、今度はまた全身に撃ち込む。


 そうやってローラは三千本の矢をたっぷり十秒も使って攻撃した。

 十秒。

 日常生活の中では短い時間だ。

 しかしローラたちは超音速で戦うのが当たり前になっている。その中の十秒は気の遠くなるような長さだ。


 果たしてシャーロットには、十秒間も全身くまなくディメンション・バリヤーを貼り続けられるほどの魔力があるだろうか。

 それも通常型ではなく反射型を。

 無理だ。

 だから体のどのポイントに光の矢が飛んでくるのかを知覚し、そこだけを集中して守るという技術が必要になる。


 アンナは双剣の連撃で、その隙間を貫いた。

 ならば、ローラの攻撃は――。


「……驚きました。まさか三千発、全て反射してしまうなんて。感服です」


 そう。シャーロットは十秒間、集中力を絶やすことなく、完璧にローラの猛攻をしのぎきった。

 十秒間、全身にディメンション・バリヤーを貼り続けるという力技ではない。

 一発一発を見極めて、しっかり魔力を節約して耐えきった。

 だからこそ、ローラは心の底から賞賛を送ったのだ。

 恐るべき技術力。


 反射された光の矢は、四方八方に飛んでいき、闘技場を徹底的に破壊していた。

 大賢者とアンナは、自分とハクを守り無傷。

 その二人の周りだけが切り取られたかのように被害が少なく、それ以外は木っ端微塵だ。

 立派だった闘技場はただの瓦礫の山と化し、それどころか被害は校舎や、近くの民家にまで及んでいる。

 ここが夢の世界でなければ、何人を巻き込んでいただろうか。


 三千本の矢は、決して数だけの技ではなかった。

 攻撃力に関しても、これほどのものだった。

 それでも今のシャーロットには通用しない。

 ローラは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「この程度で驚いてもらっては困りますわ、ローラさん。わたくしが半月間、一体どこの誰と修行していたと思っていますの? 学長先生とですわ。天下の大賢者、カルロッテ・ギルドレアの攻撃に一晩中晒され続け、怪我をして、死んで、それでも生き返ってまた死ぬ。そんな夜をわたくしは半月過ごしたのですわ。ええ、確かにローラさんはお強いですわ。そこに異論を挟む者などいないでしょう。しかし……学長先生以上ということはないのでは?」


 シャーロットは笑う。

 それは自信の笑み。

 それは余裕の笑み。

 それは嗜虐の笑み。


 認めざるを得ない。

 この瞬間、この戦いにおいて、シャーロットは優位に立っている。


 ローラは驚いて、悔しくて、それらの感情を噛みしめてから、自分の頬を叩いた。

 そして深く息を吐く。


「ふぅぅぅ……シャーロットさん、申し訳ありませんでした。私は本気を出しているようで、出していませんでした。思い上がっていました。何だかんだで、シャーロットさんなんてその気になれば一瞬で倒せると。ごめんなさい。ようやく意識が追いつきました。今から本気でぶっ飛ばします」


「無理もありませんわ。わたくしは不甲斐なかったですから。パニッシャーとの戦いで何もできませんでした。あんなに弱いわたくしを見せつけておきながら、最初から本気のローラさんと戦えるとは思っていませんでしたわ。けれど分かって頂けて嬉しいですわ。さあ、もっと解り合いましょう、ローラさん」


「はい! シャーロットさんがしてきた修行がどんなものだったか、もっと教えてください!」


 ローラは次元倉庫の門を開き、その中にシャーロットを飲み込もうとした。

 しかし反射型ディメンション・バリヤーと妙な具合に干渉し合って、空間がきしむ。

 黒板をひっかいたような音が響いた直後、爆発が起きる。


 その爆発に巻き込まれたところでローラは傷一つ負わないが、炎で視界を遮られるのを嫌い、空中に逃げた。

 同じようにシャーロットも空に上がってきた。

 空中戦だ。


「お互い、前に比べたら飛行魔法が随分とスムーズになりましたね」


「ですわね。トーナメントの頃の飛び方を見たら、きっと笑ってしまいますわ」


 ここはクラウド夢枕が作った、偽の王都だ。

 だが、こうして空から見下ろす景色は本物にしか見えない。

 校内トーナメントの決勝で見た景色と同じだ。


 けれど決定的に違うのは――。


「シャーロットさん。あの王都は誰も住んでませんね」


「ええ、そうですわ。あれは巻き込んでも大丈夫な王都ですわ」


 ローラとシャーロットは空で見つめ合い、ニヤリと笑う。


「では早速、巻き込むことにしましょう!」


 ローラは腕を空に向けて振り上げた。

 そして魔力を放出する。

 それを吸い込んだようにして、太陽が大きく膨れ上がっていく。

 五倍……十倍……二十倍。また大きくなる。

 否。否。否。

 これは太陽にあらず。

 太陽よりなお眩く、太陽より地上近くに浮かぶ球体。


 灼熱の塊? そんな言葉ではこの熱さを表すには足りない。

 紅蓮の塊? そんな言葉ではこの輝きを表すには足りない。


 このようなものが人前に落ちたことがないゆえに、これを形容する言葉はない。


 ただただ大きくて眩しくて熱い。

 見る者の肉体も語彙も殺してしまう、必殺技。


「これはまた……ローラさん、こんな恐ろしい技を隠し持っていたなんて」


「シャーロットさん。この大きさならディメンション・バリヤーの面積が足りませんね。反射は無理ですよ。さあ、せめて生き延びることができたらいいですね。それでは……喰らえ! 必殺! ローラ・サァァンッシャイィィィィンッ!」


 説明しよう。ローラ・サンシャインとは!

 魔力を集めて大きな球にして相手にぶつけるローラの必殺技であり、今思いついた技である!

 しかしその威力は間違いなくローラが今まで放ってきた攻撃魔法の中で最大。


 ローラ・サンシャインはシャーロット目がけて落下していく。

 防御は現実的ではない。反射もまた不可能。

 だから回避するしかないが、この攻撃魔法は範囲が大きいくせに速いのだ。


 すでにシャーロットは飲み込まれて見えなくなっている。

 のみならず、ローラ・サンシャインは地表に到達し、まず冒険者学園とその周囲の区画を蒸発させ、それから爆発。一撃で王都の半分を焼き尽くした。


 この熱波と爆風の前では、仮にシャーロットが直撃を回避していたとしても、余波だけで大きなダメージを負っているだろう。


 と、思っていたのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る