第262話 強さ比べの時間です
そこは王立ギルドレア冒険者学園の闘技場だった。
一学期の終わりに行われた『校内トーナメント』の舞台となった場所だ。
ローラはあのときと同じ夏服を着て、リングに立っていた。
向かい合ってシャーロットが、やはり夏服で。
デジャブを感じる。
シャーロットはいつもローラに張り合っていたが、こうして改めて考えてみると、ローラとシャーロットが一対一の決闘をしたのは、トーナメントの決勝の一度きり。
あのときの再現をしたいらしい。
「ようこそローラさん、闘技場へ。わたくしとローラさんが戦うのですから、やはりそれなりに雰囲気のある場所がいいと思い、クラウド夢枕を調整しましたわ」
「なるほど。異論はありません。今から戦うんだぞっ、という気分になりますからね」
「ぴー」
「ハクもそう思いますか……って、どうしてハクがここに?」
「ぴぃ?」
ローラの頭の上には、いつものようにハクが座っていた。
「おそらく、自分のベッドから這い出して、クラウド夢枕の上で寝てしまったのですわぁ」
「むむ……一対一の約束ですから、ハクは参加しちゃ駄目ですよ」
ローラはハクを降ろし、顔を見つめながら言い聞かせる。
「ぴー」
伝わったのか伝わっていないのか、よく分からない返事だ。
すると、客席から声が聞こえてきた。
「ハクは私たちが預かるから、あなたたちは戦いに集中しなさい」
「ハク。こっちおいで」
見ると、大賢者とアンナが並んで座っていた。
この広い闘技場に、観客はこの二人だけ。
校内トーナメントとの最大の違いだ。
「ぴ」
ハクは短く鳴いて、アンナの頭の上まで飛んでいく。
「さて。これで戦いの準備は整いましたわね」
「そうですね。ところで、これはどういう名目の戦いなんでしょう? シチュエーションはどうなっているんです?」
前に戦ったときは、トーナメントの決勝というこの上なく立派な理由があった。
また、シャーロットとアンナがクラウド夢枕を使って決闘したときは、悪い魔法使いにさらわれたローラ姫を、正義の剣士アンナが助けに行くという設定があった。
では、今日は?
「名目などありませんわ」
シャーロットは当然のように言った。
「わたくしが戦いたくなったから挑んだ。ローラさんはそれを受けた。それ以上の何が必要なのでしょう? わたくしたちは親友同士ですわ。ケンカもしていませんし、いがみ合うなどもってのほか。戦う理由などありませんわ。ないものは、いくら考えたって出てきませんわよ」
全く以て奇妙な話だった。
理由がないなら戦いは発生しない。
なのに戦おうとしている。
筋が通らない。
だがローラは、誕生日パーティーが終わったあと決闘しましょうとシャーロットに言われ、当然のことのように頷いた。
理由はいらない。
強いていえば、比べたくなるのだ。
強い奴が二人いたら、どっちが強いのか比べたくなってしまうのだ。
例えば、ベヒモスとリヴァイアサンはどっちが強いんだろう。
ブルーノとドーラはどっちが強いんだろう。
大賢者とアルピナは?
魔神とパニッシャーだったら?
暇なときにはつい考えてしまう。
そして。
毎晩、クラウド夢枕を使って何かの修行をしていたシャーロットと、今の自分が戦ったら?
比べたい。確かめたい。
それが理由。
突き詰めると――戦いたいから戦う。
「学長先生。戦いの合図をお願いしますわ」
「分かったわ。ルールはなし。時間の制限も、場所の制限もなし。最後まで生きていた人の勝ち。いいわね? それじゃあ……始め!」
刹那。
ローラとシャーロットが放った光の矢が激突し、余波でリングが消し飛んだ。
一学期の決勝戦も、最初にリングが消滅するところから始まった。
謀ったわけでもないのに、同じ幕開け。
ただし、あのときは二人の光の矢が完全に互角だった。互いを相殺していた。
しかし今回は違う。
ローラの光の矢が圧倒的に強く、威力をほぼ維持したまま、シャーロットへと迫る。
校内トーナメントのシャーロットは、ガザード家に伝わる『アビスの門』という場所に籠もり、体への多大な負担と引き換えに、実力以上の魔力を手に入れていた。
ようは一時的なドーピングのようなもの。
それがなくなり、シャーロットの魔力は素の状態に戻ってしまった。
もちろん一学期に比べて、シャーロットは何倍にも成長している。
しかし、ドーピングなしではローラと正面から競り合うのは不可能だ。
一方、ローラの魔力もまた、順当に成長している。
シャーロットほど激しい修行をしていないので数倍という伸び方はしていないが、それでも一学期に比べたら二割か三割は増えている。
つまり、魔力の量だけで考えると、前の戦いよりローラは強くなり、シャーロットは弱体化している。
本来ならば、勝負が成立しないほどの差があるのだ。
にも関わらず、シャーロットは挑んできた。
理由などないとは言うものの、それでも勝ち目が万分の一でもあるから挑んだはず。
それが何なのか、ローラは見たい。
シャーロットは日常でも戦いでも、いつもワクワクすることをしてくれる。
一緒にいると飽きない。楽しい。ずっと笑っていられる。
ローラはシャーロットが大好きなのだ。
だから、見せて欲しい。
直撃すればそこで決着がついてしまうであろう光の矢をどうしのぐのか、さあ!
と。
ローラが期待たっぷりに見つめていると、シャーロット前方の空間がぐにゃりと歪んだように見えた。
次元倉庫を応用した、ディメンション・バリアーだ。
確かに空間を歪めて攻撃をそらしてしまえば、威力など関係なくしのぐことができる。
しかし、ローラは大人しくディメンション・バリアーを使わせるつもりはなかった。
次元倉庫を応用した技なら、次元倉庫と同じ方法で発動を止めることができるはず。
そう思ってローラはディメンション・バリアーに干渉しようとした、が。弾かれた。
「!」
次元倉庫に似ているが、次元倉庫とは大きく異なる。同じ魔法だと思って無力化しようと思ったローラは、自分の浅はかさを知った。
それにしても、こうしてじっくりと観察すると、なんて入り組んだ術式だろうか。
もともとディメンション・バリアーは、シャーロットが次元倉庫を開こうとして失敗した結果生まれた、彼女オリジナルの魔法だ。
そのとき失敗して半端に開いた次元倉庫にシャーロットの手首がすっぽりはまって抜けなくなり、大騒ぎになったことがある。
その手首はローラの技術ではどうしてやることもできず、わざわざ大賢者を呼んできて次元倉庫の穴を広げてもらった。おかげでシャーロットの手首は抜け、お漏らしする前にトイレに駆け込むことができた。
その騒ぎから想定しているべきだった。
ローラの技術では、シャーロットのディメンション・バリアーには干渉できない。
使われたが最後、ローラの攻撃は全てそれてしまう――。
否。それどころか。
「跳ね返ってきた!?」
光の矢はそれてどこか別の方向へ飛んでいくと思っていたのに、何とローラへ向かって返ってくるではないか。
まるで反射の魔法。
しかし、明らかに術式が違った。
冬休みに雪玉を反射する練習をしていたときは、怪しいながらも反射の術式だったのに。
いや、しかし。あの一度だけ成功したときは、別の魔法の術式が混じっていた気がした。
深く考えていなかったが、今にして思うと、あれはディメンション・バリアーの術式だったかもしれない。
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