第243話 お母さんが身代わりになったのですが
「あら、ローラ。ハクちゃん。お帰りなさい。シャーロットちゃんとアンナちゃんは?」
家に入ると、母親のドーラが出迎えてくれた。
ドーラはもう三十歳を過ぎているのだが、十歳のローラとそっくりな顔をしている。
そのくせ胸が大きなナイスバディ。
ローラは、大人になったら自分もドーラみたいになるのだと信じている。
なかなかナイスバディになる兆候が出てこないが、あと何年かしたら顔だけでなく体つきも母親そっくりになるのだ。そうに違いない。信じる者は救われる。
「ただいま、お母さん。あのね、シャーロットさんとアンナさんが『ほっぺ引っ張りモンスター』になっちゃったの。だから鍵をかけて家に入れないようにしてるんだよ」
「あらあら。それは大変ね。でもローラのほっぺは柔らかいから仕方ないわね」
「もう! お母さんまでそんなこと言って! とにかく二人を家に入れちゃ駄目だよ。私のほっぺが伸びちゃうから」
とドーラに事情を説明し終わると、丁度、『ほっぺ引っ張りモンスター』の二人が玄関の扉を叩きはじめた。
「どうして鍵がかかっていますの!? 開けてくださいまし!」
「早くほっぺをぷにぷにさせて。ほっぺ禁断症状が出る」
扉の向こうから、切羽詰まった声が聞こえてくる。
「あらまあ。二人とも、よっぽどローラのほっぺが好きなのね。触らせてあげなさいよ」
「やだ! シャーロットさんもアンナさんも、一度触らせたらずっと触ってるんだもん!」
「そうなの? でも、ずっと外にいたら風邪を引いちゃうし……よし、ここはお母さんに任せて!」
ドーラは気合いの入った声を出したかと思うと、ローラの頭からハクを奪い、そして自分の頭に乗せた。
「ぴー?」
急に引っ越しさせられたハクは何事かという声を上げる。
が、ドーラの頭を気に入ったのか、大人しく座り込んでしまった。
「ふぇぇ……ハクを誘拐された……」
「ふふ。ちょっとだけ貸してね。これでローラになりきるわ」
「ええ……無理だと思うけど……」
「大丈夫、大丈夫♪」
ドーラは玄関の前に立ち、自分の背中にローラを隠した。
そして鍵を開けてしまう。
その瞬間、勢いよくシャーロットとアンナが家に入ってきた。
「ああ~~ローラさんのほっぺですわぁ~~」
「やはり、このぷにぷにが最高。これがなければ生きていけない」
などと言いながら、恍惚とした表情でドーラのほっぺを左右から引っ張る。
しかし十秒ほど経ってから。
「……微妙に触り心地が違う気がしますわ……って、ドーラさん!?」
「どうりで背が高いと思った……いつの間に入れ替わったの?」
二人はようやく気づき、ドーラからパッと手を離す。
「うふふ。二人が家に入ってきたときからずっとよ」
「不覚ですわ……ローラさんとドーラさんを間違えるなんて……」
「ハクが頭に乗ってるし、顔がそっくりだから一瞬、騙された。それにほっぺの触り心地もそっくり。流石は親子」
シャーロットとアンナは、不思議そうな顔をしている。
まだ自分が触っていたのがドーラのほっぺだと信じられないようだ。
そのことにローラは少々、腹が立ってきた。
「もう! 二人ともいつも私のほっぺが最高とか言っておきながら、お母さんのほっぺと区別がつかないなんてどういうことですか! その程度のこだわりしかないなら、もう触らせてあげませんよ!」
「ローラ、そんなムスッとした声を出してどうしたの? もしかして嫉妬してるのかしら?」
ドーラはニコニコと笑いながら言う。
「そ、そんなことないけど……とにかく、私のほっぺじゃなくてもいいなら、シャーロットさんもアンナさんも自分のほっぺ触っていればいいんです!」
ローラはドーラの背中から顔を出し、二人をキッと睨みつけた。
すると二人とも慌てた表情になり、あたふたと弁解をはじめる。
「ドーラさんのほっぺは確かに素晴らしかったですが、やはりローラさんのとは違いますわ! その証拠に、ほら。わたくしたち、すぐに気づきましたわ!」
「そう。親子だから似ているのは当然。でも、やっぱりローラのほっぺが一番」
「……本当ですか? そう言うわりには、気がつくまで十秒以上かかっていましたけど」
「そ、それは仕方がありませんわ! ローラさんだって、さっき実家と他の家を間違えたでしょう!? 誰にだって間違いはあるのですわ!」
「そうそう。町が白い雪で覆われているからローラは間違えた。私たちも、ドーラさんが白いハクで覆われていたから間違えた。一緒」
「な……なるほど! 言われてみればそうかも知れません!」
ローラは二人の言い分の正しさを認めた。
自分は長年暮らしていた実家の場所を間違えたのだ。
なら二人がほっぺを間違えるのも無理はない。
納得、納得。
これは許すしかない。
「もう二度と間違えないように、ローラさんのほっぺの感触を手に刻みつけますわ。というわけで触らせてくださいまし」
「やはり反復練習は大切。目をつむってもローラとドーラさんの区別が付くようにしなきゃ」
「……そういうことなら仕方ないですね」
ローラはシャーロットとアンナにほっぺを差し出した。
その瞬間、二人は目を輝かせ、ローラの頬をむにっと引っ張ったり、つんつんしたり、むにむにしたりした。
くすぐったいが、これも二人が目をつむったままローラとドーラの区別できるようにするためだ――。
「って、よく考えたら、そんな変なスキルを身につける必要ないですよね。私とお母さんのことは、ちゃんと目で見て区別してください」
「うふふ。それはそうですが」
「それはそれ。これはこれ」
二人はよく分からないことを呟きながら、ローラのほっぺで遊び続ける。
ローラは母親に助けを求めようとしたが、いつの間にかハクと一緒にいなくなっていた。
「お母さーん! シャーロットさんとアンナさんがいじわるする!」
二人の手を振り払い、家の奥にトタトタ走って行く。
するとドーラは台所で特大オムレツを作っていた。
「わっ、オムレツだ!」
それを見た途端、ローラはほっぺを引っ張られて不機嫌になっていたことも忘れ、飛び上がるほど嬉しくなった。
「やっぱりローラが帰ってきたときはオムレツでしょ」
「やったー! 大きなオムレツ♪」
「言っておくけど、これを皆で分けて食べるのよ」
「えー……」
言われてみれば、一人で食べるには大きすぎる。
だがローラはオムレツを食べるときだけ胃袋が大きくなるのだ。
食べようと思えば一人でもペロリと食べてしまえるだろう。
「ぴー」
ハクがドーラの頭から飛び立ち、ローラの頭に移動してきた。
「私が全部食べちゃったらハクの分が無くなっちゃいますね……仕方ないので我慢しましょう」
「ぴ!」
「偉いですわローラさん」
「オムレツを我慢できるとは、十歳になったローラはひと味違う」
台所にやって来たシャーロットとアンナは、しきりに感心した声を出した。
十歳になって成長したことを褒められるのは嬉しいが、この程度のことで感心されるのは心外だ。
特大オムレツを我慢するくらい、九歳だった頃のローラでもできた。と思う。
「ほらほら。あなたたち、ぼんやりしてないで、食器を並べてちょうだい」
「「「はーい」」」
ドーラに指示されたローラたちは、お皿やフォークを並べてお手伝いだ。
ローラはもちろん、この家に何度も遊びに来ているシャーロットとアンナにとっても、勝手知ったる台所。どこに何があるのか把握している。
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