第242話 ほっぺ引っ張りモンスターが現われました

 かつての夏休みはローラにとって、この上なく楽しいものだった。

 親友のシャーロットとアンナとともに実家に行き、思う存分に遊びほうけた。

 そして王都に帰る途中、川を流れてきた卵を拾ったら、中から神獣ハクが産まれるというサプライズもあった。

 こんな時間がずっと続けばいいのにと思えるくらい、幸せな日々だった。


 しかし夏休みは永遠には続かない。

 それが終わったとき、夏休みの宿題を提出しなければならない。


 宿題を後回しにしていた――というより存在を完全に忘れていたローラたちは、夏休みの終盤、地獄を見た。

 そして結局、宿題を提出できたのは、夏休みが終わってから一週間も経ってからだった。


 また同じ失敗を繰り返したら、担任のエミリアにどれだけ叱られるだろうか。

 想像しただけで、ローラは震えてしまう。

 それにローラたちはエミリア先生のことが好きだった。できるだけ心労をかけたくないと思っている。


 だから冬休みは夏休みの反省を活かし、先に宿題を片付けてから遊ぶことにした。

 不運にも古代文明の遺物『コタツ』が復活するという事件に巻き込まれたが、そのコタツの力を借りることにより、なんと冬休み四日目で問題集を全て終わらせることに成功した。

 残っている宿題は日記だけだ。これは事前にやるわけにいかないし、難しいものではないので、実質、宿題を全て終わらせたといえる。


「私たちは……自由です!」


「もはや、わたくしたちが遊ぶのを遮るものなど何もありませんわ!」


「さあ。ローラの実家に遊びに行こう」


「ぴー」


 ということでローラたちは冬休み七日目の朝、王都を出発する。


 馬車だと丸一日かかる距離だが、ローラたちは三人とも空を飛べるので、午前中のうちに目的の場所を視界に収めた。


 白い雪に覆われた平原の中に、小さな湖がある。

 その周りには森と、そして町があった。

 王都のような活気とは無縁だが、のどかで風光明媚な場所。

 あれこそがローラの故郷、ミーレベルンの町だ。


「雪で真っ白になっているので、どれがローラさんの実家か分かりませんわぁ」


「あっちかな? それともこっち?」


 シャーロットとアンナは、町の上空で視線を泳がせる。


「ふふふ……大丈夫です。私は分かりますよ!」


 と、ローラは自慢げにする。


「流石はローラさんですわ!」


「十歳になったローラは凄い。頼りがいがある」


「えっへん!」


 冷静に考えると自分の家が分かるのは当たり前の話なのだが、シャーロットとアンナはそれに気づかず拍手してくれた。

 頭の上でハクも前足をパチパチさせている。

 ローラは更に調子に乗って胸を反らし、ふんっと鼻息を荒くした。

 が。


「しかし冷静に考えると、実家の場所が分かるのは当然のことですわ」


「確かに。ローラ、どうしてそんな自慢げなの?」


 二人は真実に気づいてしまい、冷ややかな表情を浮かべた。

 どうして人は知らなくてもいいことまで知ってしまうのだろう。

 知らないままでいてくれたら、ローラはずっと自慢していられたのに。

 ああ、人生はとても厳しい。


「と、とにかく私の家に行きましょう……!」


 ローラは二人の追求をかわすため、急いで高度を下げた。

 そして実家の前に降り立った――つもりだったのだが。


「ローラの実家ってこんなだっけ?」


「リフォームしましたの?」


 アンナとシャーロットは目の前にある家を見つめて疑問を口にする。


「ぴぃ?」


 ローラの頭の上で、ハクも不思議そうに鳴いていた。


「……えっと。実家はこっちです」


 ローラは声を震わせながら、逃げるように歩き出す。

 その背中に、親友二人は容赦なく批判の言葉を投げつけてくる。


「ローラ。あんな自信たっぷりだったのに、実家の場所、間違えた」


「失望しましたわローラさん。十歳になったのに自分の家も分からないなんて……これではやはり、わたくしが一生ローラさんのおそばにいて、お世話して差し上げるしかありませんわぁ」


「ぐぬぬ……仕方ないじゃないですか! いくら故郷とはいえ、こんな真っ白だったら分かりませんよ! 冬に空から見下ろしたのは初めてなんだから、分からなくて当然です!」


「分からなくて当然なら、どうして自信満々だったの?」


 アンナがぽつりと呟く。


「……」


 ローラは無言で歩き続ける。


「ローラに無視された。悲しい。おしおき。えいえい」


 アンナがローラの右頬をぷにぷにとつまんできた。


「アンナさん、ズルいですわ。わたくしもおしおきに参加ですわ。えいえい」


 シャーロットもまた、左頬をつまんで引っ張る。ぷにぷに。


「はにゃぁ……やめてください、どうして皆、何かあるたびに私のほっぺをひっぱりゅんですかぁ!」


「そこにローラのほっぺがあるから」


「こんなに触り心地がいいのが悪いんですわぁ。おしおきですわぁ」


「ひゃんっ、やめてください!」


 ローラは二人の手から逃げるため、雪の上を走った。


「あ、ほっぺ待て」


「ほっぺ、逃しませんわぁ!」


「私の本体はほっぺじゃありません!」


 引っ張られたほっぺをさすりながら、ローラは実家の玄関を開け、中に飛び込む。

 と同時に、ガチャリを鍵をかけて『ほっぺ引っ張りモンスター』の二人が入って来ないようにした。

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