第239話 マザーコタツの冒険 後編

「……ねえ、マザーコタツ。あなた強いの?」


「うむ。強いぞ」


「だったら……アイス・ワイバーンを倒すのを手伝って! 私一人じゃどうにもならないの!」


 そして少女は事情を説明する。

 少女はこの村の出身だが、冒険者として活動するため、もっと大きな町に引っ越していた。

 冒険者としてそれなりに活躍し、Cランクまで上り詰めた。

 冒険することが楽しすぎて、村に何年も帰っていなかった。


 ところが、故郷の村の近くにアイス・ワイバーンが住み着いたという噂が流れてくる。

 アイス・ワイバーンはBランクの強力なモンスターだ。同じくBランクの冒険者でなければ、一対一で勝つのはほぼ不可能。

 冒険者を雇ってアイス・ワイバーンを倒すには、とても金がかかる。

 この村にそんな余裕はない。


 少女は慌てて村に帰ってきた。

 そして噂が本当だったと知る。


 アイス・ワイバーンが放つ寒波は、家の中にいても凍えるほど冷たい。

 故郷の人たちが死んでしまう前に、何とかアイス・ワイバーンを倒さねば。

 そう思い詰めた少女は、一人でアイス・ワイバーンに挑もうと出発し、寒波に負けて気絶。

 それをマザーコタツに発見されたというわけだ。


「なるほど。アイス・ワイバーンと戦うことすらできなかったのか」


「……そうよ。だけど、こうしてコタツに入ったままなら、寒波に負けないし、空を飛べるわ!」


「よし、分かった。我は人々の役に立つために旅をしている。そのアイス・ワイバーンとやら。倒してやろうではないか」


「本当に!? ありがとう!」


 少女はコタツから両手を出し、拝むようにして礼を言ってきた。

 そのときマザーコタツは、また誰かに監視されているような気配を感じた。

 しかし魔力を放って探知しても、何も引っかからない。

 やはり気のせいなのだろうか。

 そんな不安を覚えつつ、アイス・ワイバーンがいる場所へと向かう。


 アイス・ワイバーンは森の中にいた。

 ヒグマを頭から丸かじりにしている最中だった。

 それくらい巨体だった。

 マザーコタツも家のような大きさだが、向こうも負けず劣らずだ。


「奴の全体から凄まじい冷気が放たれている。この地域一帯が寒くなるのも当然だ。これでは春が来ないぞ」


「どうやって倒すの?」


「まず我がのしかかって動けなくする。アイス・ワイバーンは冷気を好むモンスターのようだから、我の温かさにまったりすることはないだろうが……逆に熱で弱らせてやる。我が合図したら、そなたは剣でトドメを刺せ」


「分かったわ!」


 作戦実行だ。

 マザーコタツは空からアイス・ワイバーンに襲いかかる。


「ぎゃおおおおおん!」


 不意打ちを避けることができず、アイス・ワイバーンはマザーコタツの落下に悲鳴を上げる。

 そして追い打ち。

 マザーコタツは膨大な熱を放って、アイス・ワイバーンの皮膚を焼いた。

 その熱さから逃れようと暴れるが、マザーコタツは飛行魔法を逆向きにかけて、自分の体を地面側に押しつける。


 そうしているうちにアイス・ワイバーンはぐったりしてきた。


「少女。今だ!」


「分かったわ!」


 少女はコタツから飛び出し、剣を構えて走ってきた。

 そして横たわるアイス・ワイバーンの脳天に向かって振り下ろす。

 瞬間――。


「ぐおおおおおんっ!」


 アイス・ワイバーンが最後の力を振り絞るように、渾身の力で起き上がった。

 マザーコタツは吹き飛ばされひっくり返る。

 少女も頭突きされ転がっていった。


「いかん! 少女よ、コタツに潜り込め! 凍えるぞ!」


 マザーコタツは叫ぶが、少女は気絶していた。

 こうなったらコタツのほうから少女に覆い被さるしかない。

 だが、間に合わない。

 アイス・ワイバーンは少女を丸呑みにしようと、大きく口を開く。


 と、そのとき。


「「「パジャレンジャー、参上!」」」


 謎の三人組が現われ、アイス・ワイバーンの横腹を蹴飛ばした。


「ぎゃいーん!」


 アイス・ワイバーンはごろごろと転がって、大岩にぶつかって止まる。


「お、お前たちは……」


 そこに立っていたのは、三人の少女だった。

 犬、猫、兎の姿を模した着ぐるみを着ている。


「ふふふ。どうしても心配だったので、ついて着ちゃいました」


「私たちがアイス・ワイバーンを蹴飛ばしたことは内緒だよ」


「私たちはアイス・ワイバーンと戦ったのではありませんわ。進行方向にいたので、たまたまぶつかっただけですわ。校則違反ではありませんわ」


 少女たちはそのようなことを語る。

 それにしても。


「ありがとう。見知らぬ少女たち。助かった」


「……あれ?」


「もしかして、パジャレンジャーの変装。マザーコタツには効果ある?」


「これは僥倖ですわ! いい機会なので、体当たりをもう一度ですわ!」


 少女三人は再度アイス・ワイバーンにぶつかっていく。


「さあ! アイス・ワイバーンはすっかり弱りました。マザーコタツさん。いまこそトドメを!」


「うむ。心得た!」


 マザーコタツはアイス・ワイバーンを包み込み、熱をフルパワー。

 その表面をこんがりと焼き上げ、今度こそ倒した。


「やった! マザーコタツさん、強いですね!」


「お前たちの協力のおかげだ……それにしても、我の名前を知っているとは何者だ?」


「それは秘密ですわ!」


「マザーコタツが一人で倒したことにしといてね。私たちはここには来なかった」


「そういうことです。では、さらばです!」


 少女三人は、ばひゅんと突風を起こしながら走り去っていく。

 まさに嵐のような三人組だった。


「やはり世界は広いのだな……」


 やがて目を覚ました冒険者の少女とともに、村に帰る。

 アイス・ワイバーンが死んだことで、冷気が薄まっていた。

 まだ寒いが、これならコタツなしでも死にはしないだろう。


 マザーコタツはコタツたちを回収する。

 すると家の中から村人たちが外に出てきた。


 少女は彼らに、マザーコタツがアイス・ワイバーンを倒したと説明してくれた。


「なんと! 古代文明の遺物なのですか!」

「ファルレオン王国の女王と大賢者のお墨付きなら本物だ」

「あなたの小さいバージョンが冷気から私たちを守ってくれたのを覚えている。あなたは村の救世主だ」

「何だか肩こりと腰痛が軽くなった気がするなぁ」


 と、村人たちはマザーコタツを褒め称える。

 その熱烈な歓迎に戸惑いつつ、人の役に立つのは素晴らしいことだと改めて実感した。


 それにしても。

 あの謎の三人は何者だったのだろうか。

 もしかしたら――。


「ふふ。まさかな」


 ファルレオン王国で世話になった少女たちを思い浮かべつつ、マザーコタツは次の困っている人々を探すため、旅立っていった。

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