第238話 マザーコタツの冒険 前編

 マザーコタツは北へ北へと飛び続けた。

 ファルレオン王国の王都を旅立ってから丸一日。

 世界地図を知らないマザーコタツは、自分がどこの国の上空を飛んでいるのかすら分からない。


 しかし眼下の全てが真っ白に染まっているのを見れば、ファルレオン王国から遙か北までやって来たことだけは分かる。


 気温も低い。

 古代文明時代の冬に匹敵する。

 これほど寒いのでは、春まで寝ていたほうがマシと思っている人もいるのではないか。

 そこまで極端でなくても、寒さが和らぐまで温かいところに隠れていたいと考える者は沢山いるはずだ。


 マザーコタツは町や村を探して旋回する。

 すると、雪の中に倒れている人間が一人いるではないか。

 高度を下げて近づくと、それは少女だった。

 シャーロットよりも少し年上だろうか。


「こんなところに倒れていては凍えて死んでしまう。我の出番だ!」


 マザーコタツは小さなコタツを召喚し、少女の体にかぶせた。

 そしてフルパワー。

 少女の体を温め、一気にリフレッシュ!

 肩こり、腰痛、冷え性、神経痛、筋肉痛、関節痛、食欲増進などの効果を一気にかける。

 少女がそれらに悩まされているかは不明だが……とにかく元気になるのだ。


「あれ!? ここはどこ? この物体は一体……?」


 目を覚ました少女はコタツから頭を出す。

 と同時に、自分の目の前にいるマザーコタツを見て腰を抜かした。


「な、なななな! 何よ、この巨大な布団のお化けは!」


「巨大な布団のお化けとは失敬な。我はマザーコタツ。古代文明が作った至高の暖房器具である。ファルレオン王国の女王と大賢者にも認められているのだぞ」


 女王からもらった紹介状は、マザーコタツの布団の内側のポケットにしっかりと入っている。

 それを浮遊魔法で少女の前まで飛ばした。


「ファルレオン王国って南にある大きな国……?」


「うむ。それは女王と大賢者が連名で書いた紹介状だ。これで我を信じたか?」


「こ、これが本物なら凄いわ……いえ、そもそも。こんな大きなテーブルだか布団だか分からない物体が喋っている時点で凄い!」


「テーブルだか布団だか分からない物体ではない。我はコタツを統べる者。マザーコタツである」


「マザーコタツ。あなた、暖房器具って言ったわね? なら、私の村の人たちを温めてあげて!」


 少女は必死な声で懇願してきた。

 人を温めるのはコタツの本分。

 断る理由はない。


「よし、分かった」


「わっ、飛んだ!」


 マザーコタツは自分と、少女を包んでいたコタツを浮遊させた。

 この寒さで外に出たら少女が凍えてしまうので、コタツに少女を入れたままである。

 ローラたちは空を飛ぶことに慣れていたが、この少女は違うらしい。

 自分の体が浮かんでいることに、目を白黒させている。


「それで、どちらに行けばよいのだ?」


「こ、この道をまっすぐよ……!」


「そうか……ん、待て」


「どうしたの?」


「誰かに監視されているような気がしたのだが……我の勘違いか」


 周囲を探っても、動くものはなかった。

 警戒しつつ少女の村に向かう。


 進んでいるうちに、雪が降ってきて、吹雪になった。

 前が見えない。

 マザーコタツは全方向に微弱な魔力を放ち、周辺を探りながら進んでいく。

 人間だったら遭難していただろう。

 そして体温を奪われ、あっという間に死んでしまう。


「我が通りかかって幸運だったな、少女よ。この寒さでは、室内でも辛いだろう」


「そうなのよ。前はここまで寒くなかったんだけど……この近くにアイス・ワイバーンが住み着いちゃって。そいつはいるだけで周囲の気温を下げるの。だから私が退治しなきゃ!」


「お前が?」


「そうよ。私はこれでも冒険者なんだから」


 言われてみれば、腰に剣をぶら下げていた。

 だが、さほど強そうには見えない。

 一人でアイス・ワイバーンと戦うというのは、無謀というしかない。


「あれが私の村よ」


 少女が指さす方角。吹雪の奥に、村らしきものがうっすらと見える。

 当然、人の姿はなかった。


「小さな村だが、それでも三十軒は家があるな。まあ、この程度なら問題ない」


「え――」


 マザーコタツは百を超えるコタツを召喚。

 家という家の玄関に体当たりさせ、突き破って中にいる人々を包み込んだ。


「わー!」

「ぎゃー!」

「変な物体が襲ってきたー!」


 あちこちから悲鳴が上がった。

 しかし、それは程なく静かになる。


「よし。これで全員をコタツの中に入れた。どんな寒波が来ても問題ない」


「いやいや! 玄関壊したらダメでしょ!」


「ダメなのか? ならばどうやって人々をコタツで包むのだ?」


「それは……一軒一軒回って、玄関を開けてもらってから」


「そんなことをしているうちに誰かが凍え死んだらどうする」


「う。だったら、せめてノックしなさいよ。体当たりできるならノックもできるでしょ!」


「ふむ。その手があったか。参考になるぞ」


「……調子狂うわ」


 マザーコタツと少女は、その辺の家の窓から中を確認する。

 誰もがコタツに包まれ、幸せそうにまったりしている。


「よかった。お父さんもお母さんも温かそう」


「役に立てて嬉しいぞ」


 念のためにいくつかコタツを空中に待機させ、人間が現われたら自動的に追い被さるように設定しておく。

 これで見逃した者がいても凍えさせる心配はない。

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