第237話 マザーコタツさんの旅立ちです

 冬休み三日目も、朝からコタツを利用したハイスピード宿題だ。

 やはり午前中だけ女王陛下とメイドさんが手伝ってくれた。

 午後はまたどこかでダラダラしよう――。

 と、ローラたちが立ち去ろうとしたら、マザーコタツに呼び止められた。


「さっき、少しヒントを掴めたような気がする。誰か一人でいい。コタツに入ったまま宿題をやってみてくれ」


「コタツに入ったまま宿題を? そんな、コタツに入ったらまったりしちゃって、それどころじゃありませんよ」


「さっきまでは、そうだろう。ゆえに我は、コタツの力を調整する。まったり度を落とし、体力回復と集中度アップの効果だけを与えるのだ。それでコタツに入りながらでも作業することができるはずだ」


 そんな都合のいい話があるだろうか。

 そう疑問に思いつつ、ローラが代表してコタツに入って宿題に取りかかってみた。

 すると。


「おお!? まったりはしますが……寝ちゃうほどではありません。ちゃんと集中できます。さっきまでのように、鬼気迫るほどの元気は沸いてきませんが、これならずっと続けられそうです」


「であろう。全体的なバランスをマイルドにしたのだ。爆発力はないが、いちいちコタツを出たり入ったりしなくても済む」


「素晴らしいです。シャーロットさんとアンナさんも入って宿題をやりましょう!」


「本当にその性能なら、数日中に宿題を終わらせることが可能ですわ!」


「うん。理想の勉強ゴタツ。だけど……まずはお昼ご飯を食べに行こう」


「ぴー」


「なるほど! では、昨日のお昼がラーメンだったので、今日は学食でオムレツにしましょう。オムレツ食べねば宿題できぬ、という格言もあります」


「誰の格言だろう?」


 そして学食に行き、それぞれ好きなものを食べてから、再び王宮の庭で宿題タイム。

 マイルドになったコタツの力で、一気に終わらせるのだ。


「……ちょっと効果がマイルド過ぎませんこと?」


「確かに。温かいのは確か。何となく集中力も沸いている気がする。でも何となくレベル」


 シャーロットとアンナがそう評価すると、


「そうか……ならば、もう少し効果を強めるか」


 マザーコタツが対応してくれた。

 その途端。


「ふにゅ……眠いです」


「これは……強すぎですわぁ……」


「何もできない。寝るしかない。すぴー」


 そんな感じでコタツのパワーを調整していく。

 やはりパワーを上げると眠くなるし、下げると眠くならないがリフレッシュ効果も弱いことが判明した。

 つまり『コタツに入って無限に宿題に集中する』のは無理のようだ。


「無限には集中できないけど、マイルドにしておけば適度に集中できる。この状態で地道に頑張るしかない」


「結局、宿題は自分の力でやれってことなんですねぇ」


「やはり地道な努力が一番ですわ。コツコツ進めれば、ゴールに辿り着けますわ」


        △


 冬休みの四日目。

 ローラたちがコタツの力を借りて宿題を始めてから三日目。


 変なことをしないで、コツコツやるのが一番効率がいいと知ったローラたちは、マイルド状態のコタツに入って、コツコツと頑張った。


「あら。本当に頑張ってるのね。偉い偉い」


 様子を見に来た大賢者が褒めてくれた。

 褒めたあと、自分もコタツに潜り込んで、すぴーと眠ってしまった。


「む? おかしいぞ。我は今、そのコタツをマイルド状態にしている。眠気を誘うはずはないのだが……」


 マザーコタツが動揺した声を出す。


「大丈夫ですよ。学長先生は理由がなくても寝ちゃうんです。コタツとは関係ありません」


「おお、そうだったのか。世界は広い」


 大賢者のお昼寝で世界の広さを知ってしまうマザーコタツであった。

 すぴーすぴーという大賢者の寝息を聞きながら、宿題。

 そのリズムが妙に心地よく、進捗は順調だった。

 お昼にメイドさんがサンドイッチと牛乳を持ってきてくれた。

 それをコタツに入ったまま食べてから、午後も宿題だ。


 そして何と、夕方になる頃に、全て終わってしまったではないか。


「え、え? まだ冬休み四日目ですよ!? 本当にっ?」


「もう一度確認ですわ! あとからやっていないページが出てきたら大変ですわ!」


「問題集は全て終わっている……あとは日記だけ?」


「日記は先に書くわけにいかないので……今できる宿題は片付けたということになります!」


「つまり……遊びたい放題ですわ!」


 シャーロットは立ち上がり、空に向かって拳を突き上げた。

 ローラとアンナも一緒に拳を突き上げる。


「夏休みとは真逆ですね! これも全てコタツのおかげです!」


「コタツさまさま。ありがとう」


「これなら世界中、どこに行っても人の役に立つことができますわ!」


 ローラたちはマザーコタツに賛辞を送る。


「役立てて嬉しいぞ。しかし作業が進んだのはお前たちの力。我はきっかけを与えたに過ぎない」


「そのきっかけが大切なんですよ! 宿題ほど憂鬱な作業はありませんからね……それに集中するきっかけになるなんて、流石は古代文明の遺物です!」


「そうか。では素直に喜んでおこう。お前たちのおかげで自信が付いた。ありがとう。明日、早速旅立つことにする」


「そうですかー……って、明日!? ちょっと急すぎませんか?」


「もうしばらくゆっくりしてもよろしいと思いますわ」


「何なら、私たちと一緒にローラの実家に遊びに行ってもいいのに」


「ぴー」


 そうやって引き留めても、マザーコタツの意思は変わらない。


「そう言ってくれるのはありがたい。だが、お前たちも言っていたではないか。この地域は冬眠が必要なほど寒くならない。しかしもっと北に行けば、命に関わるような寒波もあると。そういった場所でこそ我は役に立つはずだ」


「マザーコタツさんの決意は分かりました……そこまで言うなら引き留めちゃダメですね」


「学長先生。マザーコタツが明日、旅立つって。起きて起きて」


「朝から夕方までずっと寝ているなんて、学長先生のお昼寝はレベルが違いますわ……」


「むにゃむにゃ……なーに?」


 目覚めた大賢者に事情を説明する。


「え。明日? それは大変。じゃあ今のうちに構造を調べなきゃ。ちょっと失礼するわね」


「む? あ、こら。我の中に潜り込むつもりか!? やめろ、恥ずかしいではないか!」


 向こうが嫌がっているのを無視して、大賢者は布団をめくってマザーコタツの中に入っていった。

 普通のコタツと違ってマザーコタツは家ほどもある。

 中で走り回れるくらい広いはずだ。


「私たちも入ってみましょうか」


「よせ! 恥ずかしい!」


 かなり必死な声で止められてしまった。

 そこまで恥ずかしがるということは、ローラたちの感覚に直すと、スカートの中に頭を突っ込まれるようなものだろうか。

 確かにそれは恥ずかしい。

 マザーコタツの中に入るのはやめておこう。


「ねぇねぇ、マザーコタツ。小さいコタツはどうやって出すの? ちょっとやってみてよ」


「何!? お前、我の中に入ったばかりでなく……コタツを産む瞬間を見たいというのか!?」


「見たいわ。いいでしょ、減るものじゃないし。ほらほら」


「ああ、変なところを触るな! 分かった、今コタツを産むから……!」


 マザーコタツがヤケクソ気味に叫んだ次の瞬間。

 その布団がめくれ上がって、新しいコタツが飛び出してきた。


「なるほど。ここでコタツを作ってるんじゃなくて、どこからか召喚しているのね。コタツを収納する専用の次元がある感じね……流石は古代文明だわ」


「もうよいだろう? 内部を見られるのは恥ずかしいのだ!」


「えー、ダメよ。あなたはとても貴重なんだから、隅々まで調べさせてもらうわ」


「なっ、あ、ダメだ、そこは……えっち!」


 マザーコタツは悲鳴を上げる。

 声だけを聞いていると、大変いかがわしい。

 しかし、コタツだ。

 マザーコタツ本人がどんなに恥ずかしがっていても、これは健全な調査なのである。


 調査は大賢者にお任せして、ローラたちは女王陛下にマザーコタツが明日旅立つことを報告してから、大人しく学校の寮に帰った。


        △


 そして冬休み、五日目。

 マザーコタツの旅立ちの日だ。


 宿題でお世話になったローラ、シャーロット、アンナ。そしてハクはもちろん。

 女王陛下にメイドさん。大賢者。

 そしてガザード家の当主アーサーと、その妻クリスティーナも、マザーコタツの旅立ちを見送りに王宮に集まった。


「本当に行っちゃうんですね……春休みにまた帰ってきて欲しいです!」


「夏休みも帰ってきて」


「わたくしはずっとコタツにいて欲しいですわ……倒れる直前まで修行して、コタツで体力を回復して修行するということをやってみたかったですわ……」


 シャーロットがぶっそうなことを言い出した。

 コタツがあるからと、取り返しの付かない状態になるまで修行するシャーロットの姿が目に浮かぶ。

 今後、マザーコタツが帰ってきても、シャーロットの修行には使わせないよう注意しないと。


「治ったはずの肩こりが、ぶりかえしてきたのじゃ。もう一度コタツに入って治したいのじゃ」


「陛下と同じく、私もです。あのとき一日だけは快適だったのですが、次の日にはもう……」


 肩こりや腰痛を完治させるには、春までずっとコタツに入っている必要があるという。

 しかしマザーコタツは今旅立ちたいのだ。

 北に行けば、肩こりどころではなく、コタツの力で命を救えるかも知れない。

 女王陛下とアーサーには悪いが、自力で肩こりを治してもらうしかない。


「アーサーの肩は、わたくしが揉むざます。コタツがなくても大丈夫ざます」


「では、わたくしも揉み揉みしますわ~~」


「おお、それは助かる……私は家族に恵まれて幸せだ」


 アーサーは妻と娘を抱きしめる。


「じゃあ、私とアンナさんで陛下の肩を揉みましょう」


「あとで肩揉み券を作って持ってくる」


「助かるのじゃ。そなたら、いい子に育っておるのぅ。その調子で頼むぞ。冒険者としての実力はともかく、人間としては大賢者を見習ってはいかんぞ」


 と語る女王陛下の肩を、大賢者が背後からガシッと掴んだ。


「うふふ。陛下ったら、そんなに肩こってるなら、私が揉んであげるわよ」


「いだだだだだ! 力を入れすぎじゃ馬鹿者!」


 女王陛下は涙目になって大賢者を振り払おうとするが、体格差があり過ぎて無理だった。

 そのとき、マザーコタツから「ふふっ」と小さな笑い声が漏れる。


「お前たちは面白いな。人間がこれほど面白いものだと知らなかった。この時代に復活して最初に出会った人間がお前たちでよかった。そうでなければ、我は何も知らぬまま、人間全てを強引に冬眠させていただろう……」


「マザーコタツさん。世界は広いです。でも私はどのくらい広いのかまだ知りません。一足先に旅立つマザーコタツさんが羨ましいです。私も学校を卒業したら旅に出るので、いつか世界のどこかで会いましょう。世界がどのくらい広いか語り合いましょう」


「分かった。本当に世話になったな……では、また会おう」


 マザーコタツは飛行魔法を使って、ふわりと浮かび上がった。

 そしてローラたちが手を振る中、北に向かって飛んでいく。

 彼女の旅がどんなものになるのか、誰も知らない。

 しかし旅立ちとはそういうものだ。


 ローラも冒険者学園に入学したばかりのときは、期待と不安が半々だった。

 今は毎日が楽しくて仕方がない。


 マザーコタツの旅も楽しいものになりますように――。

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