第235話 第二の人生ならぬコタツ生です
「学長先生だけでなく、シャーロットさんもアーサーさんも女王陛下も寝ちゃいましたね」
「何だか仲間はずれにされた気分」
「ぴー」
ローラ、アンナ、ハクは眠る四人を羨ましげに見下ろした。
こうなったら、もう一つコタツを出してもらって自分たちも入ったほうがいいかもしれない。
だが全員がコタツに入ってしまったら、三時間後に引っこ抜く人がいなくなってしまう。
鉱山のときと違って、コタツに入った人を引っこ抜くことは簡単だ。
とはいえ自力での脱出は、不可能とまでいかなくても、相変わらず困難。
ローラは先ほど、オムレツを頭に思い浮かべることにより、自力脱出してみせた。
しかし三時間も入ったあとだと、心も体もとろんとしてしまうはずだ。
想像上のオムレツだけでは気力が奮い立たない可能性がある。
誰かに実物のオムレツを持ってきてもらわないと。
というわけで、ローラたちはコタツに入らず、三時間を潰すことにした。
「王宮を探検しましょう!」
「そうしよう」
「ぴー」
二人と一匹で王宮を当てもなく歩き回る。
すると一人のメイドさんに見つかり呼び止められた。
怒られるのだろうかとローラは身構えたが、「お久しぶりですね、ローラちゃん、アンナちゃん」と微笑みかけられた。
誰だろうとメイドさんの顔をしげしげと見つめているうちに思い出す。
かつて浮遊宝物庫を探検しに行ったとき、サバイバル道具を用意してくれたメイドさんだ。
サバイバル道具は結局使わなかったが、一緒に渡された水筒に入っていたジュースはとても美味しかった。
「お久しぶりです! 前にもらったパインジュース、とても美味しかったです!」
「私の水筒に入っていたブドウジュースも美味しかった」
そう。一人一人、違うジュースが入っていたのだ。
おかげで皆で回し飲みをして楽しかった。
「どういたしまして。あのとき陛下が果物を集めるのにハマっていたから、それを絞って作ったんです。ところで二人はここで何をしているのですか?」
「ぴー」
「……二人と一匹は何をしているのですか?」
数に入れてもらえたハクは、ローラの頭の上で満足げに「ぴぃ」と鳴いた。
「実はですね。古代文明の遺物のコタツというものがありまして。それの効果を確かめるため、女王陛下たちが寝ているのです。だから私たちは、あと三時間ほど暇を潰さなきゃいけないわけです」
「いい機会だから、王宮を探検しようと思った」
「なるほど。コタツがどうこうというのはよく分かりませんが、おおかた大賢者様が関わっているのでしょう? 納得しました」
と、納得されてしまった。
大賢者の信用は凄い。
「しかし、いくらなんでも、子供だけで王宮を歩き回っていたら、事情を知らない人がビックリしてしまいます。こっちに来てください。お菓子と紅茶がありますよ」
「わーい、ありがとうございます」
「やはり私たちだけでウロウロするのはダメだった……」
「ぴー」
メイドさんの私室に連れて行ってもらった。
女王陛下おつきのメイドだけあり、綺麗な部屋に住んでいた。
そこでローラとアンナは、美味しいお菓子と紅茶をご馳走になりがながら『冬休みの宿題をやりたいのに、ガザード家の鉱山からコタツが出てきて大変だ』ということを語る。
メイドさんはニコニコと楽しそうに話を聞いてくれた。
「あ、そろそろ三時間です。皆を起こしに行かないと。ごちそうさまでした!」
「ジュースに引き続きとても美味しかった。ごちそうさまでした」
「ぴー」
「どういたしまして。また遊びに来てくださいね」
メイドさんの部屋を出たローラたちは、庭へとパタパタ走って行く。
空はすっかり夜だった。
「マザーコタツさん。皆の様子はどんな感じですか?」
「ぐっすりと眠っている。もちろん魔法で眠らせているわけでも、脱出を妨害しているわけでもない。たんに気持ちよくて眠っているだけだ。引っこ抜けば起きるだろう」
「分かりました!」
ローラとアンナは手分けして四人をコタツから引っこ抜いた。
その次の瞬間。
「「「「しゃっきーん!」」」」
ローラとアンナが声をかけるまでもなく、四人は勢いよく立ち上がった。
恐るべきことに大賢者までもが目を覚まし、活気に満ちた顔をしているのだ。
尋常なことではない。
コタツの圧倒的な効能に、ローラは恐怖さえ覚える。
これは……劇薬だ。
「体が軽いですわぁ! 今なら魔法を使わずに飛べそうですわ!」
「あれほどずっしりと重かった肩が……まるで何もないかのようだ! 回る! 腕が回る!」
「うむ! 肩こりとはどういう概念だったか、まるで思い出せぬのう!」
「こ、この私がお昼寝をしたくない気分……!? 暴れたい! 暴れたい気分だわ! 何か……何かしてスッキリしないと! ああああ!」
荒ぶった大賢者は、全身から強烈な魔力を放ち、周辺の空間に干渉して夜を昼に変えたり夕焼けに変えたりとめまぐるしく変化させた。
やがてスッキリしたのか、もとの夜空に戻す。
「ふぅ……」
「ふぅ、じゃないですよ学長先生。昼にしたり夜にしたり……王都の人がビックリするじゃないですが!」
「大丈夫、大丈夫。王宮の敷地の中だけだから」
「あ、それなら大丈夫ですね」
「大丈夫なのかな……?」
アンナが首を傾げた。
ローラも実のところ、あんまり大丈夫じゃないかもしれないとは思ったのだが、まぁ大賢者のやることなので、皆も納得してくれるだろう。
「何にせよ、コタツが肩こりに効くというのは実証されたわけですね。さあ、陛下。マザーコタツさんに紹介状を書いてあげてください」
「任せるのじゃ! どこの誰が読んでもコタツを信頼してしまうような、素晴らしい紹介状を書いてやるのじゃ!」
「よかったですね、マザーコタツさん。人を冬眠させる以外にも役立てると分かりましたし、陛下の紹介状があればどこにでも行けます。第二の人生……いえ、第二のコタツ生ですよ!」
「……ありがとう、ローラよ。我は今まで人間を冬眠させることしか考えてこなかったが……やりかた次第では、こういう役立ち方もできるのだな」
「コタツには無限の可能性がありますよ、きっと! ただ……今の三時間で学長先生が元気になりすぎたように……もうちょっと手加減が必要かもしれません」
「あらぁ! わたくしはもっと元気になってもよろしいですわ! 元気一杯にローラさんを抱きしめますわ! 最高にハイってやつですわぁ!」
などと叫んでシャーロットがローラに抱きついてきた。
興奮しているせいか肌が真っ赤になっている。
普段の三倍ほど力強い。
シャーロットだけでなく、アーサーも女王陛下も、無駄に大声を上げながら、跳んだり跳ねたりしている。
大人しいのは魔力を放出してスッキリした大賢者だけだ。
「なるほど。これは改善の余地がある。もうしばらくここにとどまって、練習をしたほうがよさそうだな」
「ふむ! そなたが満足するまで王宮にとどまるがよい! そして妾たちをいい気分にさせるのじゃ! 何なら、ずっといてもよいぞ!」
女王陛下はまだ元気を持て余しているようで、大げさな身振り手振りをつけながら叫ぶ。
「ご厚意、感謝する。しかし我は世界を見て回りたい。思えば……かつての時代もこの地域から動くことなく、冬になれば人間を冬眠させ、春になれば起こすということを繰り返すばかりだった。自分がそれ以外の方法で人の役に立てることを知らなかった。外の世界がどうなっているのかも知らなかった。自分を試してみたいのだ。何ができるのか知りたいのだ。そして世界を見て回りたいのだ」
マザーコタツは遠い目をしながら語った。
もちろんコタツに目はないので、実際にどこを見ているのかは分からない。
あくまで比喩だが、しかし旅立とうとしているのだから、遠い目に違いない。
「そうか……そなたは古代文明の遺物。手放すのは惜しいが、人格を持った存在でもある。その意思は尊重しなければならない。第二の人生……いやコタツ生を存分に楽しむがよい」
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