第233話 マザーコタツさんです
「どうしましょうシャーロットさん、アンナさん。春になれば目覚めるらしいので……このまま寝ちゃってもいいような気がしませんか?」
「何を仰るのですローラさん! お父様や学長先生の犠牲の上にここまで来たことをお忘れですの!?」
「いや、だから、その二人も春になったら目覚めるんですよ」
そうローラが言うと、マザーコタツが補足する。
「ふはははは。その通りだ。しかも、すっきり最高の目覚めだぞ。腰痛や肩こりも治ってしまうのだ!」
「なっ……そう言えば最近、お父様は肩こりが酷いと嘆いていましたわ……すると、このままのほうがお父様のために……?」
シャーロットがうろたえる。
ローラもますます、コタツは人類の役に立つのではという考えに傾いてきた。
しかし、アンナが本質をズバリと突く。
「待って。健康にはいいかもしれないけど、春まで寝たままだと冬休みの宿題ができない。それどころか三学期まるごと休むことになる。先生に怒られるよ」
「はっ! しかも楽しい冬休みも消えてしまいます……あやうく騙されるところでした!」
「そんなことだろうと思っていましたわ! 聡明なわたくしたちを騙すなど不可能ですわ!」
「いや……我は特に騙すとかは考えていないのだが……まあ、よい。いくらお前たちが拒んでも、冬眠の時間だ。なにゆえにもがき起きようとするのか。眠りこそ我が喜び。眠りゆく者こそ美しい。さあ我が腕の中でねんねんころりよ、おころりよ。ぼうやはよい子だ、ねんねしな!」
マザーコタツの言葉が、眠気を誘ってくる。
だが、ここでローラたちが寝てしまったら、もう誰も起こしに来てくれない。
マザーコタツを止める者がいなくなってしまう。
「そんなことはさせません……」
ローラは気力を振り絞ってコタツから這い出そうとする。
それでもなお、体はビクとも動かない。
まるで自分の体ではないかのようだ。
「このままだと本当に宿題ができません……ダメです……宿題を早く終わらせて……皆で遊ぶのです!」
ローラの想いが頂点に達したとき。
ある一つの考えが浮かび上がった。
そうだ。コタツから出られないなら。
「コタツごと移動すればいいのです!」
「な、そんな馬鹿な!」
マザーコタツが驚きの声を上げる中、ローラは飛行魔法でコタツごと浮かび上がる。
更に。
「ローラちゃーん」
「あ、学長先生もコタツごと飛んでます!」
入り口の方から、大賢者がコタツを背負ってビューンと飛んできた。
まるで亀のような姿だった。
「コタツに取り込まれながらも飛行魔法を使う精神力だと……? どうしてそこまで冬眠を拒否するのだ。冬はただひたすら寒いだけだろう。だからお前たち人間はコタツを作ったのだろう!?」
マザーコタツはローラと大賢者を見て、恐怖の声を上げた。
無理もない。
向こうからすれば、自分の存在価値を否定されているのだ。
しかし、ローラたちはコタツを作った古代文明人ではない。
冬眠なんて望んでいない。
「あなたは間違っています……冬は寒いだけではありません。寒いからこそ温かいものが美味しいのです。そして雪合戦をしたり雪だるまを作ったり、冬ならではの遊びもあります。なにより……冬眠したら春までオムレツを食べられません! それは人生の損失です!」
「よく言ったわローラちゃん! 私だって眠るのは大好きだけど……それは他人から押しつけられるものじゃないわ。お昼寝は自分の意思でするものよ。本当は働かなきゃいけないときに、あえて寝る! その背徳感がたまらなく気持ちいいのよ!」
「おお、学長先生、格好いいです……あれ? 格好いい?」
大賢者の力強い主張にローラは最初、感銘を受けたが、よく考えると大したことを言っていなかった。むしろ駄目人間の典型だった。
「オムレツやお昼寝はともかく……お二人の熱い気持ち、わたくしにも伝わりましたわ! ここで寝ている場合ではありませんわ。そもそも、わたくしはローラさんを抱き枕にしないと眠れない女!」
「楽しみにしていた冬休みを寝て過ごすなんてありえない……皆で遊ぶ!」
シャーロットとアンナもコタツごと飛ぶ。
「ぴー」
ハクも気合いの入った鳴き声とともに飛ぼうとした。
が、コタツが重すぎて、流石に飛び立てなかった。
「くっ……まさか四人もコタツにあらがえる者がいるとは……しかし、我は役目を果たすのみ! 人類に幸せな冬眠を与えるのだ!」
マザーコタツの周りを飛んでいたコタツたちが一斉に向かってくる。
先ほどまでは脅威だった。
コタツに取り込まれたら動けなくなってしまうという恐怖があった。
しかし、ローラたちはすでにコタツの中。
コタツの魔力を乗り越え、克服したのだ。
ゆえに、新たなコタツが向かってきても、それはたんなる体当たりにしかならない。
「皆、マザーコタツに集中攻撃です!」
「他のコタツは無視していいわ!」
「分っていますわ!」
「この一撃で決める……!」
ローラたち四人はコタツごとコマのように回転する。
そして飛来するコタツたちを弾き飛ばしながら、マザーコタツに突っ込んでいく。
「ぐわぁぁぁっ」
衝撃でマザーコタツは洞窟の奥まで吹っ飛ぶ。
そのダメージのせいか、他のコタツたちが一斉に地面に落ちていく。
背負ったコタツから魔力を感じなくなった。
ずっと包まれていたいという欲求が、綺麗さっぱり消えたのだ。
「やった! 私たちの勝利です!」
皆、一斉にコタツを脱ぎ捨てる。
「ぴー」
ハクもコタツから這い出して、ローラの近くまで飛んできた。
だが、まだ終わりではなかった。
マザーコタツから苦悶の声が聞こえてくる。
「ぐ……わ、我は……」
「まだ生きていますわ……早く破壊してしまいましょう!」
シャーロットはマザーコタツを睨みつけて叫ぶ。
しかし、ローラは複雑な思いだった。
確かに、強制的な眠りを与えてくるコタツは迷惑だ。
けれど、元々は人間によって作られた存在。
マザーコタツは役目を果たそうとしているだけなのだ。
「学長先生……このままマザーコタツを破壊したほうがいいのでしょうか? 私にはコタツがそんなに悪い存在には思えないんです……」
「ローラさん! 言いたいことは分りますが、情けは無用ですわ。このコタツが再び動き出したら、また同じように止められるとは限りませんわ。今は冬休みなのでわたくしたちも気力を振り絞ることができましたが……これがもし三学期だったら? 授業に出たいという思いでコタツの魔力をはね除けることができますの!?」
「それは……!」
できる、とはとても言えなかった。
それほどこたつの中は甘美だったのだ。
冬休み初日という奇跡的なタイミングだったからこそ、あらがえた。
逆に冬休み最後の日だったら……想像するだけで恐ろしい。
「……我を破壊しろ」
そのとき、マザーコタツから予想外の言葉が漏れた。
「本当は分っていたのだ……もう、我が作られた時代の冬ほど、今の冬は厳しくないと……人類は冬眠など必要としていないのだと。しかし我は自分の存在意義を捨てたくなかった……さあ、我の気が変わらぬうちにやれ。我の体は強固だが、お前たちの力なら完全破壊することも可能だろう。頼む。役目を失ったまま生き続けたくはない」
「か、観念しましたわね……ならばお望み通り……破壊して……やります、わ……」
シャーロットの言葉は歯切れが悪い。
当然だろう。
さっきまでマザーコタツは倒すべき敵だった。
しかし今は、歴史の流れに取り残された、哀れな魔法道具でしかない。
「学長先生……マザーコタツがかわいそう……何とかしてあげて」
アンナは大賢者の服をつまみ懇願する。
「うっ……うっ……不憫ですわ。自分の役目を果たしているだけなのに、どうしてこのようなことになるんですの……」
さっきまでマザーコタツを破壊すると主張していたシャーロットだが、すっかり同情してしまい、涙を流して泣いている。
「私だってマザーコタツがかわいそうだと思うけど……今の人類とは相容れないのよ。破壊か……あるいは、もう一度ここに埋めて封印を……」
「封印? やめてくれ。また何千年も地の底に眠るなどごめんだ! 頼むから破壊してくれ!」
大賢者の『封印』という言葉にマザーコタツは本気で嫌がった。
そこには絶望さえ感じ取れた。
なら、本当に破壊するしかないのだろうか。
それがマザーコタツにとっての救いなのだろうか。
現代でも、コタツに役目を与えることはできないのだろうか。
「あ、そうだ。学長先生、こんなのはどうでしょう? ごにょごにょ」
それはコタツの価値観を根底から覆すものだったので、マザーコタツに動揺を与えないよう、ローラはまず大賢者にだけソッと耳打ちした。
「あら。ローラちゃん、大胆な意見ね。でも……このまま破壊するくらいなら、試してみる価値ありそうよ。とりあえず、マザーコタツを次元倉庫にしまっちゃいましょう」
「あ。マザーコタツさんは次元倉庫をキャンセルしちゃう力がありますよ」
「へえ、そうなの? 高性能ねぇ。じゃあ二人がかりでやってみましょうか」
「なるほど! 一人では無理でも、二人の力を合わせれば!」
ローラと大賢者は、いちにのさんとタイミングを合わせ、マザーコタツの足下に次元倉庫の門を開いた。
ローラが一人で同じことをやろうとしたときは無理だったのに、二人分の膨大な魔力で強引にマザーコタツを取り込んでいく。
「な、何だ!? ぬおっ、飲み込まれる!」
さしもの古代文明の遺物も、ローラと大賢者を合わせた魔力量は予想外だったらしく、酷く動揺した声を上げながら沈んでいった。
「ローラさん、学長先生。マザーコタツをどうするおつもりですの?」
「まさか、ずっと次元倉庫にしまっておくつもり? それはそれでかわいそう」
「違いますよ。もっといいことです。きっとマザーコタツさんも喜びます!」
そしてローラは、シャーロットとアンナにも自分のアイデアを説明した。
すると二人は、それなら皆が幸せになれる、と太鼓判を押してくれた。
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