第232話 それでも大賢者は抜けません

「学長先生、しっかりしてください! 学長先生ならコタツにもあらがえるはずです!」


 ローラは真っ先に大賢者に駆け寄り、コタツから引っ張り出そうと試みる。

 普通の人間と違って、大賢者なら本気を出しても千切れたりしないはずだ。

 彼女の両腕をつかみ、ローラは引っ張る。


「うーん、うーん」


 それでも大賢者は抜けません。


「ローラさん、お手伝いいたしますわ!」


「私も」


 シャーロットがローラを引っ張り、アンナがシャーロットを引っ張る。

 それでも大賢者は抜けません。


「ぴー、ぴー!」


 ハクはパタパタ飛び回りながら声援を送ってくれた。

 それでも大賢者は抜けません。


「あ、そうだ! コタツを次元倉庫にしまっちゃえばいいんです。どうして今まで気づかなかったんでしょう」


 ローラは大賢者の腕を放した。

 その瞬間、シャーロットとアンナに引っ張られ、後ろに倒れてしまう。

 だが、シャーロットの胸がクッションになったので、ローラは痛くなかった。

 代わりに一番下になったアンナが「ぐえっ」と苦悶の声を出す。

 ローラはコロコロ転がって移動してから、次元倉庫の門を展開。

 コタツを〝向こう側の世界〟へと送ろうとした。

 が。


「あれ? 門を開けない……というか……学長先生が妨害してる!?」


「ごめんなさいローラちゃん……私はコタツから出たくないの……いえ、出なきゃいけないってのは分っているのよ。でも……ああ、ダメだわ。身も心もコタツに支配されていく……」


「本当ですか!? 本当に支配されているんですか? ただたんにお昼寝したいだけじゃないですよね!」


「私のお昼寝したいという意思と、コタツの魔力がせめぎ合って……脱出不可能になっているのよ」


「それ、せめぎ合ってません! 協力し合ってるじゃないですか!」


 と、ローラが叫んだとき。

 上空からコタツの大群がやってきた。

 迎撃しようと、ローラたちは身構える。

 しかし、それより早く、炎の精霊が現われ、コタツたちを焼き尽くす。


「学長先生……?」


「……ここから出ることはできないけど、コタツと戦うことは何とかできるわ……精神力を使うから、召喚できる精霊は十体くらいだけど……さあ、ローラちゃん。シャーロットちゃん。アンナちゃん。ハク。ここは私が守るから。あなたたちは坑道の奥にあるナニカを見つけるのよ! 人類を救うにはそれしかないわ!」


 大賢者は必死の形相で叫ぶ。

 凄い精神力だ。

 今まで見てきたコタツに取り込まれた人々は、ふにゃりとした顔で横たわるばかりだったのに。大賢者はギリギリのところで自我を保っている。


「分りました……学長先生、あとは任せてください!」


「お父様も学長先生も、そして人類も救って見せますわ!」


「命に代えてもコタツを止めてみせる……!」


「ぴー!」


 大賢者を一人ここに置いていくのは気が重い。

 だが、それしかないのだ。

 ローラたちは涙をのんで坑道に入っていく。


 ローラは人間サイズの雷の精霊を召喚し、先頭を歩かせる。

 明かりになるし、コタツが飛んできたら囮にするのだ。


「ハクは前を見ていてください。コタツが来たら炎を吐いて攻撃を。後ろの警戒はシャーロットさんとアンナさんにお任せします」


「ぴ!」


「このシャーロット・ガザード。絶対にローラさんをお守りしますわ!」


「学長先生が頑張っているから大丈夫だと思うけど……全力でローラを守る」


「ええ!? 私を守るとかじゃなくて、皆で進むんですよ?」


「それは違いますわ。学長先生がコタツに取り込まれてしまった今、人類最強はローラさん。この先に何が待ち受けているのかは分りませんが……古代文明の遺物が相手。太刀打ちできそうなのは、全人類の中でローラさんだけですわ」


「そういうこと。私とシャーロットを犠牲にしてでもローラは先に進むべき」


 ローラは何か反論しようと思ったが、客観的に考えて、それは事実だった。

 ローラの肩には、途方もなく重い責任が乗っていたのだ。


「……できるだけ皆で行きましょう!」


 それでもローラは親友を切り捨てるようなことはしたくない。

 想いを口にして、あとは無言で進んでいく。

 幸いにも、いくら進んでもコタツは現われなかった。

 もしかしたら罠かもしれないが、上等だ。

 罠ごと粉砕してやる。


        △


 やがて――。

 坑道が急に広くなった。

 雷の精霊が放つ光が端まで届かないほどの空間。

 そこに家のように大きなコタツが鎮座して待ち受けていた。


「来たか、人の子らよ」


 その大きなコタツは、人間の言葉で語りかけてきた。

 コタツが喋ったことにローラたちが驚いていると、コタツは更に言葉を紡ぎ続ける。


「我が名はマザーコタツ。全てのコタツを統べる存在。さあ、人の子らよ。幸せな眠りを授けよう」


 マザーコタツを名乗るそれの中から、小さなコタツが無数に現われた。

 百……いや、二百。まだまだ増えていく。


「こ、これは数が多すぎますわ!」


「一度、退却しなきゃ」


「背中を見せたらやられます! 次元倉庫、展開!」


 ローラは次元倉庫の門を開き、向かってくるコタツを次々と転送していく。

 どんな攻撃であろうと敵であろうと、届かなければ意味がない。

 次元倉庫の門による盾は、鉄壁の防御だ。


 だが、次元倉庫の門を開きっぱなしにするというのは、ローラにとって初めての経験だった。

 それが想像以上に魔力を消費する。


「ローラ! 小さいコタツより先に、あの大きなコタツを次元倉庫に送ったほうがいい!」


 アンナが叫ぶ。

 ハッとしたローラは、巨大コタツを門に取り込もうとした。

 が――。


「門を開けない!?」


 小さいコタツは問題なく取り込める。

 しかし巨大コタツを次元倉庫に送ろうと試みても、門は開いてくれなかった。


「次元倉庫を使えるとは、見た目に反してハイレベルな魔法使いのようだな。しかし次元に干渉することくらい我にもできる。マザーコタツを甘く見るな!」


 何ということだろうか。

 こんな布団と机が合体したような物体が、次元倉庫を無力化してくるとは。

 古代文明の技術力が恐ろしい。


「ヤバイ……です……これ以上、持ちません……」


 すでに数分が経過している。

 向かってくるコタツたちを次元倉庫に送り続けたローラは、すでに魔力がゼロになりかけていた。


「ローラさん、頑張るのですわ! 全てのコタツを飲み込めばローラさんの勝ちですわ!」


「手伝えないのがもどかしい……頑張れ、ローラ」


「ぴー!」


 応援がありがたい。

 しかし、それだけで魔力が回復するほど、世の中は都合よくなかった。


 ローラの魔力は次元倉庫の門を維持できないほど減り、ついには門の盾の隙間からコタツが侵入してきた。

 だが。


「光よ。我が魔力を捧げる。ゆえに契約。敵を粉砕せよ――」


 そのときすでに、シャーロットの呪文詠唱は完了していた。

 渾身の魔力を込めた光の砲撃が、六つのコタツをまとめて貫く。

 更にコタツが侵入してくる。

 と、同時に、アンナが二本の魔法剣をきらめかせる。

 まず強烈な竜巻がコタツたちに襲いかかり、動きを封じる。続いて雷撃がほとばしり、竜巻に巻き込まれたコタツのことごとくを粉砕せしめた。


「ピィィィィィィ!」


 更に、ローラの頭の上からハクが光線を吐いた。

 ハクが自力で吐けるのは炎だけで、ローラが強化魔法をかけてやらないと光線にはならなかったはず。

 いつの間にか、ハクも成長したのだ。


 そんな皆の協力を得てもなお。

 コタツたちの数は減らない。

 マザーコタツから無限にコタツが湧き出してくる。


 そして、ついに。

 ローラも、シャーロットも、アンナも、ハクも。

 それぞれコタツに取り込まれてしまう。


「不覚、です……本当に身動きできません……それどころか、コタツから出たくないと本能が訴えています……」


「そんな、このわたくしが……わたくしのド根性が通じませんわ……あらがえませんわ……」


「このまま眠ってしまいたい……そのことを幸せだと感じてしまう……」


「ぴぃ……」


 コタツの中からローラたちは、マザーコタツを睨みつける。

 しかし、その睨みもさほど鋭いものにはなっていないだろう。

 今にも眠ってしまいそうなのだから。


「これで、この一帯の人間は全て取り込んだ……やがては大陸中の人間に眠りをもたらしてくれようぞ」


「なぜです……なぜ人間を眠らせるんですか? 古代文明は何のためにコタツを作ったんですか……?」


 ローラは気力を振り絞って尋ねる。


「知れたこと。人間を冬眠させるためだ。寒く厳しい冬を、快適なコタツの中で春までぐっすり眠る。お前たち人間は、そのために我を作ったのであろうが」


「……え?」


「ふふふ。コタツの中は温かいだけではない。魔法技術の粋を結集し、完全なる生命維持機能もある。強力な防御結界により、外敵からの攻撃にも堅牢! コタツで冬を越せば……リフレッシュ! 春に目覚めたとき……お前たち人間はすこぶる健康になり、新しい一年を楽しく過ごすのだ! ふはははははははっ!」


 マザーコタツは高笑いを上げる。

 そんなことは絶対にさせません、とローラは叫ぼうと思ったが、させないほうがいいのか、ちょっと分らなくなってきた。

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