第229話 人類史の新たな一ページです
王宮の門は、大賢者の顔パスで通ることができた。
しかし大賢者はいまだに、むにゃむにゃと眠そうで素早く歩いてくれない。
仕方がないので、ローラとアンナで手を引っ張り、シャーロットがその背中を押して王宮の廊下を進む。
ハクはその辺を飛びながら「ぴ、ぴ」と応援してくれた。
「お待たせしました。学長先生をお連れしました!」
「ローラか。入るがよい」
執務室から女王陛下の声がしたので、ローラは扉を開ける。
すでにアーサーも来ていた。彼は青い顔で突っ立っていた。
なにせ王家から採掘を任された鉱山で、トラブルを起こしてしまったのだ。
いかにシャーロットの父親であっても、平静ではいられない。
「話はアーサーから聞いた。別にガザード家の責任ではないから、アーサーもシャーロットも気に病むな。それで大賢者。何か心当たりは……そなた、まだ眠っているのか?」
女王陛下は、うつらうつらしている大賢者に呆れた視線を向ける。
「むにゃむにゃ……起きてるわよぉ……」
半分は起きている。しかし半分は寝ているように見える。
「学長先生。いい加減、起きてくださいよ」
「トラブルを解決してくださったら、わたくしがいくらでも膝枕や抱き枕をしますから」
「あんまり起きないと、電撃を喰らわすよ」
「大丈夫、大丈夫……七割くらいは起きてるから」
なるほど。
徐々にではあるが、まぶたが開いている。確かに七割くらいだ。
普通の人の七割だと頼りないが、大賢者の七割なら大丈夫だろう。
「それで大賢者殿。炭鉱に現われた四角いテーブルと布団を組み合わせたような物体……何か心当たりはありませんか?」
アーサーはすがるような口調で言う。
かつてのガザード家は大賢者のライバルだったらしいが、アーサーからはライバル心を感じない。
もっとも、いつか大賢者よりも強くなると豪語しているシャーロットとて、頼るときは頼りまくるので、ライバル心は関係ないのかもしれない。
「確証はないけれど。昔読んだ本に、似たようなのが載ってたわ。コタツっていうんだけど」
「コタツ?」
アーサーは不思議そうな声を出す。
ローラたちも聞き慣れない単語に、首をかしげた。
「えっとね。コタツは古代文明で使われていた暖房器具らしいの。遺跡から発掘された古文書に記録が残っていて……現物はまだ見つかっていないから、炭鉱から出てきたのが本物のコタツなら、大発見よ」
「ほほう。古代文明の遺物か。しかし暖房器具がどうして人々を襲っているのじゃ?」
「そこまでは分からないわ。もしかしたらコタツじゃないかもしれないし。とにかく現地に行ってみないことには始まらないわね」
「ふむ。では、調査を頼むぞ。妾もコタツとやらを見てみたいのじゃが……」
女王陛下が好奇心に釣られて危険な場所に行き、万が一のことがあったら大変だ。
偉い人には色々な気苦労があるのだなぁ、とローラは一つ賢くなった。
△
アーサーの案内で、炭鉱まで向かう。
流石はガザード家の当主だけあり、ローラから見てもスムーズな飛行魔法だった。
スムーズ過ぎてハクが自力で付いてこられなかったので、ローラの頭にしがみついてもらった。
「ぴー」
「ハクはやっぱり私の頭の上が好きなんですね」
「ぴぃ」
ハクは鼻先でローラの頭をすりすりした。
可愛い。
ずっとこのまま小さいハクだったらいいのになぁ、と考えてしまうが、そういうわけにもいかない。
何年先のことになるか分からないが、いつかはハクも成長して、ローラの頭に乗らなくなってしまう。
夏休みにオイセ村で見た先代ハクが最終的な大きさなのだろう。
あれを頭の上に乗せるとしたら、それこそ山のような身長が必要だ。
ローラは早く大きくなりたいと思っているが、いくらなんでも山は困る。
きっと、オムレツをいくら食べても食べ足りないに違いない。
ローラ専用のオムレツ製造工場が必要になってくる。
それはそれで嬉しい気もするが、他の皆がオムレツを食べられなくなりそうなので、やはりダメだ。
ローラはもう十歳なので、自分さえオムレツを食べられたらそれでいいというスケールの小さな考え方はしないのである。
それにしても、ハクのことを考えていたら、シャーロットの気持ちが分かったような気がする。
分かったところで、小さいままでいてやるつもりは沸いてこなかったが……。
「あの山が炭鉱です」
先頭を飛ぶアーサーが前方を指さした。
そこにはなだらかな山と、町があった。
炭鉱で働いている人たちが住む町なのだろう。
「まずは町に行きます。しかし物体に気づかれないよう、今から高度を落とします。私に付いてきてください」
アーサーの言葉に、全員が頷く。
大賢者が一緒なのに警戒しすぎではないかという気もするが、相手は未知の存在。もしかしたら古代文明の遺物かもしれない物体だ。念には念を入れて当然かもしれない。
町に降りると、とてつもなく静かだった。
空から見た感じでは、千人以上は住んでいそうに見えたが。
「……誰もいないんですか? 皆さん、逃げちゃったんでしょうか?」
「いや……物体に取り込まれたんだ」
ローラの疑問に、アーサーが重々しい声で答える。
「お父様……取り込まれると、どうなってしまいますの……?」
「言葉で説明するよりも、実際に見てもらったほうが早い。こっちだ。十分に警戒して進んでくれ。どこから物体が現われるか分からない……」
ローラたちはゴクリとツバを飲み込んでアーサーを追いかける。
大賢者すら緊張した顔だった。
そして道を曲がると――そこには異様な光景が広がっていた。
それは確かに、四角いテーブルと布団を合体させたような物体だった。
それが道のあちこちにあり、布団から人の頭がちょこんと出ている。
一つにつき一人。
誰も彼もが物体から逃げようともせず、恍惚とした顔で寝そべっている。
「ど、どうしてこんなことに……? 皆さん、道の真ん中で寝ちゃダメですよ!」
ローラは一番近くにいた男の人に駆け寄り、その頬をぺしぺし叩く。
すると彼はうっすらと目を開き、にへらぁ、と笑った。
「へへ……分かってる……分かってるんだけど……ここから出られねぇ……いや、出たくねぇんだ。最高に気持ちいい……」
そう言って彼はまた目を閉じ、幸せそうな顔で眠りについた。
「物体に取り込まれた者は、皆こうなってしまう……自分の意思で動こうとしないのだ」
「自分の意思で動けないなら、引っ張り出せばいいんです! えいっ、えいっ」
ローラは布団の中に手を入れ、男の腕をつかんで引きずり出そうとした。
が、動かない。
まるで釘で打ち付けてあるかのように動かない。
これ以上強く引っ張ったら、この人の腕が千切れてしまう。
「ぐぬぬぬぬ。こちらの人も動きませんわ」
「こっちも同じく」
シャーロットとアンナも別の人に同じことを試みるが、結果は変わらず。
それにしても、取り込まれている人たちの気持ちよさそうなこと。
この世の幸福を全て集めたような顔をしている。
ローラもちょっと中に入ってみたくなるほどだ。
「……この形。私が読んだ本に載っていたコタツの図とそっくりだわ」
「すると、これらはやはりコタツなのですか?」
アーサーが大賢者に質問する。
「見た目はね。でも……ただの暖房器具だろうと本には書いてあったのに……いい加減なことを書く著者ね。抗議の手紙を送ってやらなきゃ」
大賢者は憮然とした顔で言う。
かの有名な『麗しき大賢者』から抗議の手紙が届いたら、著者は震え上がるだろうか。それとも喜ぶだろうか。
いずれにせよ、古代文明は数千年も昔の文明なので、それについての研究が間違っているのは仕方がない。
今回の発見により、コタツの研究が進むだろう。
人類史に新たな一ページが刻まれるわけだ。
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