第228話 シャーロットさんのお父さんです

 シャーロットの話で盛り上がっていると、一階からドアが閉まる音が聞こえてきた。


「お父様が帰ってきたのではありませんか?」


「多分そうざます」


 シャーロットの父親が来たなら、挨拶しておくべきだ。

 というわけで、ローラとアンナも一緒に一階に降りていく。

 ハクはまだマーガレットに夢中だったが、何となく悔しいので、ローラは抱き上げて連れて行くことにした。


「お父様。お帰りなさいですわ」


「あなた。お早いお帰りだったざますね」


「ああ、ただいま。シャーロットもいたのか……それと……シャーロットのお友達かな? いらっしゃい。よく来たね」


 居間に行くと、高そうなスーツとシルクハットで身を包んだ紳士がソファーに腰掛けていた。

 年齢は三十代半ばくらいだろう。

 彼がシャーロットの父親のようだ。

 整った顔立ちで、とても長い口ヒゲを左右に伸ばしている。

 そのヒゲの先端がくるりと丸くなっていて、とても面白い。


 だが、そんな面白い形のヒゲを生やしたシャーロットの父親は、とても深刻そうな顔をしていた。


「ローラ・エドモンズです。こっちは神獣ハクです。シャーロットさんの友達です」


「ぴー」


「私はアンナ・アーネットです。お邪魔しています」


「ああ、君たちが。シャーロットから話は聞いているよ。娘と仲良くしてくれて、ありがとう。私はシャーロットの父のアーサー・ガザードだ。よろしく」


 彼は笑みを浮かべてそう言ったが、どこか暗く沈んだ声だった。


「あなた。鉱山で何かあったざますか?」


 クリスティーナは心配そうに夫の隣に座る。


「……ああ。とんでもないことだ。正直、どう説明したらいいか分からない。しかし……もしかしたら、もうあの鉱山は放棄するしかないかもしれない。女王陛下から管理を任された鉱山なのに……いや、それよりも、まずは作業員を救出しないと……」


 そう言ってアーサーは頭を抱えてしまった。

 詳しいことは分からないが、ガザード家で掘っている鉱山で、大変なことが起きたようだ。落盤事故か何かだろうか。


「お父様。頭を抱えていないで、わたくしたちにも説明してくださいまし。もし人命にかかわることでしたら、一刻も早く動かないと取り返しが付きませんわ! もしガザード家の力だけではどうにもならないのでしたら、陛下や大賢者の力も借りるべきですわ」


「……そうだな。シャーロットの言うとおりだ。恥や外聞を気にしているときではない。我がガザード家はご先祖様の功績により、王家が所有する炭鉱の一つを採掘させて頂いているのは知っているな?」


「ええ、もちろんですわ」


「その炭鉱を掘っていたら……とんでもない物を掘り当ててしまったんだ!」


「とんでもない物? それは一体なんですの……?」


「私も詳しいことは分からない。四角いテーブルと布団を組み合わせたような形をした、奇妙な物体だ。それが坑道の奥から次々と現われた。その物体に取り込まれた者は、恍惚とした顔になり……二度と抜け出せなくなってしまうのだ。私もその物体に襲われそうになったが、何とか逃げ延びてきた。作業員たちを見捨てて……私は一人も助けることができなかった!」


 アーサーは唇を噛みしめ、目の前のテーブルを叩く。

 が、感情を爆発させたのはその一瞬だけで、すぐに深呼吸した。表面上は落ち着いたように見える。


「……私は女王陛下に報告に行ってくる。シャーロットは大賢者に王宮まで来てくれるよう頼んでくれないか? 大賢者とは親しくしているのだろう?」


「ええ。学長先生はお優しい方ですから、きっと相談に乗ってくれますわ」


「助かる。ローラくんにアンナくん。せっかく来てくれたのに、せわしなくて申し訳ない」


 アーサーはそう言って屋敷を出て行った。


「た、大変なことになったざます。何だかよく分からないけど大変ざます!」


「大丈夫ですわ、お母様。わたくしたちと学長先生で、どんなピンチも解決ですわ!」


「シャロちゃま……とても頼もしいざます! 知らないうちに立派になっていたざますね!」


「おほほほほ。いつまでも子供ではありませんわ。さあ、ローラさん、アンナさん、ハク。学長先生を起こしに行きますわよ!」


 母親に褒められて上機嫌になったシャーロットは、高笑いを上げながら走り出した。

 ローラは、冬休みの宿題はどうなるんだろう、と思いながらそれを追いかけた。


        △


「やはり学長先生は仮眠室でしょうか?」


「多分、そうだと思う」


「とりあえず突撃ですわ」


「ぴー」


 というわけで仮眠室への入り口までやってきた。


「ローラさん。お気をつけて。入り口の結界が復活していますわ!」


「なんと! しかし、前にも突破したことのある結界です。問題ありません!」


 ローラは扉にかけられた術式を一瞬で解除。

 その奥にあった通路に侵入。

 侵入者を押し返そうと魔力が押し寄せてくるが、力業で突き進み、仮眠室に辿り着く。


「がくちょうせんせー! 今日も元気にトラブルのお知らせです!」


「むにゃむにゃ……元気なのはいいけど……どうして冬休みの初日からトラブルなの? ローラちゃん、十歳だから落ち着くとか言ってなかった?」


 布団の中から大賢者の声が聞こえる。

 大変ごもっともな話だが、トラブルを起こしたのはローラではない。

 文句を言われても困る。


「私は落ち着いています。落ち着いていないのは、ガザード家の鉱山です!」


「あら。いつもと違うパターンの話ねぇ。どういうこと?」


 大賢者はようやくむくりと起き上がり、アクビをしつつも、ローラの話を真剣に聞くつもりになったらしい。


「えっとですね。ガザード家が管理している炭鉱で、変なものを掘り当ててしまったらしいんです。四角いテーブルと布団を組み合わせたような物体? が人々を取り込んでいる? みたいなことをシャーロットさんのお父さんが言っていました。何のことだかサッパリ分かりませんが、深刻そうな気配だけは伝わってきました! それで学長先生に王宮まで来て欲しいんだそうです」


「四角いテーブルと布団を組み合わせたような物体? うーん……どこかで聞いたことがあるような、ないような……」


「おお。流石は学長先生。心当たりがあるんですね。頼もしいです!」


「いや。あるような、ないような、だからね?」


「それでも全くないよりはマシですよ。さ、王宮に行きましょう」


「まだ眠いのに……ローラちゃんは人使いが荒いんだから」


 大賢者は目をこすり、大きく背伸びをしてからベッドから這い出した。

 そして皆で一緒に、王宮まで飛んでいく。

 飛ぶように素早く走るのではなく、本当に飛ぶのだ。道に沿って進まなくていいので大変便利である。

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