第227話 シャロちゃまの過去です
色々とさまよったローラたちだが、ついに真面目に宿題に取り組みはじめた。
いかに宿題が大変とはいえ、ローラたちが通っているのは冒険者学園だ。
別に学者を目指しているわけではない。
コツコツ頑張れば、余裕を持って終わる程度の量だ。それをガツガツ頑張れば、冬休みの序盤に終わる。
理論上は正しいはず。
もっとも、そのガツガツ頑張る集中力をどこから持ってくるのかというところは、理論に含まれていなかった。
「うーん……体が甘いものを求めています……」
「頭を使うと糖分が必要になると言いますものね」
「でも、宿題を始めてから三十分くらいしか経ってないよ?」
「三十分だろうが三分だろうが、甘いものは必要です!」
と、ローラが大声を出した瞬間。
「そんなこともあろうかと、温かいカフェオレを用意したざます」
シャーロットの母親クリスティーナが、お盆を持って部屋に入ってきた。
「まあ、お母様。ありがとうございます。お母様にしては普通に気が利く対応ですわ」
「シャロちゃま。まるで普段のわたくしが普通とは違うようなことを言わないで欲しいざます」
クリスティーナは憮然とした顔で言う。
「しかしお母様。昔、わたくしが近所の子供たちを連れてきたら、お母様が歓迎の踊りとやらをしたせいで、皆が怯えて帰ってしまったではありませんか」
「あ、あれはシャロちゃまが初めて友達を連れてきたから、少し舞い上がっただけざます」
どうやら本当に似たもの親子らしいぞ、とローラは確信を深めた。
「まあまあ。私たちは歓迎の踊りくらいじゃ驚きませんよ。なにせシャーロットさんで慣れてますから」
「ローラ……それはちょっと失礼……」
アンナに指摘され、ローラは口元を押さえる。
言われてみれば、母親の前で娘を笑いものにしていることになるのだ。
友達同士だけなら許されても、家族の前となれば話が違う。
「構わないざます。シャロちゃまが妙なことをするのは昔からざます」
「お母様! ローラさんたちの前で嘘はいけませんわ!」
シャーロットは腕を動かし、あたふたした様子で母親の声を遮ろうとした。
だが、昔のシャーロットがまともだったなどとローラは想像すらできないので、クリスティーナの言葉を全面的に信じてしまう。
「クリスティーナさんがせっかくカフェオレを持ってきてくれたんです。休憩がてら、シャーロットさんの昔話を聞きましょう」
「休憩って……まだ三十分しか宿題してないのに?」
「三十分宿題をしたなら、三十分休憩するのは自然なことです。自明の理です」
「まるで自明の理じゃないけど、まぁいいか。カフェオレ、いただきます」
「いただきます!」
宿題を中断し、コーヒータイムだ。
気の利いたことに、ハクのカップにはストローがついていた。
おかげでハクは誰の助けも借りず、チューッと飲むことができた。
「シャロちゃまは帰ってくると、いつも学園の生活を楽しそうに教えてくれるざます。ハクちゃまのことも聞いていたので、こうすると飲みやすいと思ったざます」
「大正解です! クリスティーナさんは本当に気が利くんですね」
「ほほほ。これでわたくしがまともな人だと証明できたざます」
それはどうだろう、とローラは思ってしまったが、もちろん口には出せない。
とりあえず、甘いものを摂取するという当初の目的のため、カフェオレに砂糖をドバドバ入れる。
「それで。シャーロットって昔はどんなことをやらかしたんですか?」
「アンナさん! そんなことに興味津々になってはいけませんわ!」
シャーロットがいくら止めても、すでにこの場はシャーロットの昔話をするモードになっている。
こうなってはもう人の力ではどうにもならないのだ。
「シャロちゃまの昔話ざますか。やっぱりシャロちゃまの努力家っぷりを語るのが一番ざます」
「お母様……何だかんだ言いながら、わたくしを褒めてくださいますのね……!」
シャーロットは感動したのか、目を潤ませている。
「ローラちゃまもアンナちゃまも、ガザード家が魔法使いの名門なのは知っているざますね?」
「はい。それはシャーロットさんからよーく聞かされました」
「この国で冒険者を目指す人なら、大抵知ってる」
なお、ローラは冒険者を目指していたが、入学するまで知らなかった。
両親のかたよった教育のおかげだ。
特に父親のブルーノは、魔法使いを毛嫌いしている。
だからローラは魔法に関することを一切教えられず、ひたすら剣術を習っていた。
「魔法使いの名門なら、やっぱりシャーロットさんは小さいときから厳しく魔法を教えられていたんですか?」
ローラは昔の自分を思い出し、シャーロットの幼少期がそれの魔法バージョンだったのではと想像した。
「もちろん、厳しくしたざます。夫はもちろん、わたくしもBランクの魔法使いだったざます。シャロちゃまに二人で英才教育を施そうとしたざます……なのに」
なのにどうしたんだろう。
小さい頃のシャーロットは意外とサボり癖があったのだろうか。
「シャロちゃまは五歳の頃、田舎のおじいさまの家に遊びに行って、昔のガザード家がファルレオン王国で最強の魔法使いだったと聞かされてしまったざます。そしてこの家の書庫で歴史を調べ……ガザード家の威光を取り戻すと言い始めたざます。いくらガザード家が名門でも、大賢者に勝てるわけがないからやめろと言ったざます。しかしシャロちゃまはわたくしや夫の言うことを聞かず……わたくしたちが出した課題以上の特訓を始めたざます。いくら叱ってもやめないざます。心配で心配で仕方なかったざます!」
クリスティーナは当時のことを思い出したのか、感情的に語る。
それを聞いたシャーロットは頬を赤くし、ぶつぶつと反論する。
「め、名門と名乗るからには、最強を目指すのが当然ですわ……相手が大賢者であっても、諦めては名門とは言えませんわ。普通の方法で追いつけないなら、倒れるまで特訓するのが当然ですわ」
シャーロットの言葉を聞いてアンナが「その理屈はおかしい」と呟く。
だがローラは同時に「その理屈分かります」と呟いてしまった。
「え?」
「ん?」
アンナとローラは顔を見合わせる。
はて。
シャーロットはおかしなことをよく言うが、今のは分かりやすかったはず。どこら辺がおかしいのか、ローラはよく分からなかった。
「信念は立派ざますが、五歳の子供が毎日気絶するまで魔力を練り上げていたら、親として心配して当然ざます! ヒモで繋いで特訓できないようにしたのに……夜中にこっそり抜け出して庭で気絶しているのは異常ざます!」
と、クリスティーナが詳しい状況を語ってくれたので、ローラもようやく「なるほど」と異常性に気づけた。
それにしても、いち早く気づいたアンナは凄い。名探偵だ。
「つ、強くなるためには必要なことですわ……」
流石のシャーロットも、当時の自分を振り返って反省したのか、口調にいつもの勢いがなかった。
しかし、それにしても。
魔法使いの名門一族というから、さぞ厳しく魔法を叩き込まれたのだろうと想像していたのに。
実態は真逆。
「勝手に修行するシャーロットさんを、ご両親が一生懸命止めていたとは……」
「それは誤解ですわローラさん! お父様とお母様の特訓はちゃんと続いていましたわ。独学では限度がありますもの……そして、わたくしはそれにプラスアルファ! 復習に予習! そして限界を超えた魔力増強トレーニングですわ!」
「うーん……復習と予習までは立派ですが、限界を超えて親を心配させるのは立派じゃないですねぇ……」
「ぐぬっ……そう言うローラさんだって、わたくしと同じ状況だったら気絶するまで特訓するでしょう!?」
「それは……えっと……」
そんなことはしない、と即答したかったが、ローラは考え込んでしまう。
ローラの家は接近戦に強いこだわりを持っていたが、別に名門とか歴史とか、そういうのは背負っていなかった。単純に両親が接近戦マニアだっただけ。
ならば。
ローラの家が歴史ある剣士の家系で、しかし別の者が最強の剣士として君臨していたなら。そいつを倒すため、気絶するまで特訓したかもしれない。しなかったかもしれない。
「いや、でも、ほら。現に私は気絶するまで特訓とかしたことないので。仮定の話をされても困ります」
「うぅ……ローラさんですら味方をしてくれませんわ。悲しみで気絶しそうですわ……」
「シャロちゃまの努力家なところは素晴らしいざますが、物事には限度があるざます。正直なところ、学校でのシャロちゃまはどうざます? お友達の口からシャロちゃまの様子を聞きたいざます」
「お任せください。私たちほどシャーロットさんの学校生活に詳しい人はいませんから」
「お安いご用」
ローラとアンナは、シャーロットの学校生活を赤裸々に語る。
まず入学初日のシャーロットは、ツンツンしてクールなイメージだった。
しかし次の日の朝、目覚めるとローラはシャーロットに抱き枕にされていた。
なかなか放してくれず、そのおかげで遅刻して先生に怒られてしまったと――ということを教えてあげた。
「シャロちゃまは昔から、ぬいぐるみを抱っこしていないと眠れない子だったざます。ローラちゃまはぬいぐるみのようにお可愛らしいので、つい抱っこしてしまったざますね。しかし遅刻はダメざます」
「あ、あれは不可抗力ですわ。ローラさんの抱き心地がよすぎるのがいけないのですわ」
「人のせいにしてはいけません」
ローラは鋭く突っ込み、シャーロットを黙らせる。
それから、シャーロットは修行のため、先輩たちに次々と決闘を申し込み倒していったこと。
休日、皆で遊びに行くときでも『封魔のペンダント』という怪しげなアイテムで精神負荷を己にかけ、魔力の修行をやめなかったことを語った。
「まあ! 封魔のペンダントが見つからないと思ったら、シャロちゃまが持ち出していたざますね!」
「ローラさん! バラしてはいけませんわ!」
「あ、これは言っちゃダメな話でしたか……」
驚いたことに、シャーロットは服の下に今も封魔のペンダントを装着していた。
クリスティーナに没収されそうになるが、両手を合わせて頼み込むことで、シャーロットはそれを持ち歩く許可を得る。
「危ないから封印していたアイテムざますのに……」
「危なくないですわ。もう慣れてしまいましたわ」
危ないアイテムに慣れてしまうとは、なんと危ない人なのだろうか、とローラは考え込む。
それにしても、この調子なら一学期終わりのトーナメントの話はしないほうがいいだろう。
シャーロットが学校をサボって山ごもりしていたとか、決勝戦で腕が千切れるまで戦ったという事実を知ったら、クリスティーナが心配のあまり泡を吹くかもしれない。
「封魔のペンダントといえば。あのとき皆で着ぐるみパジャマ買いに行ったんだよね」
「そうでしたね。懐かしいです」
「あのときシャーロットは、ローラに嫌われるのを想像してわんわん泣き出した。他のお客さんに見られて恥ずかしかった」
「ああ……そんなこともありましたね……」
あれは確か、雑貨屋さんでどの着ぐるみパジャマにしようかと悩んでいるときのことだ。
シャーロットは『ひとりぼっちにしたら自殺しそうなくらい寂しがり屋だから兎がいい』と、ローラとアンナでオススメしたのだ。しかしシャーロットは違うと否定した。
そこでアンナが、ローラに嫌われるのを想像して、と言ったら。
シャーロットは店の中で号泣したのだ。
だいっきらいと言ったのはシャーロットの頭の中にしかいない想像上のローラなのに。
シャーロットは泣きながら現実のローラにしがみつき、かなりカオスな状況だった。
「あれは……わたくしの想像力の豊かさを表すエピソードですわ……!」
「他の面白エピソードといえば、ローラの実家に墜落した話」
「ああ。放課後に飛行魔法の特訓をしていたら、スピードを出しすぎたシャーロットさんが空中で気絶して、私の実家まで飛んで行っちゃったんですよね。いやぁ、たまたまお母さんが受け止めてくれてよかったです。じゃなかったら今頃シャーロットさんは地面に大穴を開けて、天災扱いされてましたよ」
「……シャロちゃま。思っていたよりも、やんちゃをしているざますね」
「おほほほ。ローラさんとアンナさんが大げさに言っているだけですわ」
母親に睨まれたシャーロットは、目をそらしつつ笑って誤魔化した。
しかしローラもアンナも、全く誇張していない。
ありのままのシャーロットを語っているだけだ。
かいつまんで話している分、むしろマイルドになっているくらいだろう。
「それに、ローラさんの実家に墜落したのはわたくしだけではありませんわ。のちにアンナさんも同じことをしたでしょうに!」
「それは確かに。面目ない」
アンナは照れくさそうに頭をポリポリかく。
それからローラとアンナは、文化祭のときにシャーロットがメイド服を用意してくれて大変助かったこと。ラン亭でお漏らししそうになって大変だったこと。あと、ローラの誕生日パーティーを一生懸命準備してくれて格好良かったことなどを語った。
「シャロちゃま。お漏らしはダメざます!」
「未遂ですわ! もらしてませんわ!」
「そんなシャーロットさんのお漏らしも、私の誕生日の活躍で帳消しです」
「ですから未遂ですの!」
「そう言えば。この家ってメイドさんはいないんですか?」
「二人いるざます。一人は今日お休みで、もう一人はお使いざます」
「あれ? 二人だけ? じゃあシャーロットさんが持ってきた大量のメイド服はいったい……」
「メイドは二人でも、メイド服は沢山あるざます。毎日違うメイド服を着てもらうざます。とってもお可愛らしいざます!」
「今度ご紹介しますわぁ。お二人ともお可愛らしいのですわ~~」
シャーロットとクリスティーナは、二人そろってふにゃりとした顔になる。
やはり親子だ。
血は争えない。
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