第226話 シャーロットさんの実家です

 王都レディオンの中心には王宮がある。

 そして王宮を取り囲むように裕福層の住居が建ち並び、シャーロットの家もそのエリアにあった。


「これがわたくしの実家ですわ~~」


「おお。確かに大きいです!」


「でも学長先生の家よりはちょっと小さい?」


「ぴー」


「そんなことはありませんわ。同じくらいですわ!」


 シャーロットは門の前で力強く主張した。

 負けず嫌いのシャーロットとしては、家の大きさでも張り合わずには済まないのだろう。

 実際のところ、シャーロットの家と大賢者の家、どちらが大きいかは測ってみないと分からない。


 敷地を囲む立派な鉄の柵と門がある。

 庭の広さは教室四つ分くらいだろうか。

 綺麗に整備された芝生の中に、レンガ畳の通路が門から玄関まで伸びている。

 植木の脇にはテーブルとベンチが置いてあって、外でくつろげるようになっていた。

 そして庭の奥には、二階建てのレンガの屋敷が建っている。

 窓がステンドグラスになっていて派手な印象だ。

 いかにもシャーロットが住んでいそうな雰囲気である。


「ただいま帰りましたわ~~」


 そう言ってシャーロットは玄関の横にあるヒモを引っ張り、呼び鈴を鳴らす。

 すると扉が開き、中からメガネをかけたシャーロットが現われた。


「まあ、シャロちゃま! お帰りなさいざます!」


「ただいまですわ、お母様。今日はお友達を連れてきましたわ~~」


 なんと。

 このメガネをかけたシャーロットそっくりさんは、シャーロットの母親らしい。

 お姉さんかと思ってしまうくらい見た目が若かった。


 それにしても派手な服装だ。

 これから舞踏会に行くのかと思うくらいのドレスだ。

 しかし、きっと普段着なのだろう。

 なにせシャーロットのお母さんなのだから!


「まあ~~お可愛らしいお友達ざます! 噂のローラちゃまに、アンナちゃま、それとハクちゃまざますか?」


「えっと、はい。そのローラちゃまです。はじめまして」


 ローラは勢いに押されて、つい語尾にざますをつけそうになったが、ギリギリのところで思いとどまった。反射神経のなせるわざである。


「アンナ・アーネットです。シャーロットにはいつもお世話になってます」


「ぴー」


「まあ~~ちゃんと挨拶できて偉い子たちざます。お可愛らしくて食べてしまいたくなるざます!わたくしはシャーロットの母のクリスティーナざます」


「お母様。わたくしの友達を食べてはいけませんわ」


「冗談ざます。さあ、中に入るざます」


 シャーロットの母クリスティーナは、快くローラたちを家に入れてくれた。

 魔法使いの名門という割に、堅苦しい印象はなかった。

 奇妙な語尾で面食らったが、そこはシャーロットの母親ということで納得だ。


「お母様。お父様は留守ですの?」


「お父様は鉱山の視察に行ったざます」


「そうですの……お父様にもローラさんとアンナさんとハクを紹介したかったのですが」


「いないものは仕方がないざます。それより、せっかく遊びに来てくれたなら、わたくしとお茶会するざます」


「お母様。わたくしたち、冬休みの宿題に集中するために来ましたの。ですから邪魔をしないでくださいまし」


「まあ、シャロちゃま。母親にそんなつれないことを言ってはいけないざます。たまにしか帰ってこないざますから、わたくしと遊ぶざます!」


「割とちょくちょく帰ってきているつもりですわ。とにかく、静かにしていてくださいまし」


「そんな……確かにシャロちゃまはたまに帰ってきているざます。けれど、ローラちゃまたちが来たのは初めてざます。わたくしも一緒に遊びたいざます!」


「遊びではなく勉強ですわ!」


 シャーロットが厳しい口調で言うと、クリスティーナは「よよよ」と泣き始めてしまった。

 だがシャーロットは母親に構わず、ずんずんと階段を上っていく。


「あの……シャーロットさん。お母さんが泣いちゃいましたけど、いいんですか?」


「いいのですわ。どうせ三分もすれば元に戻りますわ」


「なるほど……まさにシャーロットさんのお母さんって感じですね」


「分かる。『ですわ』と『ざます』の違いしかなかった」


「そんなことはありませんわ。わたくしのほうが、お母様より冷静ですわ!」


 そうかな、とローラとアンナは同時に首をかしげた。

 いつもローラやアンナのことを「お可愛らしいですわぁ」などと言いながら追いかけ回している人が、どの口で自分は冷静などと言うのだろう。


「わたくしの部屋はここですわ」


「へえ~~思ったより普通ですねぇ」


 広いベッドがあって。タンスや鏡台もあって。勉強机に本棚。置き時計。燭台。

 どれも高価そうな品物だが、奇抜な感じはしなかった。


「ローラさん……どんな部屋を想像していましたの?」


「こう……一面に金箔が貼ってあったりとか。天井から光線が舞い降りてきたりとか」


「ローラさんのわたくしに対するイメージは歪みすぎですわ!」


「そうですか? 自分のことをゴージャスなんて言っちゃう人なら、金箔くらいは……」


「わたくしがゴージャスなのは内面ですわ。そんな見せかけのゴージャスを演出する必要はありませんことよ!」


「おお、ちょっと格好いいです!」


「そういうのはいいから、宿題やろう」


「は! そのために来たんでした!」


 アンナが本題を思い出させてくれた。

 頼りになる人である。


「どこに座ってやりましょう。三人でベッドに寝そべります?」


 と、ローラはシャーロットのベッドに座ってみた。

 すると、布団の下に何かが埋まっている感触があった。

 それを引きずり出してみると、大きな犬ぬいぐるみだった。


「なんだかローラと同じくらいの大きさのぬいぐるみ」


「それはわたくしの抱き枕ですわ。マーガレットという名前ですの」


「なるほど。そう言えばシャーロットさんは最初、抱き枕がないせいで眠れず、私を抱き枕にしたんでしたっけ」


「そうですわぁ。ローラさんとマーガレットの抱き心地がそっくりなのですわぁ」


 シャーロットは恍惚とした顔で呟く。


「すると、私はマーガレットの代わりなんですか? このマーガレットがあれば、私はいらないんですか?」


 ローラは少し複雑な気持ちになり、キツめの口調で問いただしてしまった。


「そ、それは違いますわ! 確かに最初はマーガレットの代わりでしたが……一度抱いただけで、ローラさんの虜になったのですわ! ローラさんの抱き枕適性はマーガレット以上ですわ!」


 慌てた様子でシャーロットが弁解する。

 それが可愛くて、ローラの機嫌は直ってしまった。


「冗談ですよ、シャーロットさん。私はぬいぐるみと抱き枕適性を競ったりしませんから。しかし……このマーガレットは私の前任者ということになるわけですか。挨拶しておきましょう。えーっと、ローラ・エドモンズです。今までお疲れ様でした。これからはシャーロットさんのメイン抱き枕は私が務めます。マーガレットはこの部屋で休憩していてください」


 ローラはベッドの上で正座し、ぬいぐるみに向かって頭を下げた。

 マーガレットは反応してくれなかったが、きっと魂は伝わったはずだ。

 ぬいぐるみに魂があればの話だが。


「抱き枕係の引き継ぎが終わったなら、今度こそ宿題やろう」


「は!」


 ローラは再び、アンナの言葉で我に返る。

 誘惑が多くて大変だ。

 これは宿題などやっている場合ではないという天命かもしれない。

 が、天命だとしても、宿題をやらないとエミリアに怒られる。

 人は天命に逆らってでも戦わなければいけないときがあるのだ。


「ベランダはいかがです? 丁度、三人で座れる丸テーブルがありますわ」


「悪くない。この家の庭を見ながら宿題するのは気持ちよさそう」


「宿題がなければ、もっと気持ちいいんですけどねぇ」


 ベランダに出てみると、想像していたよりも広かった。

 というのも、二階にある他の部屋とも繋がっているからだ。

 どうやらガザード家の二階は、ベランダから部屋を行き来できる作りになっているらしい。もっとも、窓に鍵がかかっていたら、部屋に入ることはできないが。


「ぴー」


 パタパタ飛んできたハクが、丸テーブルの真ん中を陣取った。

 ローラたちはそれを取り囲むように問題集を広げる。


「静かな高級住宅街。見晴らしもいい。勉強するには最適な環境と言えます」


「ぴ!」


「しかし、なぜでしょう。致命的な問題がある気がします」


「ぴぃ?」


 テーブルの上でハクが不思議そうにしている。

 だが、その問題はハッキリしていた。


「十二月の寒空の下……こんなところで勉強してはかどるはずがありません!」


「よく考えてみれば当然のことでしたわ……」


「まだ雪が降ってないから、いけると思ってしまった。自分の浅はかさが恥ずかしい」


 三人と一匹はいそいそと部屋に戻る。

 そしてローラとアンナはベッドに寝転がり、シャーロットは勉強机に向かって宿題を進めることにした。


「ぴー」


 ちなみにハクはマーガレットを気に入ったらしく、その頭の上に乗ったり、腹にしがみついたりして遊んでいた。


「むむ。ハクは私の頭よりもマーガレットの頭のほうがいいんですか?」


「ぬいぐるみ相手に嫉妬するローラ、可愛い」


「ああ~~食べてしまいたいですわ~~」

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