第225話 冬休みの初日です

 十二月二十六日。

 ローラの誕生日の次の日であり、冬休みの初日である。


 夏休みはがっつり一ヶ月あったが、冬休みは短めの三週間だ。

 それでも長期休暇はわくわくする。

 遠くまで遊びにいけるし、毎朝起きなくてもいいのだ。


 ところが、ローラは今、ちっとも楽しくなかった。

 冬休みの宿題として出された問題集をやっているからだ。


「うーん……どうして楽しいはずの冬休み初日にこんなことを……」


 宿題に飽きてきたローラは、学食のテーブルの上に顎を乗せる。

 朝の九時頃からスタートして、まだ十二時にもなっていない。

 我ながら飽きるのが早いと思うが、飽きてしまったものは仕方ない。


「何を言っているのですか、ローラさん。昨日の誕生日パーティーで、ローラさんが言い出したことですわ。夏休みのようなことにならないよう、先に宿題を終わらせてから実家に帰ると。真面目にやれば、一週間ほどで終わるはずですわ。そうすれば残りの二週間、思いっきり遊べますわ」


 ローラの真向かいに座るシャーロットは、問題集を進めながら説教してきた。

 普段はへっぽこなシャーロットだが、お勉強はよくできる。

 スラスタと問題を解いていく彼女を見て、ローラは心底うらやましく思った。


「確かに昨日、そんなことを言ってしまいましたが……十歳になったからしっかりしたところをアピールしたくて、つい勢いで……」


「なら有言実行しなくては。十歳の貫禄を見せるのですわ!」


「……分かりました。成長した私の力を見るのです!」


 シャーロットの説得で、ローラは再び問題集にとりかかる。

 昨日、王宮の大ホールで「宿題を先にやる」と宣言してしまったのだ。

 これでやらなかったら、一生の恥だ。

 十歳で一生の恥を背負うのは嫌なので、真面目にやるしかない。


「ローラ、偉い。私も頑張ろう」


 ローラの隣に座っていたアンナも、気合いを入れ直したようだ。

 普段はしっかりしているアンナだが、シャーロットと逆で、勉強はあまり得意ではないらしい。

 ローラほどではないが、ときどき手が止まっている。

 しかし勉強が苦手でも、こうして仲間で励まし合えば、前に進むことができるのだ!


「シャーロットさんは一人でも大丈夫みたいですが……そういう裏切り者は放っておいて、私とアンナさんで励まし合いましょう」


「そうしよう」


「ど、どうして、わたくしが裏切り者ですのッ!?」


 そうシャーロットが叫ぶと、同じように学食で宿題をやっていた生徒たちがギロリと睨んできた。


「おほほ……」


 シャーロットは笑ってごまかし、ぺこりと頭をさげる。

 そんな彼女を見てローラはクスリと笑うが、しかし人ごとではない。

 はしゃいでしまう性格はローラも同じなのだ。

 この中で物静かなのはアンナくらいだ。

 あとテーブルの上ででんぐり返しして遊んでいるハクも基本的には大人しい。


 ――そう考えると、私とシャーロットさんが特別落ち着きがない?


 恐ろしい事実に気づいてしまったローラは、もう十歳だから淑女になろうと決心した。

 もちろん淑女の前に宿題だ。


 冬休みの宿題は、二学期に習ったことの復習だった。

 食べられる草の種類とか、毒のあるモンスターとか、冒険に役立ちそうなことを習った。

 あと簡単な数学とか、理科とか、歴史の授業もある。


 この星が球体であることや、太陽の周りを回っていることをローラは学習した。

 植物は葉緑体があるから光合成できるのであって、ローラたちがひなたぼっこをしてもご飯の代わりにならないことも、ちゃんと知っているのだ。


「うーん……食塩水の濃度……パーセント……なぜこんな高度な計算する必要があるんですか。水に塩をいれたらしょっぱくなる。それで十分です。塩分は生きていくのに必要不可欠で、暑い日に汗をかいたら塩分を取らないと熱中症になるんです。私はこんなに塩分に詳しいのに、パーセントとかいう訳の分からない概念まで追い求める必要はありません」


「そんなことを言ってはいけませんわ。授業で習ったことを思い出して頑張るのですわ」


「裏のページに解き方が書いてあるよ。ほとんど答えに近い。あとは問題文の数字を当てはめていくだけ。頑張れローラ」


「ぴー」


 ハクも応援してくれた。

 その応援に応えたいのだが、頭が働かない。

 何が悪いのだろうか。

 オムレツが足りない?

 いや。朝食に食べたから大丈夫のはずだ。

 すると――。


「場所を変えて、気分転換です。代わり映えしない学食だと、やる気が出ません」


 そうローラが言うと、近くのテーブルを拭いていたミサキが「学食に罪はないでありますよぅ」と悲しげな声を出した。


「学食に罪はありませんが……せっかくの冬休みなのに見慣れた風景というのも、確かにつまらないですわね」


「でしょう!? ミサキさんには悪いですが、脱学食させていただきます!」


「悲しいであります……三学期にはちゃんと帰ってくるであります……」


 と呟きながら、ミサキは別のテーブルを拭き始めた。


「でも、学食じゃなかったら、どこで宿題やるの? 夏休みみたいに寮の部屋?」


 アンナが指摘してきた。


「うーん……それはもっと見慣れた風景です。もっとこう、勉強するのにふさわしい環境で、かつ珍しい場所ってないですかね?」


「やはり勉強は静かな場所がよろしいですわ。かつ珍しい場所……王宮のお庭はどうでしょう? 静かで珍しいですわ」


「王宮は昨日行ったばかりですし……あれだけ女王陛下にお世話になった上、今度は『宿題やるからお庭を貸してください』なんて、図々しいを通り越してますよ。大賢者クラスの図々しさです!」


「確かに、学長先生ならそのくらい言いそう。というか許可も取らずに庭で昼寝とかしてそう」


「学長先生は尊敬すべき人ですが、そういうところは尊敬してはいけません」


「分かっていますわ。わたくしも本気で王宮がいいとは思っていませんわ。しかし、あのように緑があって広くて静かな場所で宿題をやれば、はかどるのも確かですわ」


 シャーロットの意見はごもっともだった。

 かといって王都の外まで行って大自然の中で宿題をやればいいというものでもない。モンスターに襲われ、戦うのに夢中になってしまう。

 第一、今は冬だ。寒いのは嫌だ。


「広くて静かな場所……あ、そうだ。シャーロットさんの家って広いんですよね?」


「まあ、一般的な家よりは。学長先生の家くらいはありますわ」


「じゃあ、シャーロットさんの家に行きましょう。前から一度は行ってみたいと思ってたんです」


「同じく。私とローラの家には皆で行ったのに、シャーロットの家だけまだなのは不自然」


 アンナも同意した。

 これはシャーロットの家に行くしかない。


「わたくしの家にお二人が……」


 しかしシャーロットの声は歯切れが悪い。

 何か不都合でもあるのだろうか。

 そういえば、シャーロットの家はお金持ちというだけでなく、魔法使いの名門だ。

 大賢者が現われる前は、ファルレオン王国で最強の一族だったらしい。

 そんな家なら、両親がとても厳しいのかもしれない。


「……無理にとは言いませんよ。シャーロットさんの家は、また今度でも」


「いえ。今から行っても特に不都合はないのですが……家にお二人をお招きするなんて、照れくさいですわぁ」


 シャーロットは頬に手を当て、はにかみながら言う。


「なんだ。そんな理由で躊躇してたんですか。だったら今から行きましょう」


「そうそう。照れくさいのは皆一緒。次はシャーロットが照れくさい思いをする番」


 というわけで、ローラたちは筆記用具と問題集を持ってシャーロットの家に向かうことにした。

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