第224話 ずっとずっと一緒です
世界一オムレツ決定戦はこれで終わりだが、誕生日パーティーそのものは始まったばかりだ。
サメ姿の大賢者が『自分はパジャレンジャーのシャーク四号だ』と貴族たちに嘘を教えたり。
ワインを飲みすぎて泥酔したエミリアが、ドーラに「どうして私は結婚できないんですかぁ」と絡んだり。
さきほど獣人の尻尾に興味を示していた女性貴族が、ミサキに頼み込んでモフモフさせてもらったり。
それをきっかけに貴族と獣人の交流が始まり、ワインをがぶがぶ飲み合いながら、森の美味しいものの話で盛り上がっていた。
大人気だったのはラン亭のラーメンだ。
かつてラン亭が王都に来たばかりの頃、宣伝のために屋台を作り、冒険者ギルドの前でラーメンを売っていたことがある。
そのときの屋台を大ホールに持ち込み、ランとニーナが皆にラーメンを振る舞っていたのだ。
ローラたちは屋台を作るところからラーメンを大ヒットさせるところまでお手伝いしたので、感慨深いものがあった。
魔法学科一年が演じる『パジャレンジャー対キングドラゴン』というのもあった。
突如出現したドラゴンの変異種とパジャレンジャーの壮大な戦いを描いた意欲作だった。
パジャレンジャーの着ぐるみを同じ雑貨屋で買ってきたらしく、再現度が高い。
ドラゴンの張りぼては微妙だったが……とにかく熱意はある。
貴族たちも喜んでいた。
「そこじゃ! パジャレンパンチじゃ!」
女王陛下も手に汗を握って応援している。
本物のパジャレンジャーであるローラたち三人も、一緒に応援することにした。
「そこで次元倉庫を使った瞬間移動をするのです!」
「空間を歪ませてドラゴンブレスをそらすのですわ!」
「大きなモンスターは懐に潜り込むのが基本。
「ぴー!」
残念ながらクラスメイトが演じるパジャレンジャーは本物が指示する通りには動いてくれなかったが、最後は友情パワーで勝利した。
めでたし、めでたし。
「はひー。ちょっと疲れちゃいました」
劇を見終わったあと、ローラは大ホールの隅にあった椅子に腰掛けて休憩する。
張りぼてのドラゴンと戦ったのはローラではなく、着ぐるみの偽者だ。
いやパジャレンジャーは着ぐるみ戦隊なので、もとより着ぐるみなのだが、中の人が別人だ。
しかし応援するだけでも結構体力を使ったし、何より、皆の前で挨拶したり、知らない人と会話したりと、今日は精神力を使った。
「ふふ。ローラさんお疲れ様ですわ。改めて、十歳の誕生日、おめでとうございます」
「誕生日おめでとう。今日のローラは、いつもよりしっかり者だった」
そこに紙袋を持ったシャーロットとアンナがやってきて、ローラの左右に座った。
何が入った袋だろうか。
余った料理を持って帰るのかもしれない。
「ありがとうございます! 十歳ですからね。そりゃしっかりもしますよ」
「ローラさんの十歳に対する信仰も大したものですわ。それはさておき……はい。誕生日プレゼントのマフラーですわ」
「私からは手袋だよ」
二人は紙袋からガサゴソとそれらを取り出し、差し出してきた。
「なんと! パーティーだけでも嬉しいプレゼントなのに……私の髪の色に合わせた桃色ですね! ありがとうございます。似合ってますか?」
ローラは早速、毛糸のマフラーと手袋を装着してみた。
とても温かい。
「ええ。なにせ、わたくしとアンナさんが、ローラさんのために作った、この世界に一つしかないマフラーと手袋ですわ。似合って当然ですわ!」
「初めて作ったから、変なところがあるかも。ごめんね」
「え!? これはシャーロットさんとアンナさんの手作りなんですか!? 二人にそんな特技があったとは知りませんでした……」
「このシャーロット・ガザードに不可能はありませんわ」
「まあ、学長先生に教わって作ったんだけど」
「アンナさん、ネタばらしをしてはいけませんわ!」
シャーロットは慌てた様子でアンナの口をふさぐ。
しかし遅すぎだ。
重要機密はすでにローラの耳に届いている。
「たとえ教わったにせよ凄いです。一生大切にします!」
「一生……つまりローラは、その手袋が使える大きさのままということ?」
「ああ、ローラさん……ついにその身長のままで生涯を過ごす決心をしたのですわね……わたくし嬉しいですわぁ」
「あ、いや、そういうことではありません。ちゃんと大きくなります! でも……マフラーも手袋も大切にしますね」
「まあ、サイズが合わなくなったら、また作ってあげる」
「ですわね。ローラさんが大きくなってしまうのは残念ですが……ローラさんがどんな姿になっても、わたくしはローラさんの親友ですわ。そして百年経っても、ローラさんにジャストフィットするマフラーを作り続けますわ」
「私も。大人になってもローラに手袋を作ってあげる」
ローラはすでにマフラーと手袋のおかげで暖まっていたが、二人の言葉で心までポカポカしてきた。
「えへへ。何だかマフラーと手袋が、今日一番嬉しいです。じゃあ私は次から、お二人の誕生日にセーター……は難しそうなので、帽子を作ることにします」
「そう言えば、二月にシャーロットの誕生日がある。シャーロットにも手袋を作ってあげる」
「わたくしにも……! 嬉しいですわ。今年のアンナさんの誕生日は逃してしまいましたが、来年からはアンナさんにマフラーをプレゼントですわ」
「今から楽しみですね。私も毎年、二人の誕生日に帽子をプレゼントすることにします」
「でも、毎年同じものだと、お婆ちゃんになる頃には、もの凄い数が貯まっちゃうよ?」
アンナはもっともな疑問を口にする。
しかし――。
「それはそれでいいじゃないですか。私たちの友情が長く続いたという証です」
「なんなら、ローラさんの帽子とアンナさんの手袋を、9999個ずつ集めてもいいですわぁ」
「流石はシャーロットさん。めちゃくちゃ長生きするつもりですね!」
「目標は大きく、ですわ!」
「なるほど。9999個はともかく、一つマフラーと帽子が増えるごとに、私たちの友達付き合いが一年長く続いたということ。それは楽しみ」
アンナは趣旨を理解し、深々と頷いた。
知らない人からは無表情に見えるだろうが、かすかに笑っているのがローラには分かる。
この三人の友情は、本当に不滅のような気がしてきた。
それこそ9999個たまってしまうかも。
と、シャーロットにつられて大きな目標を持つのはいいが、まずは最初の一個だ。
「二月までに帽子の作り方を覚えないと……!」
「ローラも学長先生に教えてもらったら?」
「そうします。それにしても学長先生は多才ですねぇ。三百年も生きている人は違います」
「わたくしが三百歳になる頃は、手芸で食べていけるようになってみせますわ」
「おや? シャーロットさんは冒険者じゃなくて手芸のプロになるんですか?」
「あくまでプロ級の腕前を持っているだけで、手芸は趣味ですわ。能ある鷹は爪を隠すのですわ」
「ははあ……でもその頃には学長先生は六百歳なので、もっと上手になっているのでは?」
「お、追い抜いて見せますわ!」
シャーロットが負けず嫌いなのは知っていたが、まさか手芸の腕でも大賢者と張り合おうとするとは。
もっとも、大賢者は本気で手芸をやっているわけではないだろうから、頑張れば勝てるだろう。
「ぴー。ぴー」
ローラの頭の上から神獣の鳴き声がした。
「この声の感じは、ハクも何か作って欲しがってる感じですね。ハクのサイズならセーターを作れるかも……? よし。シャーロットさんの帽子を作れるようになったら、次はハクのセーターに挑戦です!」
「ぴぃ!」
「その代わり。太らないようにちゃんと運動するんですよ。私の頭の上に座ってばかりいてはダメです」
「ぴっ!」
言われたとおりハクは羽ばたいて、その辺をクルクル回り出した。
「ふと思ったんだけど。私たちの中で最終的に一番大きくなるのはハクだよ。今はいいけど、ハクが大きくなってもセーターを作るの?」
「あ」
アンナの言葉に、ローラは口をあんぐり開けた。
確かに今のハクは頭に乗せても大丈夫なほど小さい。だがオイセ村の洞窟で出会った大人のハクは、家よりも遙かに大きかった。あの大きさのセーターを作るのは、材料費だけでも凄いことになりそうだ。
「……ハクが大人になるのはいつ頃なんでしょう」
「さあ。でも神獣は何百年も生きるみたいだし、ゆっくり成長するんじゃない?」
「じゃあ、その猶予の間に手芸の腕を磨いて、毛糸を沢山買えるくらい稼がないと……!」
「百年くらい経ってハクが大人になったら、わたくしたちで協力してセーターを作るのもいいかもしれませんわ」
「それも楽しそうです! いやぁ、長生きというのはいいものですねぇ」
「ローラ。十歳になったばかりなのに、おばあちゃんみたいなこと言ってる」
「むむ。人生を語るのはちょっと早すぎましたか……いくら十歳になったとはいえ、若さを忘れてはいけませんからね。青春はこれからです!」
ローラは青春が何なのかよく分からないまま、キリッとした顔で語ってみた。
するとシャーロットとアンナが、両脇からほっぺを指先でプニプニしてきた。
「キリッとした顔でよく分からないことを語るローラさんもお可愛らしいですわぁ」
「十歳になってもローラはローラ。可愛い。えい、プニプニ」
「もう、ほっぺをいじらないでください。私が歳を取ったように、二人だって少しずつ大人になるんですから! いつまでこんな子供っぽいイタズラをしているつもりなですか!」
「もちろん一生」
「ですわ~~」
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