第223話 オムレツ食べ比べです
会場のあちこちに並ぶテーブルに、メイドさんたちが料理を並べていく。
クッキーとかドーナツ、チーズケーキと、文化祭のメイド喫茶で扱った食べ物が混じっていた。きっとクラスの皆が作ってくれたのだ。
文化祭からまだ二ヶ月ほどしか経っていないのだが、もうすでに懐かしく感じる。
他にもサンドイッチとかグラタンとかハンバーグとか、ローラの好きなものばかり並んでいた。
そしてもちろん、この世で一番好きな食べ物はオムレツだ。
オムレツは探すまでもなく、黄金に光り輝いて見えた。
オムレツだけが載っている丸テーブルが三つもある。
「じゅるり……」
ヨダレが流れるのを止められない。
壇上から飛び降りて、そわそわしながらオムレツのテーブルを目指す。
するとシャーロットとアンナ、あとブルーノとドーラも追いかけてきた。
「すごい……こんなに沢山のオムレツが……何百個あるんでしょうか!? まるで夢のような光景です! しかも……何やら札がありますよ。えっと、これは学食のオムレツ。これは教会のシスターさんが作ったオムレツ。こっちはお母さんが作ったオムレツ!? 食べ比べができるというわけですね!」
「そうですわ。ローラさんが一番喜ぶものが何かと皆さんで考えた結果、やはりオムレツしかないという結論になりましたの」
「ただオムレツを用意しただけじゃつまらないから、種類を増やした。他にも色々あるよ」
「おお……おおおおおおっ! ありがとうございますっ!」
シャーロットとアンナの解説に、ローラはじーんと感激した。
こんなにも深く自分の好みを理解してくれている親友がいる幸せを噛みしめた。
「ふふ。こんなにオムレツを大量生産したのは初めてね。ローラ、全部食べちゃダメよ。皆で食べるんだから」
ドーラが微笑んで言う。
「分かってる! いくらなんでも、一人で全部は食べられないもん。とりあえず、一つずつ食べてく!」
お皿とフォークを手に持ったローラは、全種類のオムレツを食べるため、気合いを入れてテーブルと向き合った。
まずは、いつも食べている学食のオムレツ。
もぐもぐ……安定した味だ。
次にシスターが作ったオムレツ。
もぐもぐ……素晴らしい! 以前ご馳走になったときより腕を上げている。あとでお礼を言わないと。
そしてドーラのオムレツ。
もぐもぐ……キング! オムレツの王様だ! ふわふわ感が他のオムレツの追随を許さない。
「お母さんの優勝!」
「あら。嬉しいわ。でも他にもあるから、審査結果はあとでまた聞くわ」
「ローラさん。あちらのテーブルにも行くのですわ~~」
「オムレツ第二楽章ですね!」
隣のテーブルには、王都でオムレツが美味しいと評判の店のオムレツが並んでいた。
喫茶店やレストラン。
行ったことのある店、これから行こうと思っていた店。
ケチャップが合うオムレツ。ソースが合うオムレツ。
ふんわりオムレツ。あえて固めにしたオムレツ。
「うわぁ! これ全部食べちゃっていいんですね!?」
「全種類ならいいですが、本当に全部食べてはいけませんわ! さきほどドーラさんにも言われたでしょう!」
「あ、そうでした」
「そもそも、食べようと思っても全部は無理でしょ」
アンナが冷静に指摘してくる。
なるほど。真っ当に考えれば、どうやってもローラの体に収まりきらない。
しかし――。
「今なら行ける気がします!」
「……次元倉庫を駆使して食べるとか?」
「いえ、普通に!」
「そう……私の理解力を超えた世界」
アンナは無表情でそう呟いた。
いつも無表情に見えるアンナだが、よく見ると実は喜怒哀楽がしっかり顔に出ている。ローラはもうすっかりアンナの表情を読み取れるつもりでいたが、今のは本当に無表情だった。
きっとローラのオムレツ観が、本当に理解を超えていたのだろう。
ローラは、自分のオムレツ観は宇宙のように広大なんだなぁ、と悦に浸った。
「もぐもぐ……この喫茶店のオムレツは具なしで、卵の味だけで勝負しているのが凄いです……もぐもぐ……」
「ふふふ。ならばローラよ。妾のプレゼントを受け取るがよい」
いつの間にか、近くに女王陛下が立っていた。
小さいから気がつかなかった。
「陛下のプレゼントですか? この大ホールを貸してもらっただけでもありがたいのに、何だか申し訳ないです」
「子供がそんなことを気にするな。今更いらないと言われても困るしのぅ。妾の用意したオムレツを食べるがよい!」
「オムレツ! オムレツなら奪ってでも食べます!」
「……奪ったらダメじゃろ」
「えへへ、冗談です」
女王陛下が用意したオムレツは、第三のテーブルに固まっていた。
「おおっ! 何だか、色が普通のオムレツよりも濃い!?」
「そうじゃろう。王室御用達の養鶏場の卵じゃ。その中でも、特に厳選したものだけを使って、妾専属のシェフが作ったオムレツじゃ。まずは具なしのオムレツで卵を味わうがよい!」
「いただきまーす……もぐもぐ。こ、これは! 一噛みごとに濃厚な味が口の中に広がる……まるで数十個のオムレツを濃縮したかのような……これはいけません! 私のオムレツ観が……人生が覆されてしまいそうです!」
「ぬふふ。そうじゃろう。さあ、次はこれを食べるのじゃ。最高級チーズが入っておる」
「ひゃあ凄い! ほっぺが溶けます……ほっぺが落ちちゃいます! 誰か押さえてください!」
「ぴー!」
ローラが叫ぶと、ハクが前足を使ってムニッと押さえてくれた。
おかげで安心してオムレツの味に集中できる。
だがフニャフニャした顔になってしまうのは止められない。
「ローラさん……もの凄く幸せそうな顔ですわぁ」
「そんなローラを見て、陛下がニヤニヤしてる」
「女王様とあんなに仲良くなるなんて、流石は俺の娘だぜ」
「いつか大物になると思っていたけど、もう大物になっていたなんて。子供ってすぐに成長しちゃうのねー」
ブルーノとドーラが十歳になったローラを見て、しみじみと感想を呟いている。
成長した姿を見せてあげることができて、ローラも誇らしい。
もっとも、オムレツを食べているだけなのだが。
「極めつけのオムレツはこれじゃ! 本来ならステーキに使う牛肉を贅沢に挽肉にして入れておる」
「わっ! わっ! 肉汁がじゅわわぁって……殺されます! オムレツの美味しさに殺されます!」
「わはは。ローラ、そなたはいい反応をする子じゃな。どうじゃ? どのオムレツが一番美味しかったのじゃ?」
それは難しい質問だ。
まず候補にあがるのは、どれも女王陛下が用意してくれたもの。
素材の味が段違いすぎて、普通に考えると他のオムレツは選択肢になりえない。
ところがローラの口から出てきた答えは――。
「お母さんの作ったオムレツ!」
深く考えずとも、自然とその答えが口から飛び出した。
喋ってからローラは自分でも驚いた。
そんなはずはない。
クオリティが違いすぎる。
女王陛下のオムレツは、プロの料理人が、最高の素材を使って作ったのだ。
しかし、それでも。
どうしてか母親のオムレツを一番だと思ってしまう。
「……ふむ。そうか。ま、そうじゃろうな。母親の味とはそういうものじゃろう」
女王陛下は昔を懐かしむように呟く。
彼女も昔、母親に料理を作ってもらったことがあるのだろうか。
王家の人間が手料理を振る舞う機会など、そうそうあるものではない。
ならば女王陛下が思い出している母の味は、とても貴重で大切な思い出だ。
「ローラ。お母さんのオムレツを一番に選んでくれて嬉しいわー」
「だって、本当にそう思ったんだもん。陛下のオムレツは凄く凄く美味しかったけど……一つだけ選ぶとしたら。もし一生そのオムレツしか食べられないとしたら……そう考えたら、お母さんのオムレツだと思ったの」
「ふふ。ありがとう、ローラ。でも一生は困るわ。それってローラよりお母さんが長生きするってことじゃないの。そんな親不孝は許さないわよー」
「あ、そっか……うーん……じゃあ、皆でずっと長生きしよう! 学長先生みたいに!」
「学長先生みたいに……かなり難しいことを要求する娘ねー」
「いいでしょ! だって今日は私の誕生日だよ!」
たまにしか会えない両親な上、誕生日ということで、ローラはワガママを言ってみた。
するとドーラではなくブルーノが親指を立て、「分かった!」と請け負った。
「魔法使いである大賢者にできて、お父さんとお母さんにできないわけがない。お父さんとお母さんにできるなら、ローラにもできるはずだ。というわけで、俺たち親子は何百年も生きるぞ!」
「わーい、やったー」
本当にそれが実現するとはローラだって思っていない。
だが、言葉だけでも嬉しい。
「うふふ。では、わたくしも長生きして皆さんにお供しますわぁ」
「私も。ローラとシャーロットとずっと遊んでる。ドーラさんの料理は美味しいし。師匠よりも剣で強くならなきゃ」
「なんだと!? アンナ、俺より強くなるなんて、千年早いぞ」
「じゃあ、千一年生きる」
「千二年早い!」
「……この言い合いをしているうちに千年経ちそう」
「はっはっは。なんだアンナ。もう降参か」
ブルーノはなぜか勝ち誇る。
そんな父親の姿を見て、もしかしてアンナのほうが精神的には大人なのでは、という酷い疑惑に襲われた。
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