第221話 貴族さんたちにご挨拶です

「そなたら。紹介するぞ。パジャレンジャーの犬の中の人にして、今日十歳の誕生日を迎えた、ローラ・エドモンズじゃ」


「ローラ・エドモンズです! 今日は私の誕生日パーティーに来てくれて、ありがとうございます! とっても嬉しいです!」


 ローラは貴族たちに向かって、ぺこりと頭を下げた。

 するとハクが飛び立って、同じように頭を下げた。


「ぴー」


「ほう。君がパジャレンジャーのわんわん一号の正体か。いやぁ、可愛らしいお嬢さんだ」


「えへへ。ありがとうございます」


 可愛らしいと言われたローラは、照れくさくって頭をかいた。


「本当に白いドラゴンを連れているのですね。失礼ですが、この子が神獣ハクというのは本当なのですか?」


 女性の貴族が、ハクを興味深そうに見つめながら質問してきた。


「はい。ハクは神獣なのです。だからオイセ村の獣人さんたちもここに来ているわけです」


「ええ、そうなのでしょうね。それにしても獣人というのはもっと毛むくじゃらなのかと思っていましたが……人間とそれほど変わらないのですね」


「むしろ、耳と尻尾がモフモフで凄く可愛いと思います!」


「そうですね。私もそう思います。あの尻尾……触らせてもらえないものかしら」


 女性貴族は、うっとりとした目で獣人たちを見つめていた。

 獣人たちはその視線に気づかず、わいわい騒ぎながら、大ホールの内装を見てはしゃいでいる。


「皆、気のいい人たちなので、頼めば触らせてくれるかもしれません!」


「それなら勇気を出して、あとで頼んでみましょう」


 女性貴族はかなり真剣な顔だった。

 よほど尻尾を触りたいらしい。

 人間の貴族に突然「尻尾を触らせて」と言われたら、獣人たちが仰天すること確実だ。

 しかし、それをきっかけに仲良しになるかもしれない。

 獣人に対する差別はまだ完全にはなくなっていないと聞く。

 ローラの誕生日パーティーが、それを少しでもいい方向に向かわせるのに役立つなら、大変喜ばしいことだ。


「そして、金髪のがシャーロット・ガザード。赤髪のはアンナ・アーネットじゃ。シャーロットが兎で、アンナが猫じゃったか?」


 女王陛下は二人のことも貴族たちに紹介する。


「ええ、私がパジャレンジャーのうさうさ三号。シャーロット・ガザードですわ。以後お見知りおきを」


「あのガザード家の娘がパジャレンジャーの一人だったとは。強さにも納得だ」


「光栄ですわ」


 貴族の一人がガザード家を褒めたので、シャーロットは嬉しそうにお辞儀した。


「アンナ・アーネットという名前……どこかで聞いたことがあります。もしかして、十三年前に城門の前で拾われたという女の子……?」


 女性貴族が尋ねる。


「そう。そのアンナ・アーネットです」


 アンナの両親は行商人をしていたらしい。

 しかし街道でゴブリンに襲われ、父親は殺されてしまった。

 母親は瀕死の状態になりながらも、生まれたばかりのアンナを連れて王都の城門まで逃げた。そしてアンナを門番に託し、そこで死んでしまった。

 そののちにゴブリンは巣ごと駆除された。

 だがゴブリンが死んでも、アンナの両親が生き返るわけではない。

 王都近くの街道で旅人がモンスターに襲われたということで、当時、かなり話題になったらしい。女性貴族はそれを覚えていたのだ。


「とても苦労したのでしょうね……」


「いえ。孤児院の人たちは優しかった。だからそんなに苦労はしてません」


 アンナは淡々と答える。

 実際、孤児院の人たちは気のいい人たちばかりなので、アンナは本心から言っているのだろう。

 ちなみに、その孤児院の子供たちも大ホールに来ていた。

 今まさにミサキの背後にこっそり近づいて、尻尾をモフモフしている。が、シスターのゲンコツによって、モフモフは中断された。そしてシスターがミサキに謝りまくっている。元気な子供たちだ。


「孤児院の運営は苦しくないのですか? もし必要であれば言ってください。寄付を致しましょう」


「あの孤児院は今、女王陛下が運営してくれているから大丈夫です」


「まあ。流石は陛下ですね」


 女性貴族に褒められた女王陛下は、「ふふん」と笑って平らな胸を張って威張った。


「まったくだ。女王陛下がいる限り、この国は安泰だ。大賢者の魔法で小さくされても、その才覚は微塵も衰えない」


「小さくなった分、寿命も延びたのでは? むしろ定期的に小さくなる魔法をかけてもらって、このまま永劫にこの国を統治していただきたいものですな」


 と、周りの貴族たちが女王陛下を称えはじめる。

 しかし称えられた女王陛下は複雑な表情を浮かべた。


「こらこら。小さい小さいと言うでない! 妾は一刻も早く元の姿に戻りたいのじゃ!」


「確かに、以前の女王陛下はお美しかった。しかし、今の可愛らしい姿もまた、これはこれで素晴らしい。どうでしょう? 季節が変わるごとに姿を入れ替えるというのは……」


「そんな面倒なことやってられるか!」


 女王陛下は貴族の冗談を聞いて眉をつり上げる。

 だが、そこにサメの着ぐるみを着た魔法使いがやってきた。

 大賢者である。


「あら。それ面白そうね。来年からはそうする?」


「ふざけるな! 来年は元の姿に戻すがよい!」


「うーん……それはちょっとつまらないわね」


「そなた、本当に酷い奴じゃな……」


 女王陛下と大賢者のやりとりを聞いて、貴族たちがドッと笑い出した。

 以前から女王陛下は気さくな人だと思っていたが、それは宮廷でも同じのようだ。


「いかん、いかん。大賢者と話していたらいつまでたっても終わらぬ。それよりもローラ。あそこの壇に上がって、挨拶をするのじゃ。そなたが主役なのじゃからな」


「え、挨拶ですか!? この大人数の前で……かなり恥ずかしいんですが……」


「なんと。そなた、大人数の前が恥ずかしいという、まっとうな感性を持っていたのじゃなぁ。驚きじゃ」


「ちょ、ちょっと陛下、それは酷くないですか!? 私は普通ですよ!」


 女王陛下はローラのことを何だと思っていたのだろうか。

 確かに大賢者に色々と指導してもらい、弟子のようになっているが、だからといって神経の図太さまでは受け継いでいない。

 これでもローラは、入学初日の自己紹介で緊張してしまうくらい、繊細な心を持っているのだ。

 学園生活を通して成長したから、もはやクラスメイトの前で喋るくらいでは怖じ気づいたりはしない。

 だが、ここは見慣れた教室ではなく王宮の大ホール。更に数百人という人が集まっている。難易度が違いすぎる。


「すまぬ、すまぬ。少なくとも大賢者よりは普通のようじゃ。安心したぞ。それはそれとして、簡単でいいから挨拶するのじゃ」


 比較対象が大賢者というのが不満だが、一応は普通だと分かってもらえて、ローラは溜飲を下げた。

 まず女王陛下が壇に上がり、皆の注目を集め、場を沈めさせた。


「ご歓談のところ済まぬが、今日の主役、ローラ・エドモンズを紹介しよう。とは言っても、ここに集まった者たちのほとんどは、妾よりもローラと親しかろう。というわけで、妾が長々と話しても仕方ない。ほれ、ローラ」


 女王陛下に代わって、ローラが壇上に立つ。

 こうして高い位置から見回すと、本当に凄い人数だ。

 魔法学科一年のクラスメイトたち。オイセ村の獣人たち。貴族たち。

 全員がローラを見ている。

 果たして何を語ればいいのだろうか。


「ぴー」


 ローラが固まっていると、頭上からハクの鳴き声が聞こえた。

 どうやら、励ましてくれているらしい。


 更に、壇のすぐ下からブルーノとドーラが手を振ってくれている。

 その隣にはシャーロットとアンナもいて、グッとガッツポーズをしていた。

 頑張れ、という皆の声が聞こえてくるようだ。

 おかげでローラの緊張は、かなり薄まった。

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