第220話 みんな来てくれてます
アンナとシャーロットがそれぞれドアノブを持ち、大ホールへの入り口を開いてくれた。
すると奥から、明かりと共に拍手の嵐があふれ出してきた。
「わっ、凄い!」
ついローラは口に出してしまう。
そのくらい、沢山の人がいた。
クラスメイトが全員集まってくれただけでも凄いことだと思っていたのに。
大ホールには、想像を絶する光景が広がっている。
まず目に付いたのは、獣人たち。
ミサキがいて、そして同じような耳と尻尾を生やしたオイセ村の獣人たちが、ローラを見ながら手を叩いている。
あの山の上にある集落から、わざわざローラのために来てくれたのか。
しかも、どうやら村人全員で来たらしい。
「ぴー」
オイセ村の獣人たちを覚えていたのか、ハクはローラの頭の上で立ち上がり、嬉しそうに鳴いた。
「おお、ハク様だ!」
「元気そうだ」
「うむ。人間に預けるのは不安だったが、ローラ殿はしっかりハク様のお世話をしてくれているらしい」
「だから心配無用と言ったであります。ミサキの目にくるいはないでありますよ」
どちらかというと、ローラよりハクが目当てな感じだ。
それでもローラの誕生日に集まってくれたことに変わりはない。
オイセ村の獣人たちとは夏休みの一件で会ったきりで、接点はほとんどないのに来てくれたのだ。感謝感激である。
それから大賢者。
この人がいるのは予定通りなので、特別驚かない。
が、格好は意外だった。
どうしたわけか、サメの着ぐるみパジャマを着ているのである。
「……学長先生。なにゆえにサメの姿なんです?」
「え、だって。パーティーだから、面白い格好をしたほうがいいかと思って。シャー、食べちゃうわよー」
「うーん……学長先生は存在自体が面白いので、別に服装まで変えなくてもいいと思うんですけど」
「それって褒められてるのかしら?」
「もちろんです!」
「そうなの。じゃあ喜んでおくわね、ふふ」
と、大賢者は笑いながらエミリアにしがみつき、噛みつくマネをした。
「ちょ、ちょっと学長! 急になんですか!」
「存在自体が面白いって言われたから、面白いことをしようと思って」
「面白くないです!」
エミリアは悲鳴をあげる。
だが。
「あ、私は見てて面白いです」
「ほら。ローラちゃんがこう言ってるわ。今日の主役はローラちゃんなんだから。ローラちゃんが喜ぶことをやりましょう。がしがし」
「だからって……着ぐるみの歯を動かして噛みつかないでください!」
しょせんは布でできた歯なので、いくら噛みついても痛くはないだろう。
しかし公衆の面前でこれは恥ずかしい。
ローラが軽い気持ちで面白いと言ったせいで、エミリアが大変なことになってしまった。
だが、このトラブルは大賢者のせいだ。ローラは悪くない。
「おーい、ローラ。誕生日、おめでとう」
「まさか宮殿で誕生日パーティーをやるなんて……ローラったら出世したのねぇ」
ローラが大賢者とエミリアを見ていると、横から声をかけられた。
それはローラにとって、最も安心感を覚える人たちの声だった。
「お父さん! お母さん! 来てたんだ!」
そこにいたのは、タキシードを着た父ブルーノと、イブニングドレスを着た母ドーラだった。
二人は王都から馬車で丸一日ほどかかる場所にある、ミーレベルンの町に住んでいる。
どちらも魔法使いではないから、ローラのように一っ飛びで移動することはできない。
今日のために、馬車でやってきたのだろう。
「シャーロットちゃんが、わざわざ招待状を持ってきてくれたんだ。なら来ないわけにはいかないだろ?」
「王宮でやるって聞いてびっくりしちゃった。それで気合いを入れて、こんな服を買ってみたの。似合うかしら?」
「うん! お母さんは綺麗だし、お父さんは格好いいよ! 来てくれてありがとう!」
「娘の誕生日を祝うためだもの。それも十歳って節目だしね。もっとも、シャーロットちゃんが誘ってくれたからこそなんだけど。シャーロットちゃん、これからもローラのことをよろしくね」
ドーラはシャーロットに微笑みかけた。
「も、もちろんですわ! ローラさんのことは一生、わたくしにお任せですわ!」
シャーロットはそう言って、ローラにむぎゅっと抱きついてきた。
「……シャーロット、ずるい。独り占めはダメ」
などと呟き、アンナも抱きついてきた。
「ははは。ローラは人気者だなぁ」
「ほんと。いい友達ができてよかったわねー」
ブルーノとドーラはとても嬉しそうに言う。
両親に褒められて、ローラも嬉しい。
「ローラちゃん。お誕生日おめでとうアル。前からスケールの大きな子だとは思っていたアルが、まさか王宮で誕生日パーティーをやるとは思わなかったアル」
「十歳の誕生日、おめでとう、ローラ。まさか自分の人生で王宮に入ることがあるとは思わなかったわ……いい経験になったけど、緊張するから、来年はもっと普通の場所にしてね」
今度はラーメン屋ラン亭の二人がやってきた。
ランもニーナも、いつもラーメン屋で働いているときに着ているチェイナドレスだ。
なのに王宮でも、違和感がない。
そう言えば以前、チェイナドレスはランの故郷の国『ラー』では正装だと聞いたことがある。
違和感がないのは、そのせいだろう。
「あら。この方たちもローラのお友達?」
ドーラがランとニーナを見て聞いてきた。
「うん! 王都でラーメン屋をやってるランさんと、従業員のニーナさん。あ、ラーメンってのは、大陸の東にあるラーって国の料理なんだよ。すっごく美味しいの! 下手なオムレツより美味しいよ!」
「へえ。ローラがオムレツと比べるってことは、本当に美味しいのねぇ」
「せっかく王都に来たんだ。そのラーメンってのを食べてみたいな」
ドーラもブルーノも、ラーメンに興味を持ったようだ。
するとランが目を輝かせ、グッと拳を握りしめた。
「流石はローラちゃんのご両親アル。話を聞いただけでラーメンの魅力を理解するとは凄いアル。ぜひともラン亭に来て欲しいアル。というか……実は今日のパーティーにラーメンを出すアルよ。あとで食べて欲しいアル」
「ほほう! それは楽しみだ!」
「田舎にいると新しいものに疎くなっちゃうから、たまに王都に来るのも大切ねぇ」
そしてローラの両親は、ラン亭の二人と雑談を始める。
思わぬところで人の縁が繋がった。
「おお、ローラ。おぬしもついに十歳か。その割には小さいような気もするが……とにかく、めでたいのじゃ」
今度は女王陛下がやってきた。
言うまでもなく、この国で一番偉い人であり、この王宮の持ち主だ。
ローラはぺこりと頭を下げ、パーティー会場を貸してくれたことに礼を言う。
「シャーロットさんが色々と無茶を言ったと思いますが、とにかくありがとうございます!」
「ロ、ローラさん! わたくしは別に……!」
「ははは。確かにシャーロットは無茶は言っておらぬ。妾に無茶を言えるのは大賢者くらいじゃ。まあ、妾がこのパーティーを仕切ろうとしたら、自分たちで準備するからと拒否されたときは、少しだけビックリしたがのぅ」
女王陛下は楽しそうに笑いながら語った。
「陛下……あわわ……わたくしはただローラさんの誕生日をお祝いしたかっただけで……その……陛下に対して不敬を働いてしまったことは謝りますわぁ」
「妾は気にしておらぬ。じゃから、シャーロットも気にするな。それよりもローラよ。申し訳ないが、あやつらにちょっとだけ挨拶してくれぬか? 貴族たちが、そなたのことを知りたがっておる」
「……貴族? あ、もしかして、あの見知らぬ人たちは貴族なんですか?」
この大ホールの中に、やたら高そうな服を着た一団が百人ばかりいた。
どう記憶を辿っても、ローラはその人たちのことを思い出せなかった。
「うむ。お主は知らぬじゃろうが、あやつらはパジャレンジャーのファンなのじゃ。それで、そなたの誕生日を祝うために集まったというわけじゃ」
「ええ! パジャレンジャーの正体は秘密なんですよ!?」
「……ローラよ。そなたは秘密のつもりじゃろうが、周りにはバレバレじゃ。現に、クラスメイトも、そなたがパジャレンジャーだと知っておった」
「……えええええ!?」
女王陛下の言葉を聞き、ローラは驚きのあまり大声を上げ、ピョンと跳びはねてしまった。
パジャレンジャーの正体が先生たちにバレているのは知っていた。
だが生徒たちにまで秘密が漏れていたなんて……。
「だ、誰がバラしちゃったんですか!?」
ローラが犯人を捜して首をキョロキョロさせていると、クラスメイトのケイトが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「バラしたとかじゃなくてさ……ローラちゃんたち、お風呂上がりは着ぐるみパジャマで女子寮をウロウロしてるじゃん? パジャレンジャーは三人組だし……大型モンスターを倒しちゃうような女の子なんて、ローラちゃんたち以外に考えられないし……きっとそうなんだろうなーって」
「す、凄い……なんという推理力……で、でも全員がそれほどの推理力を持っているわけじゃないですよね!?」
「うーん……少なくとも女子は皆、気づいてたよー」
「実は名探偵学園だったんですか!?」
少ないヒントからパジャレンジャーとローラたちを結びつけてしまうとは。
それも一人や二人が気づいたのではなく、全員が真実に辿り着いていたらしい。
冒険者には戦闘力だけでなく洞察力も求められるが、すでにプロ並みだ。
「ローラ。言っておくけど、バレてるだろうなって私は思ってたよ」
アンナが淡泊な口調で言う。
「わたくしも……着ぐるみパジャマのままで過ごしたら、流石にバレてしまうのではという予感がありましたわ」
「シャーロットさんまで!? 予感があったなら指摘してくださいよ。どうして着ぐるみパジャマを着続けたんですか?」
「それは……着ぐるみパジャマがお可愛らしいからですわ!」
「なるほど! 確かにパジャレンジャーの正体を守るのも大切ですが、着ぐるみパジャマは普段から着たいですよね。仕方ありません」
「おかげで、わたくしたちがパジャレンジャーだとバレバレでしたわ。しかし皆さん、わたくしたちの正体を知っていても、ずっと変わらず友達でいてくださいました。わたくし、素晴らしいクラスメイトを持てて感激ですわ!」
言われてみれば、クラスの皆はずっと前からローラたちの正体を知っていたのに、特別な態度は何も取らなかった。ずっと普通の友達でいてくれた。
クラスメイトの正体が、絵本に出てくるような変身ヒーローだと知ったら、平静ではいられないだろうに。
それを表に出さなかった彼ら彼女らに、ローラは感謝する。
が、ケイトはその感謝に水を差すようなことを言い出した。
「だって、ローラちゃんもシャーロットも、あとアンナちゃんも。入学したときからずっと特別だったし。それがパジャレンジャーだったからって、『へー、そうなんだ』って感じだよー」
「むむむ。私たち、そんなに特別でしたっけ?」
ローラは入学してからこれまでの出来事を頭の中で振り返ってみた。
そして心当たりが結構あったのでビックリした。
「うふふ。ローラさんは入学してすぐにエミリア先生と決闘。アンナさんは一年生で最も剣術が強い。そしてわたくしは……このあふれ出す気品! ゴージャス感! 特別扱いも仕方ありませんわ」
シャーロットは髪をかき上げ、胸を反らす。
気品はどうか知らないが、ゴージャスなのは確かだった。
「そなたら、本当に元気じゃな……それはそれとして、貴族のほうに行くぞ」
「分かりました! でも……貴族さんって偉い人たちなんですよね。ちょっと緊張しちゃいます」
「何を言っておる。妾のほうが偉いぞ。というか、大賢者と日常的に接している癖に、貴族ごときに臆してどうする」
「言われてみればそうですね!」
貴族というものに、ローラは非日常的なイメージを持っていた。
自分がそんな偉い人と関わることになるとは思っていなかったが、本人が言うとおり、貴族よりも女王のほうがずっと偉い。
それに大賢者だって、歴史に名を残す偉人だ。ある意味、貴族よりも偉い。そういった社会的な地位とは別の領域にいる人だ。
ローラはすでに偉い人たちと知り合いだったのだ。
なら貴族が現われたからといって、緊張する必要もない。
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