第213話 もうすぐ誕生日です

 ローラの誕生日は十二月二十五日だ。

 丁度、あと一週間である。


 いよいよもって、ローラも十歳。

 アンナやシャーロットと同じ年齢二桁。

 いや、それどころかエミリアや両親も同じだ。

 九十九歳までは二桁なので、それと同じになるということは、十歳はもう立派な大人と称しても大丈夫かもしれない。


「ローラさん。もうすぐですわね」


 午前中の授業が始まる直前の時間。

 ローラの前の席に座っていたシャーロットが振り向き、話しかけてきた。


「ええ、もうすぐ冬休みです!」


 十二月二十六日からは待ちに待った冬休みなのである。


「……それも楽しみですが、その前に大きなイベントがあるでしょう!」


「えへへ、冗談です。私の誕生日です。いよいよ十歳になります!」


「ローラさん。誕生日に何か欲しいものありまして?」


「オムレツです」


 ローラは反射的に答える。

 なにせオムレツは、ローラの人生において哲学のようなものだ。

 オムレツさえあれば、ハッピーになれる。

 が、シャーロットは苦笑いだ。


「オムレツはいつも食べているでしょう。それ以外ですわ」


「むむ……そんな難問を出してくるとは……なかなかやりますね、シャーロットさん」


「何を戦慄した顔になっているのか分かりませんが、特にないのであれば、わたくしが選びますわ」


「え、シャーロットさんのセンスで選ぶんですか!? ちょっと待ってください……今、真剣に考えますから……」


「……まるで、わたくしのセンスに不安があるような口調でしたわね」


 シャーロットは唇を尖らせる。

 せっかくプレゼントをくれると言っている人を不機嫌にさせて申し訳ないが、シャーロットに任せると大成功か大失敗のどちらかなので、非常にリスクが高い。

 ちゃんと頭をひねって、欲しいものを考えよう。


「あ、そうです。身長が欲しいです!」


「ローラさんは大きくなってはいけませんわ」


「どうしてですか!? 十歳になるというのに!」


「いくつになっても、ローラさんは今の姿のままでいるべきですわ。そもそも、わたくしの力では身長をプレゼントするのは無理ですわ」


「そうですよねぇ。しかし実際、特に欲しいものはないですね。皆と一緒に過ごしてるだけで、毎日が楽しいですから」


「ローラさん……外見がお可愛らしいだけでなく、内面まで素晴らしいですわぁ!」


 シャーロットは目を輝かせて叫び、それだけでなく身を乗り出して抱きついてきた。

 クラスの皆が見ているのに、恥ずかしい人だ。

 年齢が二桁になっても、大人になるのは難しいのかもしれない。


「まあ、そんなわけで。私の誕生日だからといって特別なプレゼントはいいですよ。でもパーティーとかやってくれるなら、喜んで参加しますよ!」


「では盛大に祝いますわ! ローラさんの生誕祭ですわ! まずは会場探しですわ!」


「そんな大げさにしなくても……」


 シャーロットの家はお金持ちだ。

 彼女が本気で盛大なパーティーを開いたら、どれほどの規模になるか、ローラには見当もつかなかった。

 とはいえ、いくらお金持ちとはいっても、それは親の金だ。

 シャーロットが全て自由にできるわけではない。

 普通よりは派手でも、常識的な範疇に収まるパーティーだろう、とローラは信用することにした。


「はいはい。授業を始めるわよ。皆、席について」


 担任のエミリアが教室にやってきた。

 シャーロットは黒板に向き直り、立ち歩いていた生徒たちも自分の席に素早く戻る。

 そして起立。礼。着席。


「今日は大陸の東方にいるモンスターの話をするわ。聞いたことある人もいると思うけど、あっちにはハクみたいな形のドラゴンの他に、蛇を大きくしたような形の亜種が――って、ハクが抱きかかえてる、その黄色いのはなぁに?」


 授業を開始しようとしたエミリアだが、ローラの頭上を凝視して固まってしまった。

 クラスの皆もローラを振り向く。


「これは……アヒルのオモチャです!」


「それは見れば分かるけど……どうしてハクがアヒルを抱きかかえてるの? 教室にハクを連れ込むのはいいけど、授業中なんだから遊ばせちゃダメよ」


 エミリアはごもっともなことを言う。

 ローラとしても、アヒルをハクから取り戻したいのだ。


「これには複雑な事情がありまして……とにかくハクが手放さないんです! 私はぷんすか怒ってるのです!」


「ふぅん。ローラさんがお風呂で遊ぼうと思って買ったのに、ハクに取られちゃった、とか?」


「名推理! ピタリ賞です。やはりエミリア先生の洞察力は凄いです」


 ローラは本気でエミリアを尊敬した。


「あまり複雑な事情でもなかったわね……ま、ハクがそのアヒルを投げたりしないなら、そのままでもいいけど」


「ぴぃ」


 ハクの短い鳴き声を肯定の言葉ということにして、授業が始まった。

 実際、ハクはアヒルを放さなかった。よっぽど気に入っているのだ。

 まさか仲間だと思っているのだろうか。

 色も形も違うのに。

 神獣の心理は複雑怪奇で、人知など及ばないのだなぁ――と十歳を目前にして哲学を考えてみるローラであった。

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