第211話 神獣が温かく眠れる場所を考えます

 ローラは冒険者学園に入学してから、毎晩のようにシャーロットの抱き枕になっていた。

 そして布団の上では、ハクが丸くなって眠っている。

 ずっと続いてきた就寝スタイルだ。


 これ以上に心地いい眠り方を思いつかないので、ずっとこの形で卒業まで過ごすものだとローラは思っていた。


 ところが、である。

 それは、太ったハクがわずか一晩でスリムに変身した日の夜の出来事だった。


「ぴ……ぴっくちゅん!」


 くしゃみが聞こえた。

 ローラのではない。


「今のシャーロットさんですか?」


「違いますわ。ローラさんでもないとすると……ハクですの?」


「ぴー……」


 ランプに明かりをつけ、ハクの様子を見る。

 すると鼻水がにょろんと伸びていた。


「わっ、大変です! ハンカチ、ハンカチ」


 ローラはハクの鼻水を拭いてやる。

 すると、よほど寒かったのか、ハクは胸にしがみついてきた。


「考えてみれば今は冬。寒くて当然ですわ」


「うーん、でも昨日までは平気そうでしたよ?」


「それは……脂肪が布団の代わりになっていたのですわ!」


「ああ、なるほど! ダイエットに成功したせいで、冬の寒さに耐えられなくなったんですね!」


「ぴぃ……」


 ハクはか弱い声でローラたちの説を肯定した、ように聞こえる。


「もしかして、ハクはただ太ったんじゃなくて、冬に備えて脂肪をつけていたのでは……?」


「そうだとしたら……わたくしたちのしたことは無意味……いえ、むしろ迷惑でしたの!?」


「ぴー」


 ハクは短く鳴いた。

 しかし、これでは肯定なのか否定なのか分からない。

 やはり「ぴー」だけでは意思の疎通に限界があった。

 もっとも、ハクがある日突然「はい、その通りです」などと流暢に語り出したら、ローラは驚きのあまり失神するに違いない。


「ハクがどんなつもりで太ったにせよ、冬の間は布団の上で眠らせるわけにはいかなくなりましたね」


「そうですわね。とりあえず、わたくしたちの布団に入れるしかありませんわ」


 いつもならローラとシャーロットはピッタリとくっついて眠るところだが、ハクのために隙間を空けた。


「ぴー」


 ハクはその隙間に潜り込み、うつ伏せになる。

 頭だけをぴょんと布団から出して、満足そうな顔だ。


「温かいですか、ハク?」


「ぴ、ぴー!」


「それはよかったです」


「ハクが温かいのはいいのですが……ローラさんを抱き枕にできませんわぁ!」


 ハク越しにシャーロットの悲しげな声が聞こえてきた。


「冬の間、私を抱き枕にするのを我慢したらどうですか?」


「無理ですわ! できるわけありませんわ!」


「そう言うと思いましたけど……少しは我慢するということを覚えたらどうですか?」


「そう言うローラさんこそ、オムレツを冬の間ずっと我慢しろと言われたら、我慢できますの!?」


「その質問は卑怯です。我慢できるわけ……ないじゃないですか!」


「でしょう!? 生存に必要不可欠なものですわ。せいぜい一日が限度ですわ」


「はい。私もオムレツを我慢するのは一日が限度です」


 そう語ってからローラは、生存に必要不可欠なものを一日も我慢できる自分たちは、むしろ凄いのではないかと考え始めた。

 ある意味、水や空気と同じなのだから。

 そんなに大切なものを丸一日も我慢してしまうなんて、とても我慢強い子だ。

 立派な十歳になれるぞ、と自分自身に感激したローラであった。


「ぴー」


「あ、ごめんなさい、ハク。うるさくて眠れませんよね。今日のところはシャーロットさんに抱き枕を我慢してもらうとして、ハクの寝床は明日、じっくり考えましょう」


「うぅ……明日中に何とかしないと、わたくし、ローラ・ザ・抱き枕禁断症状が出てしまいますわ……」


「ローラ・ザ・抱き枕! 格好いいですね!」


「ふふふ……ローラさんならこのネーミングの素晴らしさを理解してくださると信じていましたわぁ」


 素晴らしいにもほどがある。

 ローラと抱き枕。その二つの単語の間に「ザ」を入れるだけで、こんなにも素敵な響きになるとは。

 やはりシャーロットのネーミングセンスは侮れない。


「ぴぃ!」


「ハクも格好いいと思いますか?」


「ぴ! ぴ!」


「……そんなことはいいから早く寝ろと言っているように聞こえますわ」


「私にもそう聞こえたので、寝ましょう……」


 ローラとしても、おねむの時間だ。

 目を閉じて、眠る体制になる。

 すぐそばから「ぴゅぃ」とハクの寝息が聞こえてきた。

 随分と寝付きがいいなぁ、とローラは他人事のように感心した。

 その三秒後、ローラも熟睡していた。


        △


 一方、シャーロットは、抱き枕を失ったことでなかなか寝付けず、次の日の授業中、居眠りをしてしまい、エミリアに叱られまくっていた。

 シャーロットを叱るのにエネルギーを使ったせいか、全ての授業が終わった頃、エミリアはナイスバディな体型に戻っていた。


 ――ハクのダイエットが成功したことによりシャーロットが寝付けず、そのおかげでエミリアもまたダイエットに成功した――。

 因果とは不思議なものだ。

 とにかく、皆の体型が元に戻った。

 ダイエット物語は、めでたしめでたしだ。


 あとはハクの寝床を考える番である。

 こちらも早く「めでたしめでたし」にしないと、シャーロットが明日も明後日も不眠に悩まされ、エミリアが怒り続けることになってしまう。

 そうなると、エミリアが必要以上に痩せてしまい、最後は消えてなくなってしまう。


 担任の未来を守るため、神獣が温かく眠る方法を考えるのだ!

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