第210話 ハクはスリムになったのですが……
「ぴー、ぴー」
そして朝がやってきた。
カーテンの隙間から差し込む光とか、あるいは教会の鐘などで目を覚ます。
しかしその日、ローラとシャーロットは、ハクの鳴き声で夢の世界から現実に連れ戻された。
「ふぁぁ……沢山のローラさんを愛でる夢を見ていましたのに……」
「むにゃむにゃ。私も次から次へとオムレツが運ばれてくる夢を見てました……」
お互い、この上なく都合のいい夢を見ていたようだ。
もうしばらく見ていたかった。
時計を見ると、いつもより三十分早く目が覚めたらしい。
普通なら二度寝するところだが、ハクがわざわざ起こしたのだ。
きっと何かあるのだろう。
「それで、ハクは何をそんなに私たちに訴えようと……わっ、ハクがシュッとしています!」
「ええ? そんな、一晩で痩せるはずが……本当にシュッとしていますわ!」
体を起こしたローラとシャーロットは、布団の上に座るシュッとしたハクを目撃した。
まるまると太った、昨日までのハクではない。
これぞハクだと言いたくなるような、シュッとして美しいスタイルの神獣ハクがそこにいた。
「信じられませんわ。これも夢の続きですの?」
「それにしてはリアルな質感です。ハク、私の頭に乗ってみてください」
「ぴ!」
ハクは素早く飛び上がり、ローラの頭に着地した。
「おお。この感覚はまさにハク。きっと現実です」
「すると、本当に一晩で痩せてしまったのですね。神獣、恐るべしですわぁ」
「エミリア先生に自慢しましょう。悔しがるかもしれませんよ」
と、ローラはイタズラ心を出し、朝の支度を始めた。
学食でアンナとミサキを驚かせてから、教室に向かう。
「エミリア先生の驚く顔が目に浮かびます」
「昨日、あれだけダイエットは過酷だと力説していましたものね」
「神獣のダイエットは、人間の常識で測ってはいけないのです」
二人でワクワクしながらエミリアを待つ。
やがて教室にエミリアが入ってきた。
その瞬間、驚いたのはローラたちのほうだった。
というより、クラスメイトの全員がのけぞるほど驚いた。
「え、エミリア先生……?」
「そのお姿は一体どうされましたの……?」
ナイスバディと称していいほど素晴らしいスタイルだったエミリア。
少しでも肥満の兆候を感じたら、即座にダイエットを始めるほど気を遣っていたエミリア。
その彼女が……横に大きくなっていた。
つまり太っていたのである。
おまけに、ニンニクの匂いがする。
これほどニンニクの匂いをプンプンさせてしまう料理など、ローラは一つしか知らなかった。
そう。
冒険者ラーメンである。
「エミリア先生……あのあとラン亭に行ったんですね?」
「ギクリ」
「あれほど私たちにダイエットのなんたるかを偉そうに語っていたのに……冒険者ラーメン、食べちゃったんですね?」
「だって……だって……」
「だって?」
「どうしても、食べたかったのよぉっ!」
エミリアはそう叫び、泣き崩れた。
「ラン亭の前を通ったのがいけなかったのよ……あんなに美味しそうな匂いを道路までプンプンさせて……一度は誘惑を乗り越えて通り過ぎたのに!」
ローラたちがラン亭を去ったあと、引き返してしまったということか。
「せめて普通のラーメンにしておけばいいものを……冒険者ラーメン! それも全部マシマシ! ああ、昨日の私の馬鹿!」
「それは……ちょっと擁護しようがないですね……」
「全部マシマシなんて、本当に注文する人がいるとは思っていませんでしたわ……」
ラン亭の前を通っておきながら、ラーメンを食べない。
それがどれほど困難なことか、ローラもよく分かる。
ローラが昨日我慢できたのは、学食に行けば美味しいオムレツが待っているからだ。
オムレツという心の支えを持たないエミリアが耐えるのは、とても難しかったのだろう。
しかし、冒険者ラーメンの全部マシマシ。
その選択は『愚か』としかいえなかった。
本人が言うとおり、普通のラーメンならまだよかったのに。
いや、冒険者ラーメンでも普通のオーダーなら、常識の範囲内だったのに。
全部マシマシは、常人が食べていいものではない。
「きっと一度通り過ぎたせいで、ラーメン食べたい欲が増幅されてしまったのですわ……」
「そう、そうなのよ! 最初に大人しくラーメンを食べておけばよかったのよぉぉぉ!」
エミリアは教壇に突っ伏し、滝のような涙を流す。
哀れだ。
神獣ではないエミリアは、きっと今日から地獄のダイエットに励むのだ。
少しでも応援するため、今度バナナを差し入れしてあげようとローラは誓った。
「それにしても、一晩で太るとは……全部マシマシ恐るべしです!」
「ぴぃ」
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