第209話 運動と食事制限です

 ラン亭は王都に唯一あるラーメン屋だ。

 大陸のはるか東にある国『ラー』からやってきたランという女性が経営している。

 ローラたち行きつけの店であり、その美味しさはローラにオムレツのことを一瞬とはいえ忘れさせるほどだ。


「あ、ローラたちだ。晩ご飯食べに来たの?」


 店の前をホウキで掃いていたニーナが話しかけてきた。

 ニーナの見た目はローラと同じくらいの年齢だが、実際は十八歳だ。

 とあるきっかけで吸血鬼になり、成長が止まってしまったのだ。

 すでに両親が亡くなっていて、行く当てがないのでラン亭に住み込みで働いている。


 ローラとしては、数少ない自分より背の小さい友人だ。

 並ぶと相対的にローラが大きく見える。


「いえ。ラーメンを食べたいのはやまやまですが、今はハクのダイエットのために運動中なのです。なのでラーメンは我慢です! 本当は食べたいのですが……心の底から食べたいのですが!」


 と、ローラが断腸の思いでラーメンを断ち切ろうとしていると、店主のランまで出てきて誘惑を始めた。


「今日のスープは会心の出来アルよ。チャーシューもいいのを仕入れたアル」


「うっ……やめてください! 私たちの決意は固いのです! 誘惑には屈しませんよ!」


 ローラは熱く宣言する。

 が、肝心のハクが誘惑に屈し、ふらふらとラン亭に向かっていった。


「こらこら。ラーメンなんか食べたら、せっかくの運動がパーになります!」


 ローラはハクの尻尾をつかんで引き寄せた。


「ぴぃ」


 ハクが抗議の声を上げる。しかし、ラン亭に入れるわけにはいかない。


「ダイエット……確かに、ハクがまんまるになってるわね……」


「空飛ぶおまんじゅうかと思ったアルよ」


 ニーナとランが、空飛ぶハクのお腹に手を伸ばし、ムニムニとつまむ。

 いつもムニムニされるのはローラのほっぺなのに、今日は誰もムニムニしてこない。

 快適だ。

 ハクが身代わりになってくれるなら、いっそこのままでもいいのでは――などど、よこしまなことを考えてしまうローラであった。


「確かに、このお腹は危険アル。痩せるまでラーメンは我慢アル」


「さっき、エミリア先生もここを通ったんだけど、同じくダイエット中だと言って走り去ったわ」


「おお、流石はエミリア先生。ラーメンの誘惑に屈さないなんて、ダイエットのプロです! 私たちはここに長くとどまると誘惑に屈してしまうので、立ち去ることにします。さらばです!」


「ハクが痩せたら改めて来ますわぁ」


「冒険者ラーメンを食べたい。でもあれを食べ続けると、私たちも太ってしまう。あらかじめ運動」


「ハク様が我慢するなら、ミサキも巫女として我慢するであります!」


 ランとニーナに手を振って、ローラたちはラン亭を立ち去った。

 エミリアが頑張っているのだ。

 ならばハクにも頑張ってもらわないと。


「日が沈むまで王都を駆け巡りましょう。そして晩ご飯はオムレツです!」


「あら、ローラさん。それではいつもと同じですわ」


「ちっちっち。いつもは私とハク、それぞれ一人前を注文していましたが、二人合わせて一人前にします」


「食事制限でありますなぁ」


「というか、今までハクはその小さい体でどうやって一人前食べてたんだろう……」


「確かに、深く考えていませんでしたが、体積的におかしいですわ……」


「ぴ?」


「ハク様は神獣でありますから。その体内は不思議で一杯であります。それに蛇だって自分より大きなものを丸呑みにするであります。蛇ごときにできるのであれば、神獣であるハク様が、自分より大きなオムレツを食べてもおかしくないでありますよ」


 ミサキは説得力があるのかないのか、よく分からないことを語り出した。


「神獣でも食べ過ぎると太ってしまうと分かったので、ハク用メニューが完成するまで、私の分を小皿に取り分けます。ハクがもっと食べたいと言っても、断固として食べさせません!」


「ローラさん、鬼コーチですわ」


「私たちも鬼コーチになって、ローラにオムレツ食べるのを我慢させてみよう」


「そ、それは断固として反対です……!」


「ぴー」


 そうして日が暮れるまで王都をウロチョロし、学園に戻った。

 宣言通り、オムレツをローラとハクで分ける。

 ローラが四分の三。ハクが四分の一だ。

 お互いの体重から考えると、これでもハクには多い気がする。

 が、当然のようにペロリと平らげ、もっと欲しそうなまなざしをローラに向けてくる。


「そんな目をしてもダメですよ。生まれたばかりのときは、そのくらいで満足してたじゃないですか」


「ぴー!」


「ハクが不機嫌そう」


「八月に生まれて、もう十二月。生まれたばかりの頃よりは、多く食べさせてもよろしいのでは?」


「そうですか? でも、これ以上ハクにあげたら、私が物足りないです。夜中にお腹の音でシャーロットさんを起こしちゃうかもしれません」


「では、わたくしのサラダから、ミニトマトを一つ差し上げますわ」


「じゃあ、私はレタスを一枚上げる」


 シャーロットとアンナから野菜を分けてもらったハクは、もしゃもしゃ食べる。


「満足しましたか、ハク?」


「ぴぃ」


 ハクはこくりと頷いた。


「それはよかったです。この程度なら、太ることもないでしょう。元のスリムなハクになるのも、時間の問題です」


「ぴー」


 晩ご飯を食べ終わり、お風呂に入って、いつものようにローラとシャーロットはベッドに潜る。


「明日の朝、ハクがスリムになっていたらいいですねぇ」


「ふふ。いくらなんでも、一日でダイエットは完了しませんわよ」


「むむ。しかし神獣ですからね。不思議なことが起きるかもしれません。ね、ハク」


「ぴ」


 ハクは短く答えて、布団の上で丸くなる。

 太ったせいで丸くなったハクが更に丸まったので、本格的な球体になった。

 明日、これがシュッとしていたらいいなぁ、と思いながらローラはまぶたを閉じる。

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