第208話 バナナダイエットの真実です
「いい? あなたたち、そもそもバナナダイエットを勘違いしているわ。バナナを食べたら痩せると思ってるでしょう?」
「え、痩せないんですか!? じゃあ、バナナダイエットとは一体……?」
「バナナダイエットっていうのはね。バナナだけ食べるダイエット方法なのよ。三食全てをバナナにするのは健康に問題ありだけど……例えば朝食をバナナ二本だけにする。そうするとカロリーを抑えられるというわけ」
「えー……つまり、オムレツを我慢してバナナに代えるというわけですね」
「そういうことね」
「過酷なダイエットです……私はむしろ、バナナの食べ過ぎでガリガリになる心配をしていました」
ローラはバナナが好きだ。
今だって、もう一本食べたいと思っている。
しかし主食はあくまでオムレツなのだ。
オムレツを食べずにバナナだけ食べるというのは、非常に辛い。
「ローラさん、過酷じゃないダイエットなんて、この世にないのよっ!」
「ひゃあ、ごめんなさい!」
いつものようにエミリアに叱られたローラは、つい謝ってしまった。
だが、よく考えると、ローラは悪いことなんてしていない。
たんにエミリアがダイエットに深いこだわりを持っているというだけのことだ。
「そもそも、何かを食べて痩せようって考え方が駄目なのよ。痩せたいなら、食べる量を減らさなきゃ! いえ、それ以前に、普段から食事に気をつけていれば太らないのに! どうして人類は過ちを繰り返すのかしら!」
エミリアの主張はダイエット方法からズレてきた。
人類の過ち、である。
随分とスケールが大きい。
しかし、よく聞くと大きいのは主語のスケールだけで、話の内容は小さかった。
人類全体ではなく、エミリア個人の話をしているように聞こえる。
「エミリア先生……もしかして、太ったんですか?」
「え」
「太ったんですね? それで走ってるんですね?」
ローラはぐいっと顔を近づけてエミリアを追求した。
「そ、それは……」
「目をそらさないでください! 正直に、さあ!」
「ちょっとだけ……ちょっとだけよ! 本格的に太る前に、こうして運動して痩せるの!」
「なるほど。つまり過ちを犯したのは人類ではなく、エミリア先生だったんですね」
ローラが判定を下すと、エミリアは「ぐぬっ」と呻く。
「主語を大きくしてはいけませんわ、エミリア先生」
「でもハクも太ったから、過ちを犯したのはエミリア先生だけじゃないよ。安心して」
「ハク様とダイエット仲間であります。むしろ羨ましいくらいであります」
「ぴ!」
ハクはダイエット仲間と聞いて、嬉しそうに鳴いた。
しかし、エミリアはさほど嬉しくなかったらしい。
「私はハクほど太ってないから! ちょっといつもよりお腹がプニプニしてきたかなぁ……くらいだから! 一緒にしないで!」
「そんなムキにならなくてもいいじゃないですか……」
「まあ、今のハクと一緒にされたくないという気持ち、分からなくもないですわ」
そう言ってシャーロットはハクを抱きかかえ、そのお腹をムニムニする。
見れば見るほど太っている。
以前は小さいながらも、神獣にふさわしく美しいフォルムだったのだが。
今は動くマシュマロだ。
「これはこれで可愛いでありますが、やはりハク様はシュッとしていたほうが格好いいであります」
ミサキも腕を伸ばしてハクをムニムニする。
ハク自身は、ことの重大さをまだ分かっていないようで、気持ちよさそうにうっとりした顔だ。
「エミリア先生が太ってないのは分かった。あくまで肥満の予防のために走っている。そんなダイエットのプロから、今のハクにアドバイスを」
アンナは冷静に促した。
そのおかげか、エミリアも落ち着きを取り戻し、コホンと小さく咳をしてから、授業のように語り始める。
「私の経験上、ダイエットは無理せず続けることが大切よ。極端なことをしちゃ駄目。たまに一日一食とか極端なことを始める人がいるけど、そんなの長続きするわけないんだから。今までが食べ過ぎだったなら、適切な量に戻せばいいの。それでも大変だと思うけど……乗り越えなきゃ! あとダイエットするなら、やっぱり運動よ。運動せずに痩せようなんて考えは甘いわ! 甘いのはダイエットの敵よ!」
「ふむふむ。やはりダイエットに近道はないということ」
と、アンナは頷く。
「何事も基本が大切でありますなぁ」
「エミリア先生のアドバイスを取り入れて、今日から食事を控えめに。そして運動ですわ!」
「ハクにとっては過酷な試練でしょうが……頑張りましょう! 自分の足で……いや、ハクの場合は翼で移動するのです。飛び立つのです!」
「ぴー」
ローラに言われるがまま、ハクはパタパタと羽ばたいて浮かび上がった。
重くなった分、頼りない飛び方だが、それでも一人で飛べている。
こうしてずっと飛び続けていれば、かなりの運動になるはずだ。
「ハク……そこまで太っちゃったら元に戻るのが大変でしょうけど、頑張ってね。私も頑張るから。それじゃ」
エミリアはスタタタと走り去っていった。
その後ろ姿には、数々のダイエットを乗り越えてきた玄人の気配があった。
できる大人は背中で語ると聞いたことがあるが、今のエミリアがまさにそれであろう。
格好いいとローラは思った。
自分もエミリアのようなダイエットの玄人になりたい。
が、ダイエットの玄人ということは、何度も太っているということであり、よくよく考えるとあまり格好よくないかもしれない。
「さあ。エミリア先生に負けないよう、私たちも行きましょう!」
「ぴっ!」
「お供しますわ、ローラさん」
「皆で走ればやる気が出るはず」
「まあ、ハク様は走るのではなく飛んでいるでありますが」
というわけで、運動の開始だ。
ハクが飛び回る後ろを、ローラたちが追いかける。
軽いジョギング程度の速さだ。
『無理せず続けることが大切』というエミリアのアドバイスをしっかり守っている。
もっとも、ハクにとってはダイエットしているという感覚ではなく、ただ皆で追いかけっこして遊んでいるだけなのかもしれない。
考えてみると、ハクは活発な性格なのだ。
近頃、ちょっとローラの頭の上にいる時間が長かっただけで、機会さえあれば飛び回る。
運動好きなら、ダイエットがはかどるだろう。
あとは食べ過ぎに注意だ。
「ミサキさん。学食にハク用のメニューって作れませんかね? ようは量を少なくすればいいんです」
「量を変えるだけならできるはずであります。学食のオバチャンたちに相談であります」
「ありがとうございます! これでダイエット計画は完璧です!」
「油断してはいけませんわ、ローラさん。ほら、最大の関門が迫ってきましたわ」
「むむ……あれは……ラン亭!」
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