第207話 エミリア先生がランニングしてました

 シャーロットがオススメするだけあり、その公園は静かで綺麗な場所だった。

 草が生い茂り、なだらかな丘がいくつかある。

 これといった遊具はないが、ベンチに座って休んでいる人や、散歩している人などがいる。


「休憩するには最適ですね」


「モフモフするにも最適でしたわ」


「女王陛下に頼んで、公園でのモフモフを禁止にしてもらうであります!」


「あら、ミサキさん。するとつまり、公園以外ではOKということですの?」


「……王都全域で禁止にしてもらうであります!」


 それは大変だ。

 王都の外に出たときしかモフモフできないというのは、とても辛い。

 女王陛下にミサキの耳と尻尾がいかに素晴らしいかを啓蒙し、禁止令を出さないようにロビー活動しておかないと。


「モフモフの話はあとにして、まずはバナナを食べよう」


「そうです、そうです。別に帽子にするために買ったわけではありませんから」


 草むらに座り、円陣を組む。


「このバナナ、丁度、十本あります。一人二本ずつです」


「ローラの財布からお金を払ったのに、いいの?」


「もちろんです! 私のおごりですよぉ!」


「ありがたくいただきますわ」


「ロラえもん殿、太っ腹であります!」


「じゃあ私も遠慮なく」


「ぴー」


 十二月の寒空の下、公園でバナナを食べることになるとは思っていなかったが、これもハクのダイエットのためだ。

 ここまでしたからには、ハクは見事に痩せるに違いない。


「もぐもぐ……美味しいですねぇ!」


「ぴー!」


「さあ、ハク。痩せるのですわ!」


「シャーロット殿。いくらなんでも、食べてすぐに痩せたりしないでありますよ」


「本当に痩せるのかな?」


「信じましょう! 明日の朝、目覚めるとそこにはスリムなハクが!」


 ローラたちがバナナの効果について語り合っていると、その目の前をよく知っている人物が駆け抜けていった。


「あれれ? エミリア先生!」


 ローラとシャーロットの担任。

 メガネが似合う美人のエミリアだった。


「あなたたち、こんなところでバナナを食べてどうしたの?」


「そういうエミリア先生こそ。ジャージ姿なんて珍しいですね」


 ローラが呟いたように、エミリアはジャージを着ていた。

 冬だというのに額には汗が浮かんでいる。

 息は荒く、かなり走り込んだという感じだ。


「ええ……ちょっと健康のために……最近、放課後に軽くジョギングしてるのよ」


「はあ、軽くですか……」


「エミリア先生。両手両足に、何やら拘束魔法の気配がありますわ。それ、自分でやりましたの?」


 拘束魔法というのは名前の通り、相手を動けなくするための魔法だ。

 かけかたにもよるが、両手両足を縛られたような感じになる。

 ようは見えないロープだと思えばいい。

 拘束魔法の調整次第で、ロープではなくゴムのような質感にすることもできる。

 ゴムにすると、手足を動かすときに、つねに負荷を感じるようになる。

 魔法使いが体を鍛えるときに使うことがあると、以前、授業で習った。


「自分で自分を拘束するとは……エミリア先生、実はマゾい?」


「えっちでありますな! えっちでありますな!」


「そういうんじゃないわよ! 運動のためよ! それより、あなたたちこそ質問に答えなさい。また怪しげなことを始めたんじゃないでしょうね?」


「失敬ですね。正真正銘、バナナを食べてるだけです!」


「こんな冬に、外に集まってバナナを食べているのは十分怪しいわ。それも円陣を組んで」


 確かに、はたから見ると怪しいかもしれない。

 だが、今回は本当にエミリアを心配させるようなことをしていないのだ。

 事情を話せば分かってくれるだろう。


「実はですね……まず、ハクを見てください」


「ぴー」


 ローラはハクを持ち上げ、エミリアに突出した。


「わっ! 何よ、ハクのお腹……完全に肥満体型じゃないの」


「ですよね。今朝気がつきました」


「……もっと早く気づきましょうよ。重いなぁとか思わなかったわけ?」


「思ってました……ずっと頭が重くて……それで何かの病気かもしれないと皆に相談して発覚したわけです」


「ローラさんらしいわねぇ」


 エミリアは呆れたようにため息をつく。


「そ、そういうエミリア先生だって、今の今まで気づいてなかったじゃないですか!」


「だって、ハクはいつもローラさんの頭に寝そべってるから、お腹見えないし。教壇とローラさんの席は距離があるから、よほど注意してないと気づかないわよ」


「むむ……論破されてしまいました。流石は教師!」


「教師かどうかは関係ないと思うけど……でも、ハクが太ったからってどうしてバナナを……あ、まさかバナナダイエットのつもり?」


「ご明察です。エミリア先生もバナナダイエットをご存じだったとは。有名なダイエット方法なんですねぇ」


 ミサキとアンナに加え、エミリアまで知っているということは、ダイエットのスタンダードなのかもしれない。

 効果があるから有名になるのだ。

 ハクだけでなく、ローラたちもスリムになってしまうかもしれない。とはいえ、ハク以外は太っていないので、食べ過ぎるとヒモのようになる恐れが――。


 などという心配をローラがしていると、エミリアが「ふぅ」とため息をつき、それからヤレヤレという感じで肩をすくめた。


「分かってないわねぇ、あなたたち」


「む? エミリア先生がかつてないほど上から目線ですね」


「全身から自信がみなぎっていますわぁ」


「エミリア先生、さてはダイエットの専門家?」


「きっと素晴らしいアドバイスが出てくるであります」


「ぴー」


 ローラたち全員の注目を集めても、エミリアは臆する様子がなく、むしろ胸を張り、メガネのレンズを光らせて語り始める。

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