第206話 バナナを手に入れました
「ロラえもん殿たちとお出かけするのは久しぶりであります。わくわくであります!」
「ミサキさん、耳も尻尾もピコピコ動き回ってますよ」
「喜びを抑えきれないであります!」
感情がすぐに耳と尻尾に伝わってしまう獣人さんだ。
もっともミサキは、すぐに表情に出るタイプなので、耳と尻尾がなくても感情が分かりやすい。
というより、このメンバーでポーカーフェイスなのはアンナくらいで、あとは全員、感情表現が豊かだ。
ローラはそろそろ十歳になるので、落ち着きが欲しいと思っているのだが、なかなか落ち着けない。
シャーロットに比べるとマシではあるが、それは比較対象が悪すぎる。
ローラは立派なレディになりたいのだ。
「うふふふ……目の前でそんなにピコピコされると……モフらざるを得ませんわぁ!」
「のわぁ! 不意なモフモフはダメであります!」
ほら。
今もシャーロットはヨダレを垂らしながら、ミサキの尻尾に手を伸ばしている。
黙って立っていればクールな美人なのに。
言動は残念な人だった。
まあ、そんなシャーロットだからこそローラは好きなのだが。
これで見た目通りクールな性格だったら、とっつきにくくて疲れていたかもしれない。
「果物屋さんを発見。バナナを買おう」
逃げるミサキと追いかけるシャーロットを観察しているうちに、商店街に辿り着いていた。
あっという間だった。
ローラは心の中で、この現象を『シャーロット瞬間移動』と名付けた。
瞬間移動のようにローラをここまで連れてきたシャーロットは、ミサキを追いかけてそのまま走り去ってしまった。
忙しいのか暇なのか分からない人だ。
「ミカンも売ってますね……じゅるり」
「ローラ。そのミカンは普通のミカン。スリムーンの実じゃないからダイエットとは関係ないよ。いや……本物のスリムーンの実もインチキだから、どっちみち同じ」
「どっちみち同じなら、ここでミカンを買ってもいいということでは?」
「ぴー!」
ローラの腕の中でハクが力強く頷いた。
「ローラ。ハクにダイエットさせる気、ちゃんとある?」
アンナが真顔でジッと見つめてきた。
「あ、ありますよ! おじさん、バナナを一房くださいな!」
「あいよー。一番大きいのにしてあげるねー」
「わーい、ありがとうございます!」
店のオジサンの親切で、大きなバナナが手に入った。
ローラはスカートのポケットから財布を取り出そうと思ったが、ハクのせいで両腕が塞がっているので無理だった。
「アンナさん、スカートのポケットから財布を取ってもらえませんか?」
「いいよ。ついでに、こしょこしょ」
「ひゃん! 不意打ちはいけません!」
ポケット越しに太ももをくすぐられてしまった。
隙を見せたらすぐこれだ。
どうしてローラの周りの人はイタズラ好きなのか。
アンナの見た目は無表情で物静かな少女で、実際、普段は大人しい。なのに、どうしてかローラにはイタズラしてくる。
なぜなのか?
「ローラが触りたくなる外見なのが悪い」
「私は悪くないです!」
そんなローラの抗議を無視して、アンナはクールにバナナ代を払い、財布をローラのポケットに戻した。
案の定、戻すときにまた太ももを触ろうとしてきた。
だが、ローラは先読みし、スカートの内側に強力な防御結界を張り巡らせる。
これでポケット越しのサワサワは伝わらない!
「むむ?」
「ふふふ……」
ローラとアンナのやりとりを、果物屋さんは不思議そうに見ている。
達人同士の戦いは、素人には分かりにくいものなのだ。
「負けてしまった。悔しいから、ここにバナナを乗せよう」
アンナはローラの頭の上にバナナを置く。
まるで計って作った帽子のようにジャストフィットした。
しかし、いくらフィットしてもバナナは帽子ではない。
「バナナはちゃんと手で持つべきだと思います!」
「でも、ローラの手はハクで塞がってるし」
「バナナとハクの場所が入れ替わったというわけですか……」
「ぴー?」
ハクは四肢をジタバタと動かし、ローラの体を登ろうとする。
腕の中より、やはり頭の上が落ち着くのだろうか。
それとも、たんにバナナに興味があるだけだろうか。
どちらにせよ、ハクを頭の上に移動させるわけにはいかない。
ローラの肩が凝ってしまう。
ハクよりも遙かに重い物をブンブン振り回せるローラなら、ハクが少し太ったくらい気にならないのでは――昼休みにそんな質問をシャーロットにされた。
だが、いくら力持ちでも、ずっと筋肉を強ばらせているのは疲れるのである。
「ところで、シャーロットさんとミサキさんは? まだ追いかけっこでしょうか?」
「それはもう終わりましたわ」
「シャーロットさん、おかえりなさい。ミサキさんもお疲れ様です」
「沢山モフモフされてしまったであります……」
シャーロットと一緒に帰ってきたミサキは、ぐったりとした声を出す。
モフられすぎて疲れてしまったようだ。
本当はローラもモフモフしたいのだが、ミサキがかわいそうなので我慢する。
なんて大人な考え方だろうか、とローラは自画自賛した。
これでいつ十歳の誕生日を迎えても恥ずかしくない。
「あちらに公園がありましたわ。バナナを食べるなら、そこがよろしいですわ」
「私にとってはシャーロット殿にモフられた公園であります。嫌な思い出しかないであります」
ミサキは悲しげな顔だ。
「まぁまぁ。過去を乗り越えましょう。辛い記憶は忘れてしまいましょう」
「数分前の記憶であります。忘れてしまったら、ただの物忘れが激しい人であります」
「……とにかく乗り越えるのです!」
ローラは強引に話を閉めて、公園とやらに案内してもらった。
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