第205話 神獣のダイエット作戦です

「話が聞こえたであります! 私にお任せであります!」


 突然、ローラの背後から元気な声が聞こえてきた。

 オイセ村出身の獣人、ミサキだ。

 ハクは元々、オイセ村で奉られていた神獣であり、ミサキはその巫女。

 確かに、ハクの相談をするならミサキが最適かもしれない。


「ミサキさん! というわけで、ハクが大変なんですよ。ほら」


「のわぁ! 聞こえてきた話から想像していたよりも丸いでありますよ!」


 テーブルの上で転がっていたハクを見たミサキは、のけぞって驚く。


「どうしてこんなになるまで放置していたでありますか! ロラえもん殿はハク様のお世話係であります! ちゃんと体調管理しなきゃ駄目であります!」


「そ、そう言われても……それを言うならミサキさんだって、オイセ村を代表して王都に来たんでしょう? 学食の仕事ばかり一生懸命で、神獣ハクの巫女としての役目を忘れてたんじゃないですか!?」


「ぐぬぬ……それを言われると辛いであります。確かに、こうしてジックリ見るまで、何の疑問も持たずに注文に応じていたであります」


 ミサキは神獣ハクの巫女だ。本来なら、生まれたばかりのハクのお世話は、彼女の仕事なのだろう。

 しかしハクがローラに懐いてしまったので、ミサキはやることがない。

 そこでミサキは普段、学食で働いている。

 最初は暇つぶしだったはずなのに、いつの間にか「立派な学食のオバチャンを目指すであります」と意気込み始めた。

 どんなに努力しても、まだ十代半ばのミサキがオバチャンになるのは遠い将来の話だが、本人は頑張れば何とかなると思っているらしい。


 そんなミサキは、ローラが「オムレツ二人分!」と注文すると「了解であります!」と元気に返事をして二人分作ってくれた。

 よって、ローラだけに責任があるわけではない。

 ミサキだって立派な共犯だ。


「それでミサキさん。巫女として、ハク減量計画に参加してくださいよ。何か気の利いたアドバイスをしてくれると信じてます!」


「もちろんであります。実は先代のハク様も太ったことがあると言い伝えられているであります。そのときの話を参考にするでありますよ」


「えっ、先代のハクも!? それは意外です!」


 先代ハクは、今のハクの親だ。

 神獣ハクは一匹しかいない。

 何千年も生きてその土地を守り、そして寿命がくれば卵を産んで、死ぬ。


 ローラは先代ハクと、ほんの少しだけ会話したことがある。

 その時点で今のハクを産んでしまっていたから、先代の寿命は尽きかけていた。


 我が子をローラに託した先代ハクは、あのとき、どんな思いだったのだろう。

 まだ子供のローラには、よく分からない。

 大人になったら分かる日が来るのかもしれない。来ないのかもしれない。


 何にせよ、ローラから見た先代ハクは、厳格なイメージだった。

 少なくとも、暴飲暴食をして太ってしまう性格には見えなかった。


「今からさかのぼること、約百三十年前のことであります。それは大賢者殿と先代ハク様が魔神を倒した直後のことであります」


 ミサキは言い伝えを語り始めた。

 魔神のことは誰もが知っている。それを倒したのが大賢者と神獣ハクだといいうのも、有名な話だ。

 しかし、そのあとにハクが太ったというのは初耳だ。

 教科書にも載っていなかったはず。


 きっとオイセ村だけに伝わる、歴史の裏側の出来事だ。

 そんな貴重な話を聞き逃してはならないと、ローラたちは前のめりになって耳を傾ける。


「魔神との戦いの疲れを癒やすため、先代ハク様はオイセ村でゆっくり休んでいたであります。するとそこに、大賢者殿がやってきたであります。魔神討伐に協力してくれたお礼にと、沢山の食料とお酒を持ってきたのであります。そして当時のオイセ村の獣人たちは宴会騒ぎ。大賢者殿に勧められるがまま、先代ハク様もお酒を飲み、盛り上がってしまったであります」


「おお、楽しそうですね! 流石は学長先生!」


「その光景が容易に想像できますわ~~」


「お礼をするのは大切。ふざけているように見えても、学長先生は大切なことは忘れない」


 百三十年も前の出来事。

 ローラたちは当然として、その親の世代ですら影も形もなかった時代の話だ。

 なのに、それをとても身近な出来事のように感じることができるのは、登場人物である大賢者と先代ハクに会っているからだろう。

 特に大賢者は、そこら辺で昼寝をしたりしている。珍しくも何ともない。

 大昔の話を聞いているのに、その人物と知り合いだなんて、不思議な感覚である。


「大賢者殿が持ってきた食料とお酒は、それはもう大量だったであります。宴会は一週間も続いたであります。皆、朝から晩まで飲み食いしたであります。その結果……オイセ村の村人全員と先代ハク様は、まるまると太ってしまったであります!」


「何という悲劇……そりゃ一週間も宴会をしたら自業自得です。でも、学長先生は?」


「それが大賢者殿も同じく宴会に参加していたのに、なぜか一人だけ元の体形のままだったらしいでありますよ」


「むむ……元凶なのに一人だけ助かるとは……流石は学長先生です……」


 流石は学長先生、という言葉を短い間に二回も口にしてしまった。

 しかし言葉は同じでも、込めた意味は真逆だ。


「慌てたオイセ村の獣人は、野山を走り回ってダイエットに励んだであります。しかし先代ハク様は、今のハク様と違って大きいであります。走り回ったら森を破壊してしまうであります」


「確かに、あの巨体が走り回ったら、振動で土砂崩れが起きそうですわ」


「体が大きいというのも、なかなか大変」


「小さい幸せというのもあるんですねぇ……」


 いつも大きくなりたいと願っているローラは、新鮮な気持ちで呟いた。

 それでも大きくなりたいことに変わりはないが。


「まるまる太った先代ハク様を見て、大賢者殿も責任を感じたらしいであります。そして隣の大陸にあると噂される『スリムーンの実』を探して旅だったであります」


「食べるとスリムになりそうな名前の実ですね!」


「まさしく。そういう噂だったであります」


「なるほど! じゃあ、そのスリムーンの実を食べると、今のハクもスリムに!」


「ところがどっこい。無事に隣の大陸まで辿り着いたのに、スリムーンの実は客寄せのためのインチキだったであります。実際はただの美味しいミカン。大賢者殿も先代ハク様も、村おこしに騙されたであります」


「インチキでしたか……でも美味しいミカン食べたいですねぇ」


「ぴー」


「こらこら、ローラさん。ダイエットをしようというときに、美味しいミカンの話などしてはいけませんわ」


「ハクが興味を持ってるよ」


「はっ! 駄目です、ミカンの話は終わりです!」


「ぴぃ」


 ハクは残念そうにしている。

 かわいそうなので、ついついミカンを食べさせてやりたくなってしまう。

 だが、心を鬼にして食べさせない!


「それで結局、先代ハクはどうやって痩せましたの?」


「隣の大陸まで飛んで行って戻ってきたら痩せたであります。やはり運動は大切であります」


「面白みのない結論ですねぇ」


「これは確かに教科書に載らない出来事。歴史の闇に葬られる運命」


「先代ハク様も自分が太ったことを知られたくなかったのか、言いふらさないよう獣人たちにお願いしたらしいであります。しかし、運動は大切という教訓を残したであります。オイセ村では今でも言い伝えられているであります」


 先代ハクにとっては恥ずかしい出来事だったに違いない。

 だが、言い伝えられたお陰で、今のハクのダイエットに役立つ。


「面白みはありませんが、痩せ方が分かりました! さあ、ハク。次の連休は、一緒に隣の大陸まで飛んでいきましょう!」


 ローラがグッと拳を握りしめて提案すると。


「いくら何でも、この小さいハクが隣の大陸まで飛んでいくのは不可能ですわ」


「ローラ、隣の大陸がどのくらい遠いか知ってるの? 世界地図を思い出して」


 シャーロットとアンナが否定的だ。

 世界地図。

 もちろんローラとて、それくらい見たことがある。

 見たことはあるが、パッと思い出せなかった。


「えっと……大丈夫です。私だって冒険者の卵。世界の大きさくらいイメージできます。ほら、遠足のとき、海を越えて小島に行きましたよね。隣の大陸は……あれのちょっと先くらいですよね?」


「ちょっとではありませんわ。千倍は離れていますわ」


「せ、千倍!? はは、まさか……大げさですよシャーロットさん……」


「いや。そのくらい離れてるから」


 断言されてしまった。

 シャーロットだけならともかく、アンナがこれほどハッキリ言った以上、実際にそうなのだろう。

 遠足で行った島の千倍となると、確かにハクが飛んでいくのは無理だ。

 あの大きかった先代ハクが痩せるのも頷ける。


「うーん……じゃあ、別の方法を考えなきゃですね」


「ハク様に効果があるかどうかは分からないでありますが、バナナがダイエットにいいと聞いたであります。食堂のオバチャンたちが言っていたであります!」


「あ、それは私も聞いたことがある。戦士学科の女の子たちが話してた」


「ほほう。二人が別々のところで聞いたということは、信憑性がありそうですね」


「これは放課後にバナナを買いに行くしかありませんわ!」


 ということで授業が終わったあと、校門の前で待ち合わせして街にお出かけだ。

 ちなみにローラはハクを頭に乗せず、両腕で抱きかかえて歩くことにした。

 そうしないと肩が凝って大変なのだ。

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