第204話 ハクが太っちゃいました!

 十二月も中旬となり、もうすっかり寒くなってしまった。

 昨日など初雪が降った。

 雪に興奮したローラは授業中、ずっと窓の外を見つめてしまい、担任のエミリアに怒られてしまった。


 残念ながらその雪は積もるほど降ってくれず、放課後になる頃には溶けてしまった。

 雪合戦ができなくて残念である。

 早く雪遊びがしたいものだ、とローラは思いをはせた。


 そしてローラには、雪遊び以外にも大きな悩みがあった。


「最近、とても頭が重いんです……もしかして、何かの病気でしょうか……」


 その悩みを、思い切って親友二人に相談することにした。

 朝の学食でローラから悩みを打ち明けられたシャーロットとアンナは、それぞれの朝食を食べながら、まじまじとローラを見つめる。

 いや。

 正確には、その視線はローラの頭の上に注がれていた。


「確かに言われてみれば……これはゆゆしき事態ですわ!」


「どうして今まで気づかなかったんだろう……こんなになる前に対処できたかもしれないのに」


「毎日見ていると、変化に気づかないものですわ……」


 シャーロットとアンナは深刻そうに語り出す。

 見て分かるほどの変化がローラの体に起きているということだろうか?

 それはきっと重大な病気だ。


「正直に言ってください! 私の体は……どうなっているんですか!?」


 ローラは覚悟を決めて問いただす。

 すると二人は、ローラの頭に手を伸ばした。


「どうかしたのはローラじゃなくて、こっち」


「明らかに以前よりズッシリとしていますわぁ」


 そしてローラの頭の上でパンを食べていたハクが、テーブルに降ろされる。


「ぴぃ?」


 ハクはどうして自分が移動させられたか分からないという顔で、シャーロットとアンナを見上げた。

 見上げつつ、パンをもぐもぐ。


「あ、頭が軽くなりました! でも、ずっとこうなんです。重くなったり軽くなったり……」


「ローラさん。いい加減気がついてくださいまし。全てはハクのせいですわ」


「ハクのせい? まさか。私の頭はハクの特等席ですよ。もう重さには慣れっこです……って、ハクが大きくなってます!」


 テーブルに座るハクは、ローラの記憶にある姿よりも、一回り大きくなっていた。

 ただし、全長は同じだ。

 横幅だけが増えている。

 特にお腹の辺りが……。


「うわっ、ハク! お腹がブニョブニョしてますよ!」


「ぴー」


 ハクのお腹を指先でつついたローラは、その感触に驚く。

 だが肝心のハクは気にした様子もなく、呑気にパンを完食した。


「これは……明らかに太ったのですわ! メタボリック神獣ですわ!」


「改めて観察すると、とても丸い。あのスリムなハクはもうどこにもいない」


「ああ……何ということでしょう……ハク、どうしてこんな姿に……」


「ぴ!」


 三人が見つめる中、ハクはテーブルの上をコロコロ転がって遊び始めた。

 まるでマシュマロが転がっているような光景だ。


「太る原因は主に二つですわ。食べ過ぎと、運動不足! ハクはどんな生活を送っていましたの、ローラさん」


「そう言われても……ハクは私と同じ物を食べているだけですよ。オムレツとかラーメンとか。連日のオムレツに反省した私がパンを食べるのに合わせて、ハクもパンを食べています」


「原因がハッキリした。ローラと同じ物を食べているから」


 アンナがズバリと言い切る。

 だが、ローラは納得がいかない。


「むむ? 私は太らないのに、ハクだけ太るなんて変じゃないですか?」


「変じゃない。ローラ。自分とハクの大きさを見比べてみて」


「はて?」


 言われたとおり、ローラはハクをまじまじと見つめる。

 そして自分と比較してみた。

 比較するのに立ち上がって並ぶ必要すらなかった。

 頭で考えてみただけで、かなり違う。

 何倍とかそういうレベルではない。

 なのに同じ量を食べ続けていたのだ。


「こ、こりゃ太りますね!」


 当然すぎるほど当然だ。

 なぜ今まで気にもしなかったのだろう。


「そう言えば。ハクが生まれたばかりの頃は、ローラが自分の料理をハクに分けてあげてたのに。いつの間にかハクのを別に注文するようになってた」


「だって、分け与えたら私の分が減っちゃうじゃないですか。それにハクがもっと食べたそうに見てくるので……」


「ぴ!」


 丁度そのときハクが、もっと食べたそうな瞳でローラを見上げてきた。


「駄目ですよハク! 今日から昔みたいに、私の分を分けてあげますから! 一人前は駄目です!」


「ぴぃ?」


 話が通じたのかどうか不明だ。しかしハクが分かっていなくても、ダイエットを強行しないと大変なことになる。

 ハクの重さでローラの背が縮むかもしれない。


「食事制限だけでなく、運動も大切だと聞きましたわ。ハクは運動していますの?」


「うーん……たまにその辺ででんぐり返しとかして遊んでますよ」


「その程度では運動になりませんわ! やはりジョギングですわ!」


「ジョギングですか? ハクはドラゴン型なので、空飛ぶ生き物です。走るのは苦手だと思うんですけど」


「では空中ジョギングですわ。飛び回ってカロリーを使うのですわ!」


 シャーロットは運動の大切さを熱心に語る。

 いつも奇天烈なことしか言わない人だが、今回はかなりまともだ。

 シャーロットがまともなことを言ってしまうくらい、ハクの体型が深刻ということなのだろう。


「ハクはいつもローラの頭に座って移動してるから、運動不足になるのは当然。ちゃんと運動させないと」


「むむ……どうやら私はハクを甘やかしていたようです。神獣ブリーダーとして失格です。今日から心を鬼にして、ハクをスリムにしてみせます!」


「その意気ですわ、ローラさん!」


「がんばれー」


 シャーロットとアンナが拍手をしてくれた。


「ぴー」


 ハクも拍手をしている。

 皆の応援がありがたい。


「えへへ、頑張ります……って、ハク! 何を人ごとのようにしてるんですか! 本当に頑張るのはハクなんですからね!」


「ぴ?」


 やはりハクはことの重大さを全く認識していないようだ。

 おそらく、自分が太っていることも分かっていない。

 なにせ毎日、頭の上に乗せていたローラですら気がつかなかったのだ。

 鏡を見る習慣のないハクに自覚がないのは当然といえる。


「ところで、この中にダイエットの経験者はいるの? 私はないよ」


 アンナが素朴な疑問を口にする。


「わたくし、肥満とは無縁な人生を送ってきましたわ」


「私も太ったことないですねぇ」


「ダイエット経験者がいないのに、闇雲にダイエットしようとしても駄目だと思う。それに人間のダイエット方法が神獣にも効くか分からない」


「おお、流石はアンナさん! 鋭い指摘! すると……誰に相談するのが一番でしょうか?」


 ローラが首をかしげた、そのときである――。

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