第203話 五人目の魔法少女です
ドーラはもの凄い速さで走ったので、足跡がくっきり残っていた。
それは足跡というより、破城槌を地面に打ち込んだかのような穴だった。
それを辿っていくと、ローラの実家に辿り着いた。
「おい。母さんがエミリア先生を担いで帰ってきたぞ。どうなってるんだ?」
庭にいたブルーノが、怪訝そうに尋ねてくる。
「えっとね。エミリア先生と森の中で偶然バッタリ会って。それで、恥ずかしくなったお母さんがご乱心なんだよ」
「なるほどな……おおむね理解した。だからやめろって俺は言ったんだ」
ブルーノは心底呆れた声を出し、また素振りを始めた。
どうやら家の中で何が行なわれているのかには興味がないようだ。
だがローラとしては、自分の母親が担任に危害を加えるようなことになりはしないかと気が気でない。
「ああ、ドーラさん、やめてください! 誰にも言いませんから……そ、それだけは!」
「よいではないか! よいではないか!」
家の中からエミリアの悲鳴と、ドーラの悪役のような台詞が聞こえてくる。
これは大変だとローラ、シャーロット、アンナは玄関から飛び込む。
すると居間でエミリアが水色の魔法少女になっていた。
「うぅ……文化祭のときといい……何でこの歳でこんな格好しなきゃいけないの……」
エミリアは短いスカートを抑え、半べそになっていた。
しかし――。
「エミリア先生、めちゃくちゃ可愛いじゃないですか! どうしたんですか、この衣装」
「ふふふ。実は学長先生用に作っておいたのよ。お土産に持たせようと思って。それがこんな形で役に立つなんてね……さあ、エミリア先生。これであなたも共犯者よ!」
「な、何を訳の分からないことを……脱ぎます!」
「ああ、可愛いのにもったいない……!」
ドーラは狼狽し、あたふたと手を動かす。
「そうですわ。第五の魔法少女になれますわ」
「きっと生徒の人気が更に高まる」
「そんな人気はいりません!」
皆が止めるのも聞かず、エミリアは元の服に着替えてしまった。
「魔法少女エミリアが、何の変哲もないエミリア先生に戻ってしまいました……がっかりです……」
「いくらでもがっかりしなさい! 変な期待をされても困るわよ!」
エミリアは学校にいるときのように怒り出す。
魔法少女の服を着せたのはローラじゃないのに。理不尽だ。
「私は帰ります。ドーラさんの趣味は誰にも言わないので、ご安心を!」
「あ、待って、エミリア先生。せっかくだから、この衣装、持って帰って。いざというとき、役に立つかもしれないわ」
「これが役に立つ、いざというときなんてあるんですか!?」
「人生何があるか分からないじゃない? ほら、急に魔法少女に変身したい気分になるかもしれないし?」
「そんな気分にはなりませんから! 絶対に!」
「まあ、そう言わずに。いらないんだったら学長先生にあげちゃってもいいから。もともと、そのつもりで作ったんだし」
「……分かりました。そういうことでしたら……学長に渡すために受け取るんですよ。私は着ませんからね!」
「分かってる、分かってる」
ドーラは水色の魔法少女衣装を紙袋にいれ、エミリアに渡した。
エミリアはそれを、いかにも渋々という感じで受け取り、家を出て行った。
「学長先生はあの衣装、気に入ってくれるかなぁ?」
ローラはドーラに話しかける。
「学長先生はノリがいいから、喜んで着るでしょ。でも、もしかしたら学長先生の手には渡らないかも」
「え、どうして?」
「だってエミリア先生。私が見る限り、そんなに嫌がってなかったもの。あれはポーズよポーズ」
ドーラはニヤリと笑いながら言った。
「……そうでしょうか? わたくしには本気で嫌がっていたように見えましたが」
「同じく」
「それはあなたたちが子供だからよ。私の目に狂いはないわ。というわけで、エミリア先生のあとを追いかけましょう。見つからないようにこっそりと――」
△
エミリアはドーラから受け取った紙袋を抱きかかえながら、空を飛んでいた。
娘と同じく困った母親だなぁ、とため息をつきながら。
もっとも、この水色の衣装そのものは、いいデザインだ。
エミリアとて子供の頃は魔法少女に憧れていた。
変身して悪と戦いたいなんて思っていた。
その夢が思いがけず実現しそうになってしまったが……いくらなんでも、この歳になってから魔法少女はイタい。
ドーラはローラをそのまま大きくしたような姿なので許されるかもしれないが、エミリアはちゃんと大人なのだ。
いくら衣装があっても、いくら悪と戦える力を持っていても、魔法少女には今更なりたくない。
「……でも。学長に渡す前に、もう一回くらいは着てもいいかしら……?」
似合うとか似合わないとか。
歳がどうとか。
そういうのは抜きにして。
あこがれだった魔法少女になる機会なんて、おそらく一生ないのだし。
「森の中なら誰にも見られないし、ちょっとだけ、ね」
エミリアは高度を落とし、地面に降り立った。
この辺りは町も村もなく、何かの素材が採れるわけでもない。人が来ることなどありえないはずだ。
一応、キョロキョロと見回し、誰もいないことを確認する。
「よし!」
意を決して魔法少女に着替える……否、変身した。
「魔法少女エミリア推参! 私がいる限り、悪は栄えないわ!」
そして子供の頃、何度も練習した決めポーズを取り、誰もいない森に向かって台詞を放った。
すると、誰もいないはずの茂みの中から、ハクを載せたローラの頭がぴょこっと飛び出したではないか。
「――ッ? ッッッ!?」
エミリアは冗談抜きで心臓が止まるかと思った。
少なくとも呼吸は本当に止まった。
そしてローラに引き続き、シャーロット、アンナ、ドーラも現われる。
「エミリア先生。実は魔法少女になりたかったんですね。お母さんが言っていたとおりでした!」
「そんなコッソリやらずとも、わたくしたちの仲間になればよろしいですわ」
「でも、隠れてコソコソしているエミリア先生も可愛い。はなまる」
「うふふ……さあ、エミリア先生。これであなたも共犯……一蓮托生! 大人の魔法少女よ!」
ドーラはこれでもかというくらいニヤニヤ笑いながら言った。
エミリアは完全に言葉を失った。
なにせ、さっきはドーラを露骨に馬鹿にするような態度をとったのだ。それなのに、自分もこうして魔法少女になっている。
弁解の余地など微塵もない。
「ああ……ああああっ!」
エミリアは涙を流して叫んだ。
こうなったら全てを焼き払い、自分も死ぬしかない。
魔力を全力解放。
魔法少女エミリアは悪墜ちする――と、幸か不幸か、そこまで自暴自棄になることもできず、ただうなだれることしかできない。
「エミリアせんせー、元気出してください。言っておきますけど、今度ばかりは私のせいじゃないですよ。正真正銘、エミリア先生が自分の意思で魔法少女になったんですから。さ、仲間になりましょう!」
「もう、どうにでもして……」
こうしてエミリアは五人目の魔法少女になった。
めでたし、めでたし。
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