第202話 魔法少女の衣装、完成です

「ローラ。シャーロットちゃん。アンナちゃん。起きて。完成したわよ」


「う、うーん……朝ご飯……?」


 母親に揺すり起こされたローラは、目を擦りながら大きなアクビをする。

 壁の時計を見ると、まだ七時。

 休日だというのに、学校がある日と同じ時間に起きてしまった。


「何言ってるのよ。魔法少女の衣装よ。頑張って徹夜で作ったんだから。早速、着てちょうだい」


「え……!? もう完成したのっ?」


「お母さんは昔、スカイフィッシュよりも速い槍さばきと言われていたのよ。それと同じ速さで手を動かせば、一晩で楽勝!」


「凄い……! 何週間もかかると思ってたのに……」


「一刻も早くあなたたちの魔法少女姿が見たくって」


 それにしたって速すぎる。

 もちろん、ありがたい話だが、ローラは母親の体調が心配になった。

 しかし顔色はいいし、声も元気溌剌だ。

 Aランク冒険者の体力は伊達ではないということだろう。


「むにゃむにゃ……おはようございますドーラさん……」


「もう朝なの……? せっかくローラを眺める夢を見ていたのに……」


「アンナさん、何なんですか、その変な夢は」


「おはよう三人とも。ほらほら。どう? 可愛いでしょー?」


 ドーラはベッドの上に並べていた魔法少女の衣装を手に取り、誇らしげに見せてきた。

 ふりふりで、ひらひらだ。

 期待していた以上に可愛い!


「す、素晴らしいですわ! 一瞬で目が覚めてしまいましたわ!」


「早速、着てもいいの?」


「もちろんよ。そのために起こしに来たんだから」


「お母さん、私のはこのピンクのやつ?」


「この紫色のが私の?」


「わたくしのは落ち着いた感じの深緑ですわぁ。大人っぽくて素敵ですわぁ」


 ローラたちは大喜びで魔法少女に着替える……否、変身する。


「じゃじゃーん! なんと私は魔法少女ローラだったのです! クラスの皆には内緒ですよ!」


「魔法少女ゴージャス・ゴシック・シャーロット、見参ですわ!」


「魔法少女アンナ……ちょっと恥ずかしいけど、頑張る」


 制作者であるドーラに見せつけるため、ローラたちはポーズを取った。

 ところが、いつの間にかドーラの姿が部屋から消えていた。


「ぴー?」


 目覚めたハクが、魔法少女の姿でポーズを決めているこちらを不思議そうに見つめてくる。何だか空しい。


「お母さん、どこに行ったんだろう?」


 あれだけローラたちの魔法少女姿を見たがっていたのに。トイレを我慢できなくなったのだろうか。

 待っていれば、そのうち帰ってくるだろうと思った刹那、ドアを開け放って帰ってきた。


 そのドーラもまた、魔法少女だった。


「じゃじゃーん! 魔法少女ドーラよ!」


「わっ、お母さん、自分の衣装まで作ってたの!?」


「ふふふー、あなたたちのを作っていたら、私も魔法少女になりたくなっちゃって」


 そう言ってドーラはくるりと回転し、オレンジ色のスカートをふわりと広げる。


「お、お可愛らしいですわ! 流石はローラさんのお母様。大人になっても少女のままですわぁ!」


「ローラをそのまま大きくした感じ。凄い。でも、ドーラさんって魔法使えるの? 魔法使えなきゃどんなに可愛くても魔法少女じゃないと思うんだけど……」


「気合いの本気モードが強化魔法らしいから、一応、魔法少女と名乗ってもいいんじゃないかしら?」


「たしかに! じゃあお母さんも入れて四人で魔法少女のチーム結成! そしてハクは不思議小動物!」


「ぴー」


 呼ばれたハクはローラの頭の上に移動する。

 これで魔法少女ローラは完全体だ。

 あとはモンスターと戦うだけである。


「さあ、出陣ですよ!」


「あら、ローラさん。年内は大人しくしている予定では?」


「大丈夫です。ちゃんと校則を守ってDランク以下のモンスターと戦います。あくまで魔法少女の姿で戦いたいだけです」


「この姿で外に出るのはかなり恥ずかしいけど……皆と一緒ならきっと大丈夫」


「ぴ!」


 というわけで、魔法少女四人はタタタタと階段を降り、家の外に飛び出した。

 庭ではブルーノが素振りをしていた。

 彼は自分の妻の姿を見て、ギョッとした顔になる。


「おいおい……自分の歳を考えろよ!」


「歳なんて関係ないわ! 変身した私は永遠の十七歳! 喰らえ、マジカル気合いの本気モードパンチ!」


「ぐえっ!」


 歳のことをツッコまれたドーラは、ブルーノのみぞおちに強烈なパンチを突っ込む。

 あまり魔法少女っぽくない技だ。マジカルという言葉が空しく響く。


「ごめんなさいお父さん……私は魔法少女として戦いに行かなきゃならないの……家の掃除と洗濯をお願いね……」


 ドーラは最終決戦に赴く主人公のような口調で語る。

 悲壮感が漂うほどの名演技だが、何のことはない。ただ家事を夫に押しつけただけだ。


 マジカル気合いの本気モードパンチでブルーノが悶絶している隙に、魔法少女四人は森へと走り始めた。


「モンスター♪ モンスター♪ 出ておいで~~攻撃魔法で一撃です~~♪」


 ローラは先頭に立ち、適当に歌いながらズンズン進んでいく。


「ローラさん、そんな歌だと、逆にモンスターが逃げるのではありませんの?」


「一撃必殺されると言われて出てくるモンスターはいない」


「ど、どうせ人間の言葉なんて分からないので大丈夫ですよ!」


 と、ローラは弁明する。


「でもローラ。そんな大声で歌っていたら、言葉が通じなくても弱いモンスターは逃げちゃうわよ。逆に強いモンスターを呼び寄せちゃうし」


 ドーラが指摘してくれた。


「むぅ……じゃあ小声で歌う……」


「あ、歌うのはやめないのね」


 ローラは意地を張って歌い続けた。

 が、数分で飽きたので、やっぱりやめることにした。

 そして四人は森の中をウロウロし、決めポーズの練習などをしながらモンスターを探す。


「もう二時間くらいウロウロしたのに、モンスター出てきませんねぇ」


「もしかして、町の周りのモンスターは、師匠が全部倒しちゃった?」


 アンナが呟くと、ドーラが手のひらをポンと叩いた。


「あ、それね。昨日、見回りしたばかりだし。生き残ったモンスターも逃げたと思うから、しばらくこの辺りは平和よ」


「平和なのはよろしいですが、わたくしたちの目的を果たせませんわ」


「じゃあ、ちょっと遠くに行きましょう。もし間違って大型モンスターと戦うことになっても、お母さんがトドメを刺せば校則違反にはなりません!」


「そうね。私は永遠の十七歳だけど、生徒じゃないから平気よ」


「お母さん、頼もしい!」


 方針が決まったので、ローラたちはテクテク歩きをやめ、シュパパパと素早く走り始めた。

 そして三十分ほど走った先で、ズシンズシンと地面が揺れているのを感じる。


「これは明らかに大型モンスターの気配です」


「大当たりですわぁ」


「もしかして、また真紅の盾が襲われていたりして」


「あら。真紅の盾って王都で有名なパーティーでしょ? それがどうしたの?」


「あのね、不思議なことにね。私たちがモンスター狩りに行くと、真紅の盾が大ピンチになってる場面に出くわすの。今まで何回助けたっけ……覚えてないくらい」


「へぇ……じゃあ今回もいるかしら」


 魔法少女四人は、音がする方角に向かって進んだ。

 そして茂みから顔を出して、どんな状況なのか探る。


 そこには泉があった。

 深い森の奥にぽつんと湧き出た泉というのは、何となく幻想的なおもむきがある。

 しかし、その近くに巨大なザリガニがいたので、雰囲気が損なわれていた。


 学校の教室からはみ出してしまいそうなほど大きい。

 もともとザリガニに幻想的なイメージなどないが、ここまで大きくなるとグロテスクですらあった。


 そんな巨大ザリガニと対峙する、水色の髪の女性が一人いた。

 メガネをかけたその横顔に、ローラは見覚えがある。


「なんと。エミリア先生じゃないですか」


 茂みの中から、ローラは小声で呟く。

 まさか、こんなところで担任と出くわすとは思っていなかった。

 エミリアはまだローラたちに気付いておらず、巨大ザリガニとにらみ合っている。


「ザリィィィィィッ!」


 巨大ザリガニがハサミを広げて威嚇した。

 その瞬間、エミリアはザリガニよりも更に大きな炎の精霊を召喚。体当たりにより、ザリガニを丸焼きにしてしまった。


「おお、流石はエミリア先生。凄い魔力です」


「改めて見ると強い。ケラウノスとアネモイを使っても、まだ勝てないかも……」


「わたくしは勝つ自信がありますわ。どんな攻撃も当たらなければどうということはありませんわ」


 シャーロットは自信たっぷりに言う。

 なるほど。確かにシャーロットの、なんちゃらディメンション・バリヤーは強力だ。空間を歪めて攻撃をそらすのだから、火力で突破するのは不可能である。

 だがディメンション・バリヤーは、シャーロットの集中力をガリガリ削っていく。

 実際、夢の世界の戦いで、アンナは圧倒的手数でディメンション・バリヤーを破り、相打ちに持ち込んだ。


 エミリアはアンナよりも戦いの経験が豊富だ。

 となれば当然、ディメンション・バリヤーの弱点を看破し、シャーロットの集中力の隙を突いてくるだろう。


「……あら? ローラさん?」


 巨大ザリガニを倒したエミリアは、ようやく茂みの中から顔を出すローラたちに視線を向けた。


「奇遇です、エミリア先生。モンスター狩りなんて珍しいですね」


「たまには冒険者らしいことをしないと腕が鈍るかと思って。そういうローラさんたちは?」


「私たちはですね……じゃじゃーん!」


 ローラは茂みから飛び出す。残りの三人もそれに続き、皆でさっき練習していたポーズを決める。


「私たちは魔法少女に変身し、モンスターと日々戦っているのです! クラスの皆には内緒ですよ!」


「ドラゴンでもドンと来いですわ!」


「あらゆる敵を一刀両断」


「永遠の十七歳!」


「ぴー!」


 それぞれ好き勝手な台詞を吐き終わると、ローラの魔力で背後に爆発を起こした。

 格好いい。

 まるで本物の魔法少女の登場シーンみたいだ。

 ローラはそう自画自賛していたのだが、エミリアはどう反応していいのか分からないという顔をしている。


「あ、あれ……? ウケがよくないですね……」


「ウケっていうか……まあ、ローラさんたちはいいとして……ドーラさんまで……」


 エミリアは苦笑いしながらドーラを指差した。

 そのあと、沈黙が流れる。

 確かに冷静に考えると、いい歳をした一児の母が魔法少女の格好をして「永遠の十七歳」と言い出したら、かなりイタイかもしれない。

 いや、かもしれないというより、確実に恥ずかしい。


 魔法少女の衣装が完成した喜びでハイテンションになっていたが、他人から指摘されると、一気に冷静になってしまう。


「あ、あわわわ……娘の担任に見られた……エミリア先生、このことは忘れて!」


 ドーラは急に真っ赤になり、ローラの後ろに隠れた。

 しかし「見られた」のではなく自ら飛び出して見せつけたのだ。

 忘れろと言ったところで、インパクトがありすぎて不可能だろう。


「いや、あの……ドーラさんの見た目はお若いので……十七歳に見えますから、大丈夫でしょう……趣味は人それぞれですし……」


 エミリアはフォローしてくれた。だが棒読みだった。

 ドーラは「ああっ!」と叫んで頭を抱える。


「こうなったら……エミリア先生も巻き込むしかないわ! 覚悟!」


「え、ちょっとドーラさん!?」


 どこに隠していたのか、ドーラはロープを取り出し、恐るべき速度でエミリアをぐるぐる巻きにしてしまった。

 同じAランク冒険者でも、やはりドーラのほうが格上らしい。エミリアはまるで反応できていなかった。

 そしてドーラは、エミリアを縛り上げて担ぐと、ズダダダと土煙を上げて走り出してしまった。


「お母さん、どこに行くの!?」


「ドーラさんがご乱心ですわ」


「エミリア先生が誘拐されちゃった。追いかけよう」


「ぴー」


 ローラは「仕方ないなぁ」とため息をつき、母親のあとを追った。

 それにしてもエミリアは、魔法少女に変身したローラたちの正体を一目で見破ってしまった。相変わらず、凄い推理力である。

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