第201話 野菜は体にいいのです
「なるほど。あの校則か。あれには俺と母さんも苦しめられたもんだ。普通の生徒が粋がって強いモンスターにかかっていくのを防ぐために必要だと分かっちゃいるんだがな」
鍋を食べながらローラたちが今日ここに来た理由を説明すると、ブルーノは懐かしげに言った。
「師匠とドーラさんは、どうやって先生たちの目を欺いたの?」
アンナはそう質問してから大根をモグモグした。
「確かに、興味ありますわ!」
シャーロットも鶏肉にフォークを突き刺しながら言った。
「どうやって、と言われてもな。そんな本気で誤魔化してなかったよな? バレて先生たちに止められそうになったら、力尽くで強行突破して――」
「ちょっと、お父さん。そういうことをローラたちの前で言わないの。教育に悪いでしょ。ローラ、シャーロットちゃん、アンナちゃん。私たちの真似をしたら駄目だからね? 私たちは何というか……あまりよろしくない生徒だったから」
「ああ、うん。そこは何となく分かってるから、言われなくても真似しないよ」
ローラが椎茸をハクに食べさせながら言うと、両親は残念そうな顔をした。
「ローラがちょっと冷たい反応だわ……」
「悲しいなぁ……昔はもっと、お父さんとお母さんのやることに何でも感心してたのになぁ……」
「そんなこと言われても……」
ローラとて、いつまでも子供ではいられないのだ。
いや、今も子供かもしれないが、子供レベル1から子供レベル2くらいには成長しているのだ。
親のやったことだから全肯定という精神構造は、とっくの昔に卒業している。
もちろん、両親を嫌いになったというわけではない。
むしろ、親元を離れて生活し、より一層、そのありがたみを知った。
その上で、駄目なところは駄目だと判断できるようになったのだ。
「冗談、冗談。ローラが少しずつ大人になっているのは分かってるもの。私とお父さんが学生だった頃より、ずっとしっかりしていると感心しているくらい。ね、お父さん」
「お、おう……?」
ブルーノは曖昧な返事をしてから、ニンジンをパクパク食べた。
もしかしたら、堂々と校則を破ってこそギルドレア冒険者学園の生徒――なんてことを思っていたのかもしれない。
しかしローラたちはそこまでの度胸がないのだ。ブルーノには申し訳ないが、コソコソと校則を破ることにする。
「ふぅ……大変、美味しかったですわぁ」
「美味しかった上に、野菜が沢山で体にいい。オムレツばかり食べているローラも、これでバランスが取れたはず」
「べ、別にオムレツばかり食べているわけじゃありません!」
「そんな、必死にならなくても、ローラがオムレツばっかり食べてるのは分かってるから大丈夫よ」
「そうそう……って、違うってば! 他の物も食べてるから! 本当に!」
嘘ではない。
秋はオムレツをお休みして、焼き魚やキノコなどを中心に食べていた。
最近はまたオムレツに戻っているが……オムレツばかり、というのは間違いである。
「はいはい。分かってる分かってる。それはそうと。魔法少女の衣装を作るために、サイズを図るわよ。お父さん、皿を洗っておいてね」
「何だと? 俺もローラたちと遊びたいぞ!」
「女の子のサイズを計るのに混ざっちゃ駄目でしょ!」
「それは、確かに……」
ドーラに一喝されたブルーノは、大人しく引き下がった。
きっとブルーノは、ローラたちと剣を交えたり、筋トレしたりしたかったのだ。
それが体のサイズを計るという乙女チックなことを言われ、どうしていいか分からなくなったのだろう。
ブルーノはムスッとした顔で、皆の食べ終わった皿をキッチンに運んで洗い始めた。
それを横目で見ながら、ローラたちはクスクス笑って、二階に移動する。
ローラの部屋で体のサイズを測り、それが終わると女性全員でお風呂に移動する。
「ぴー」
神獣ハクも一緒だ。
お風呂の釜にはまだ火をつけていなかったが、ここにはローラとシャーロットがいる。
水を熱くするくらい、一秒もかからない。
そこまで広くない湯船だが、代わりばんこに入って、体を洗いっこする。
「あ。思いつきで来たので、パジャマを持ってきていませんわ!」
「そんなことだろうと思って、私のパジャマを用意しておいたわ。アンナちゃんと違って、シャーロットちゃんはサイズが近いでしょ?」
「助かりますわぁ」
シャーロットはアンナと似たようなパジャマを着る。
確かにサイズはピッタリだった。裾を引きずるようなことはない。
ちなみにローラは、実家に残していた自分のパジャマを着る。
入学前の物なのでサイズが合わない……ということもなく、ピッタリだった。
そこのことにローラは少し頬を膨らませる。
「ローラは王都に引っ越してから成長が遅くなったわねー。好きなものばかり食べてるからじゃないのー?」
「そんなんじゃないもん。来年一気に大きくなるために、栄養を貯めてるんだよ」
そんな誰もだませないような言い訳をして、ローラはハクを抱きしめて脱衣所を出る。
居間のテーブルでは、ブルーノがウトウトしていた。
モンスター狩りをした上に皿洗いをやらされたのだから、疲れて当然だ。
「お父さん、お休みー」
「ぴー」
「おう……おやすみ……」
かろうじてブルーノは返事をしてくれた。
ローラはタタタと二階の自分の部屋に行く。
そのあとをシャーロットとアンナが追いかけてきた。
「相変わらず、ローラの実家のベッドは大きい。三人でも余裕」
「わたくしたちのために作られたとしか思えませんわぁ」
「このために作られたかどうかは分かりませんが、広いのはいいことです。ところでお母さんは?」
「魔法少女のデザインをすると言っていましたわ」
「おお、さっそく! じゃあ私たちは、いつでも魔法少女になれるよう、ぐっすり寝ましょう」
「ぴー」
適当な理由をつけて、ローラはベッドに潜り込んだ。
シャーロットとアンナも異論はないらしく、ローラの左右にくっついた。
特にアンナは気絶するくらい全力で飛んだので、疲れているだろう。
すでに半目になっている。即座に眠ってしまいそうだ。
それでも、ちゃんとケラウノスとアネモイを二階のこの部屋まで運んできて壁に立てかけてある。偉い。
――ブゥゥゥン。
――ぶぅぅぅん。
二本の刀身から、嬉しそうな音が鳴る。
「ぴ、ぴー」
なぜだかハクがそれに応えた。
何を言っているのかローラにはサッパリ分からないが、人外同士、通じ合うものがあるのかもしれない。
古代文明の剣と、神獣。
まるで別種の存在だが、だからこそ仲良きことは素晴らしい。
などと思っていると、ローラは眠くなってきた。
いつの間にか、シャーロットとアンナが左右で寝息を立てている。
ハクも布団にもぞもぞ入ってきて、頭だけ出して目を閉じた。
「じゃあ……私も寝ます……おやすみなさい……」
「ぴぃ……」
それから部屋で音を発する者はなく、朝までローラはぐっすり熟睡した。
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