第200話 お母さんに衣装を作ってもらいます

「ふんふんふーん、ふふふーん♪」


 ドーラ・エドモンズは鼻歌を歌いながら、家の前に干していた洗濯物を取り込んでいた。

 空は綺麗な夕焼け。

 その空模様が目の前にある湖に映り込んで、息を呑むほど美しい。

 冒険者の第一線を退いてから、ずっとこの町で暮らしているが、自然は毎日違った姿を見せてくれて、飽きることはない。

 もちろん、いつかまた戦いの場に出たいとも思っているが……もうしばらく穏やかな生活に浸っている予定だ。

 少なくとも、ローラが学校を卒業するまでは。


「ローラは今頃、何をしているのかしら? またフラッと友達を連れて遊びに来てくれたら嬉しいんだけど」


 そうドーラが呟いた瞬間。

 上空から剣呑な気配が迫る。


「――ッ!?」


 ドーラが見上げると同時に、足下に猛烈な速度で剣が突き刺さった。

 土に深々と突き刺さり、土砂を巻き上げ、小さな穴を開けてしまった。


 それだけでも珍事だが、更に驚くべきことに――剣に続いて女の子も落ちてくる。

 赤い髪の少女。

 ローラの友達のアンナという子だ。


「え、え?」


 不意のことにドーラは慌てるが、体は勝手にアンナを受け止める体勢を整えていた。

 なにせ、以前にも似たようなことがあった。

 あのときはシャーロットが墜落してきたが……最近の子供の間では、空から墜落するのが流行っているのだろうか。


「気合いの本気モード!」


 ドーラは気合いを入れ、全身からオーラを放つ。

 そしてアンナを胸と腕を使って抱き止める!


 反動で後ろに下がってしまうが、問題ない。

 かつてベヒモスの体当たりを正面から止めたことがある。

 それに比べれば、空から亜音速で落ちてきた少女くらい、どうということもない。


「ふんっ!」


 と、かけ声を出し、わざと仰向けに倒れて力を受け流す。そのままアンナを投げて、湖にポチャンと落とした。


「おかーさーん!」


 そのとき、空からローラが降りてきた。頭の上には白いドラゴン型の神獣ハクがしがみついている。シャーロットも一緒だ。


「ローラ、おかえり。ハクちゃんとシャーロットちゃんもいらっしゃい」


「ただいまー」


「ぴー」


「お邪魔しますわ」


「それで……アンナちゃんはどうして墜落してきたの? どっちかの背中から落っこちたの?」


「そうじゃないの、お母さん。アンナさんは魔法剣のおかげで自力で飛べるようになったんだけど――」


 ローラが説明している途中、湖からアンナが自力で上がってきた。

 ガタガタガタと全身が震えている。


「寒い……寒い……」


 十二月の湖に突っ込んだのだ。それは寒いだろう。


「ごめんね、アンナちゃん……でも……そうでもしないと勢いを殺せなかったのよ」


「それは分かってる……へっくちゅん!」


 アンナは盛大なくしゃみをし、鼻水をにょろーんと垂らした。


「大変ですわ! 早くアンナさんを温めませんと!」


「着替えも必要です! お母さん、何か用意して!」


「分かったわ。暖炉に火が付いてるから、とりあえず家の中に入りなさい」


「お世話になります……へっくちゅん!」


 アンナはお礼とくしゃみを同時にしながら、ローラとシャーロットに付き添われ、家に入った。

 ドーラは寝室に行き、タンスから自分のパジャマを取り出す。かなりサイズが違うが、制服が乾くまで我慢してもらうしかない。


 居間に戻ると、暖炉の前で少女三人が座っていた。

 微笑ましい光景だ。

 久しぶりにローラが帰ってきたのが嬉しいし、その友達たちのこともドーラは気に入っている。

 娘が増えたような感覚だ。


「……ところで、この部屋、暑くない?」


 暖炉に薪をくべたのはドーラだが、それにしたって温度が上がりすぎだ。

 真夏と大差ない。


「あ、お母さん。ちょっと魔法で暑くしたの。アンナさんが風邪を引かないように」


「へっくちゅん……ご迷惑をおかけします……へっくちゅん!」


 アンナは裸にバスタオルを巻いただけの姿でくしゃみをする。


「アンナさん、お可哀想ですわ……わたくしが温めて差し上げますわ!」


 シャーロットはアンナにむぎゅーっとしがみつく。


「普段ならうっとうしいと言うところだけど、今だけはありがたい。ぬくい」


「あ、シャーロットさんだけズルいです。私もアンナさん温めます。ぎゅー」


「ぴー」


 ローラは何やら対抗意識を燃やし、同じようにアンナに抱きつく。するとハクも真似をしたくなったのか、アンナの頭の上に移動した。


「ぬくいぬくい。皆、ありがとう」


 いつの間にかアンナのくしゃみと鼻水は止まっていた。

 だが、いつまでもタオル一枚で過ごしていたら、本当に風邪になってしまう。


「アンナちゃん。これに着替えて。大きくて申し訳ないけど。あと制服を貸して。干しておくわ」


「何から何まで、ありがとうございます」


 パジャマを受け取ったアンナは、頭からすっぽり被る。

 それはワンピース型のパジャマなのだが、袖も裾も余ってしまい、ずるずる床を引きずることになった。


「予想以上にブカブカだけど、可愛いからこれはこれでアリね」


「流石はローラさんのお母様。激しく同意見ですわ!」


「あら。シャーロットちゃん、いい趣味してるわね」


 ドーラはシャーロットとハイタッチをしてから、アンナの制服を窓際に干した。

 あとは庭に干したままにしていたシーツだが……さっき空から落ちてきた剣が巻き上げた土砂で汚れてしまった。明日、改めて洗濯しないと。

 その剣は今、ローラの腰にぶら下がっている。

 犯人は娘だったのだ。

 これは明日の朝、洗濯を手伝わせないと。


「ところでお母さん。お父さんは? モンスター狩り?」


「そうそう。特に強いモンスターが出たってわけじゃないんだけど、この辺は私とお父さんしか冒険者がいないから。定期的に見回りしないと、知らないうちにモンスターが繁殖しちゃうの」


「そうだよねー。王都は冒険者ギルドがあるから冒険者が沢山いるけど……この町にもギルドを作ればいいのに」


「うーん……実は私と父さんが引っ越してくる前は小さなギルドがあったんだけど……潰れちゃったのよね」


「どうして?」


「そりゃ、お父さんがモンスターを片っ端から倒すから、他の冒険者の仕事がなくなって、冒険者が他の町に行っちゃったからよ」


「あ、そっか……あれ? じゃあお父さんとお母さんは、モンスターを倒して、誰から報酬をもらってるの?」


「普段は見守りご苦労様って町の人から野菜をもらったり……あのモンスターを倒してくれって頼まれたときはちゃんと現金で受け取るけど」


「へえ、そうだったんだぁ……でも、それだけで生活できるの?」


「大丈夫よ。昔の蓄えがまだあるから」


 ローラは実家の収入源を知り、感心した声を出す。

 今までお金の話に興味など持たない子だったが、王都で暮らしているうちに、意識が変わってきたらしい。

 脳天気なように見えて、しっかり成長しているのだ。


「それよりも。今日は何の用事? ただ遊びに来ただけ? それでも大歓迎だけど」


「半分は遊びだけど、お母さんに作って欲しいものがあるの」


「あら、なぁに?」


「えっとね……魔法少女の衣装!」


「魔法少女って、絵本とかに出てくる魔法少女?」


「そう! 私とシャーロットさんとアンナさんの衣装を作って欲しいんだけど……無理かな?」


 ローラはキラキラした目で聞いてくる。

 シャーロットとアンナも一緒に目をキラキラさせていた。

 これは作ってあげるしかない。


「分かったわ! あなたたちに似合う魔法少女の衣装を作ってあげようじゃない! ところで……何に使うの?」


「それは、えっと……」


 饒舌に話していたローラが、急に言葉に詰まった。

 まさか、悪いことに使おうとしているのだろうか。

 しかしローラは当然として、残る二人も悪い子には見えない。

 そもそも魔法少女の衣装を、どう悪用しようというのか。

 色々と考えた結果、ドーラは一つの仮説に辿り着く。


「さては……それで正体を隠して、強いモンスターと戦う、とか?」


「凄い! どうして分かったの!?」


 ローラはあっさり白状した。

 この辺の素直なところは、ちっとも変わっていない。


「そりゃぁ、もちろん。お母さんとお父さんも在学中、あの校則には悩まされたから。お面を被ってモンスターと戦ったり……」


「やっぱり! あの校則、破りたくなるよね!」


「Dランク以下のモンスターと戦うくらいなら、素振りでもやっていたほうがマシよ」


「分かる。弱い者いじめしてるみたいで、何かやだよねー」


「弱いモンスターは弱い冒険者が狩ればよろしいのですわ。わたくしたちのように強い冒険者が強いモンスターと戦わなければ、戦力の無駄遣いというものですわ!」


 シャーロットは拳を握りしめ、力強く語った。

 ドーラは「そうそう」と頷こうとした。が、しかし大人が率先して校則違反を推奨するのもどうかと思い直す。

 あの校則は確かに邪魔だが、普通の生徒に合わせて作られた校則だ。

 自分たちが大丈夫だからといって、公然と破っていいものではない。


「でも、あなたたちはまだ学生だからね。強さ的には一流でも、何かあったときに責任を取るのは先生たちだから。建物を壊したり、誰かを巻き込んだりするかもしれないでしょ? だから……ほどほどにね」


「「「はーい」」」


 少女三人は素直に返事をした。

 実際、正体を隠さないとモンスター狩りもできないほど監視されているのでは、嫌でもほどほどになるだろう。

 ドーラは自分の少女時代を思い出す。いつも先生たちがドーラとブルーノの行動に目を光らせていた。

 当時はうっとうしいと思っていたが、今考えると、自分たちは酷い問題児だった。

 きっと、この三人も似たような感じで学校生活を送っているに違いない。

 エミリア先生には苦労をかける。

 今度、改めて挨拶に伺いたいものだ。


「それでもちろん、今日は泊まっていくのよね? あとで皆のサイズを計るわよ」


「うん。泊まってくよ。明日も明後日も休みだし!」


「よかったぁ。そろそろ、あなたたちが遊びに来ないかなぁって楽しみにしてたのよー」


「そうだったんだ。お母さん、寂しがり屋!」


「あら。ローラだって家に帰ってくる口実ができて嬉しいんじゃないの?」


「えへへー」


 ローラは照れくさそうな笑顔を浮かべた。

 あまりにも可愛すぎて、ドーラは抱きついて頬ずりしたい気分になった。

 だが、友達が見ている前で母親にそんなことをされたら恥ずかしいだろう、と遠慮していたのだが。


「ローラさんお可愛らしいですわぁ!」


 シャーロットがローラを抱きしめ頬ずりを始めた。

 先を越されてしまったドーラは、ぽかんとそれを眺める。


「はっ! ドーラさんが見ている前でわたくしとしたことが!」


 どうやら反射的にやってしまったようだ。シャーロットは恥じ入るように赤くなり、ローラから離れた。


「シャーロットちゃんは本当にローラが好きなのねー。いっそ結婚でもしちゃう?」


「け、けけ、結婚!? そんなわたくしとローラさんが結婚! まだわたくしたちは学生ですので……しかし、ドーラさんがそう言うのでしたら、結婚を前提にしたお付き合いを……」


「もう。女の子同士で結婚できるわけないじゃない、お母さん。シャーロットさんも冗談に付き合わなくていいですよ」


「あんまりイチャイチャしてるから。シャーロットちゃん、からかってごめんね」


「べ、別に構いませんわ……」


 シャーロットは引きつった声を出す。

 本当にローラと結婚したかったのだろうか。いや、まさか。


「おーい、帰ったぞー」


 そこにドーラの夫、ブルーノが帰ってきた。

 彼は背中に大きなカゴを背負っている。中身は沢山の野菜だった。


「お父さん、お帰り!」


「お邪魔していますわ」


「師匠、久しぶり」


「ぴー」


「おう。おまえら来ていたのか! ローラ、少しは大きくなったか?」


「なってるよ! 多分!」


 そう言ってローラはブルーノの前に立った。


「……お父さんにはあんまり変わらないように見えるが」


「酷い! 入学前に比べたら大きくなったよ、小指の爪くらい!」


「小指の爪じゃ分からんぞ」


「じゃあ、来年は一気に頭一つ分くらい伸びる!」


 ローラはつま先立ちになり、自分を大きく見せようと頑張る。それでも小さいのが可愛い。

 そんなローラを、ドーラだけでなくシャーロットとアンナも微笑ましく見ていた。暖炉の前で一体感が生まれていた。


「ハク。私の頭の上に来るのです!」


「ぴぃ」


 暖炉の前で丸くなっていたハクは、パタパタと羽ばたいてローラの頭部に着地した。


「ほら。ハクの分、大きくなったよ、お父さん!」


「それは……大きくなったと言わないぞ」


「ぐぬ……私とハクは一心同体だから、ハクが乗っかったら私が大きくなったのと同じなの!」


「ぴー?」


「そのハクが不思議そうな声を出してるんだが、本当に一心同体なのか?」


「おおむね!」


 おおむねレベルの一心同体では、身長が大きくなったとは誰も認めないだろう。

 ローラもそれを自覚しているのか、ヤケクソのようにぴょんぴょん飛び跳ねた。


「ジャンプしたら! お父さんより! 大きいから!」


「分かった、分かった。ところで母さん。皆から野菜をもらってきたぞ。丁度よくローラたちもいるし、鍋にしないか?」


「いいわ。やっぱり冬は鍋ねー」


「えー、オムレツじゃないの?」


「オムレツ以外も食べなきゃ大きくなれないって、いつも言ってるでしょ?」


「むー、分かった。お母さんの料理はオムレツ以外も美味しいから、何でも食べる」


 ローラは嬉しいことを言ってくれる。料理を作る者として、こんなにありがたい言葉はない。

 これは腕によりを掛けて作らないと。

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