第199話 魔法少女になりましょう
魔法少女とは――魔法を使う少女のことである。
という解説だとローラもシャーロットも魔法少女になってしまうので、もっと細かい定義が必要だ。
ローラが魔法少女を最初に知ったのは、昔に読んだ絵本だ。
どこかの町に住んでいた普通の少女が、古代文明が残した杖に選ばれ、魔法少女に変身して悪と戦う絵本だった。
そう。変身である。これこそ魔法少女の定義だろう。
絵本の他に、小説とか演劇などで魔法少女は登場する。
それら全ての魔法少女は何らかの方法で変身する。それも可愛らしい衣装に。
「なるほど、魔法少女ですの。それは盲点でしたわ」
「魔法少女のローラ……絶対に可愛い」
「私だけでなく、アンナさんもシャーロットさんも魔法少女になるんですよ!」
図書室の机で『今日からできる魔法少女』を広げ、ローラたちは次の変装はこれだ、と閣議決定を下す。
「分かってる。割と楽しそう」
「ふふふ。私はゴージャスな魔法少女に変身しますわ」
皆、かなりノリノリだ。
「ぴー」
おまけに魔法少女と行動を共にする不思議な小動物もちゃんといる。
物語に登場する不思議小動物は大抵、古代文明が作ったという設定だが、ハクは古代文明よりも更に昔からいる神獣だ。
不思議小動物としての資格は十二分にある。
「でも、問題がある。この本は、色んな物語に出てくる魔法少女を紹介してるだけで、魔法少女に変身する方法が書いてあるわけじゃない。だから、衣装は自分たちで用意しないと」
「大丈夫ですよ、アンナさん。こういう時は、シャーロットさんの実家から衣装が出てくるパターンです! さあシャーロットさん、見せ場ですよ!」
文化祭のときシャーロットは、実家に余っているメイド服を大量に持ってきてくれた。
今回もそれを期待したのだが――。
「さ、流石のガザード家も、魔法少女の衣装はありませんわ……!」
「あれ!? 当てが外れてしまいました……どうしましょう?」
「ローラ。さっき私に、他力本願は感心しないとか言ってなかったっけ」
「き、気のせいですよ……!」
痛いところを突かれたローラは、視線をそらして誤魔化した。
「ローラ、嘘つき。悪い子。えい、えい」
アンナはローラのほっぺを指先でつまんできた。
「ひぇぇ……伸ばしちゃ駄目ですよぉ……」
「そうですわアンナさん。ローラさんのほっぺは、わたくしのものですわ!」
「……もう! そういう会話は飽きました! そんなことより、魔法少女の衣装をどうするかを真剣に考えましょう!」
ローラは頭を振ってアンナの手を振りほどき、話を本題に戻す。
「……魔法で制服をパパッと魔法少女に替えられないの?」
「使ったことのない魔法は使いません! 前のようなトラブルはこりごりです!」
「そもそも、仮に服を変化させる魔法を覚えても、先にデザインを決めておく必要がありますわ。いえ……デザインは魔法を使わないとしても必要! そこでこのシャーロット・ガザードが皆さんの衣装のデザインを――」
「却下です!」
「うん、却下」
「なぜですの!」
却下されたシャーロットは悲鳴を上げる。
その瞬間、図書室にいた他の生徒たちが睨んできた。
すると流石のシャーロットも縮こまって大人しくなった。
「ほら。衣装のデザインは魔法少女において一番大切なところですから。もっと上手な人にやってもらわないと。決してシャーロットさんのセンスが壊滅的だと思っているわけじゃないですよ」
「そうそう。シャーロットはオシャレだから。センスは信用してる」
そうやってローラとアンナがフォローすると、
「まあ、オシャレだなんて……照れますわぁ」
シャーロットは容易く機嫌を直し、嬉しそうに顔を赤くした。
素直すぎて心配になるほどシンプルな思考パターンをしている。
しかしシャーロットがオシャレなのは事実だ。そこは嘘を言っていない。
とはいえ、既存の服を組み合わせるのと、ゼロからデザインするのでは、求められるスキルがまるで違う。
ローラもアンナも以前、シャーロットが描いた絵を見たことがある。
動揺してしまうくらい下手くそだった。
もちろん絵とデザインもまた別のスキルなのだが、仮にシャーロットにデザインセンスがあったとしても、それを表現する手段がないのでは意味がない。
とにかくローラは、年内くらいは平和に過ごすつもりなのだ。
シャーロットに衣装のデザインをまかせるなんてギャンブルはしたくないのだ。
では、誰に頼もうか。
ミサキは絵心がある。服のデザインもできるだろうか?
あるいは何でもできそうな大賢者?
お金を貯めてプロを雇うべき?
「……あ、そうだ! お母さんに頼めばいいんです!」
色々と考えた結果、ローラは最適な結論を導き出した。
「お母さんって、ローラのお母さん?」
「はい! お母さんは裁縫が得意で、私の服も沢山作ってくれました。なのでデザインセンスもあるはずです!」
「なるほど。それは期待できる」
「ローラさんのお可愛らしい私服は、ドーラさんが作っていましたの? でしたら、きっと魔法少女的なフリフリ衣装も作れますわぁ~~」
「丁度、明日はお休みです。早速、今からお母さんに頼みに行きましょう!」
△
ローラの故郷ミーレベルンの町は、王都からだと馬車で丸一日ほどかかる。
しかしローラたちは、放課後にちょっと行ってみようくらいの感覚で、ぎゅーんと飛んで行けてしまう。
「誰が一番速く辿り着くか、競争ですわ!」
王都を飛び立ち、上空でふわふわしながらシャーロットがまたそんなことを言い出した。
「ええ……シャーロットさん、前にそうやって墜落したじゃないですか。お母さんが受け止めてなかったら、今頃シャーロットさんは湖の底で魚の餌ですよ」
「うっ……今日は気絶しない範囲で頑張りますわ。本当ですわ!」
「うーん……そこまで言うなら信じましょう……アンナさんもそれでいいですか?」
「大丈夫。むしろ競争したい。アネモイで風を操る練習をもっとしたいから」
アンナは魔法剣アネモイに風を発せさせ、ローラたちと同じように飛行している。
もうすっかり自由自在に飛んでいるように見えるが、もっと上手くなりたいらしい。
「やる気満々ですねアンナさん! じゃあハクは振り落とされないよう、しっかり掴まっていてくださいね」
「ぴ!」
ハクは四本の足で、ローラの髪の毛をギュッと掴んだ。
ローラたち三人は横一列に並び、ミーレベルンの町の方角を見る。
「それでは、位置について……スタート!」
ローラの合図で、シャーロットとアンナが同時に前に出た。ローラは自分でタイミングを作ったゆえ、遠慮してワンテンポ遅れて飛び出した。
そもそも、いくら二人が強くなったとはいえ、単純な速さ比べでローラが負けるはずがない。
しばらく後ろから観戦し、最後に前に出て勝てばいいのだ。
「ぐぬぬぬぬ、アンナさん、なかなか速いですわ……しかし負けませんわ!」
「シャーロット、無理しないほうがいいよ。前もそうやって『ぐぬぬぬ』と言って魔力が空になって墜ちたんだし」
「今日の『ぐぬぬぬ』はコントロールされた『ぐぬぬぬ』ですわ!」
「そうなんだ」
見ていると、どうもアンナが優勢な気がする。
シャーロットが歯を食いしばって飛んでいるのに、アンナは涼しい顔なのだ。
それにしても、いくらアネモイで風魔法を使えるようになったからといって、シャーロットと同じ速度で飛んで余裕綽々でいられるものだろうか。
と、ローラが不思議に思っていると、不意にアンナがぐらりと姿勢を崩した。
そして彼女を覆っていた風が消滅し、速度と高度を落としてしまう。
「アンナさん……? わっ、アンナさん、もしかして気を失っている!?」
「急にどういうことですの!?」
「実は無理してシャーロットさんについて行っていたとか? いや、そんな詮索をしている場合じゃありません! 追いかけて受け止めないと!」
「アンナさん、お助けしますわ!」
ローラとシャーロットも高度を下げてアンナを追いかける。
だが、このままだと追いつかない。
ハクをシャーロットに預けて、一気に加速するしかない。
いや、駄目だ。すぐ近くに町がある。
ここでローラが速度を上げると、衝撃波で地上に被害が出てしまう。
とはいえ、放置していればアンナが死んでしまう……。
「って、あの町、私の故郷ですね……」
アンナはミーレベルンの町に向かって墜落していく。
それも明らかに、ローラの実家がある辺りに向かっている。
そしてよく見ると、実家の前でローラの母ドーラが、洗濯物を取り込んでいる最中だった。
「おかーさーん! アンナさんを受け止めてぇ!」
「無理ですわローラさん! 声が届くよりも先にアンナさんが落下してしまいますわ!」
「で、では、声ではなく剣で語ります!」
ローラは腰の剣を抜き、そして母親の足下に向かって投げた。
音速を遙かに超えるスピードで剣は飛んでいく。
だが剣の質量が小さいゆえに、地上を破壊するほどの衝撃波は生まれない。
剣の落下で、ドーラは空の異変に気付いてくれるはずだ。
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