第196話 二人とも強いです
アンナは二本の魔法剣を握りしめながら、自分の心臓の鼓動を聞いていた。
緊張、している。
シャーロットと戦うのは、別に初めてというわけではない。
一度目は校内トーナメントの準決勝で。
二度目はつい先日、草原の上で。
しかし、どちらもシャーロットは本気を出していなかった。
一度目はそれこそ、本当に手を抜かれていた。こちらに怪我をさせないようにと気を遣われてしまった。あれはとても勝負とは呼べない。
二度目は一応、手加減はしてないらしい。実際、意識的に手を抜いたわけではないはず。アンナの持つ魔法剣、ケラウノスとアネモイはあのとき既に大賢者によって改造され、アンナはそれを使いこなしていた。手加減する余裕など与えた覚えはない。
結果、二度目の戦いは、アンナが勝った。
シャーロットはそれを素直に認めた。それで、あたかもアンナがシャーロットと同格になったかのような雰囲気さえ生まれた。
だが、違うとアンナ自身は思っている。
別に武器の性能に頼って勝ったから自分の勝利を否定しているのではない。
強力な剣を手に入れ、それを使いこなすのも剣士の技量の一部。
そこを恥じるつもりは全くなかった。
問題なのは、シャーロットの本気度だ。
手加減していないことと、本気であることは、似ているようで少し違うのだ。
是が非でも負けたくないという強い想いが、あのときのシャーロットにはなかった。
強敵だと認識されていなかったのだ。
アンナは、そんなシャーロットの心の隙を突いて倒しただけ。
油断していたほうが悪いという理屈は立つが、そういう勝利はさほど嬉しくない。
なにせ、相手に恨みがあるわけでもなく、勝敗で利害が変わるわけでもない。
何かを得るために戦うのではなく、戦って勝つことそのものが目的。
ゆえにこそ、その勝負の内容に、勝ち方にこだわりたい。
だから、ここに三度目の戦いが起きた。
シャーロットはアンナを『戦うべき相手』として想ってくれている。
鋭い眼光で睨んでくれている。
そのことが嬉しくて、アンナは震えた。
アンナとシャーロットとローラは、いつも一緒に遊んでいる。
なのに、アンナはいつも、少しだけ疎外感を覚えていた。
クラスが違うからという些細な理由ではなく、もっと大きな壁。
冒険者としての才能の壁がそびえ立っていたのだ。
その壁の上にアンナは今、立っている。
これから、壁の向こう側に何があるのか、覗き込むのだ。
シャーロットと本気で戦うとは、そういう行為なのだ。
「胸がドキドキする……緊張で破裂しそう……嬉しくて倒れそう……シャーロットもローラと戦うとき、こうだったの?」
「ええ、そうですわ」
「凄い……ようやく一学期の二人に追いついた……もう放されない。ここでシャーロットを追い越す」
「あら。追いつくのは大歓迎ですが、追い越されてはたまりませんわ。前回は確かにわたくしが負けましたが……だからこそ、今日は全力。アンナさん。あなたを倒しますわ!」
シャーロットの瞳に、アンナが映っている。
日常の場面ではなく、戦いの場において、シャーロットがアンナを見つめているのだ。
「ありがとう……私はトーナメントでシャーロットに負けてから、ずっとそう言ってもらう日を夢見ていた気がする。そして、勝つ」
「ふふ……うふふ……勝つと? わたくしに勝つと? それは楽しみですわ。アンナさんの全力、わたくしに見せてくださいませ!」
意外なことに、先に仕掛けたのはシャーロットだった。
プライドの高い彼女は、こちらに先手を譲るとアンナは思い込んでいた。
しかし、そんなプライドを捨てるからこそ〝本気〟なのだろう。
「光の精霊よ。我が魔力を捧げる。千の矢と化し、眼前の敵を撃ち抜け――」
早口の呪文詠唱。
それを唱えている最中から、光の矢がシャーロットの眼前に現われ、アンナに向かって飛んできた。
呪文が進むにつれてその密度が増し、唱え終わる頃には、光の壁と呼べるほどの代物と化していた。
アンナはケラウノスとアネモイを使って、ことごとくを叩き落とす。
だが、光の矢は時間稼ぎに過ぎなかった。
「加速せよ、我が五感。鋼と化せ、我が肉体。その動きは迅雷。その一撃は鉄槌。力で以て万象尽くを撃滅せよ――」
光の壁の奥で、シャーロットが第二の詠唱を行なっていた。
おそらくは強化魔法を自分自身にかけているのだ。
しかし、自分を強化するのは、あらゆる魔法の中でも単純な部類。
魔法使いではないアンナですら使うことができる。
それをわざわざ呪文詠唱で集中力を高めてまで行なうということは――。
「覚悟!」
光の矢の弾幕が晴れると同時、シャーロットが矢よりも速く突進してきた。
アンナは反射的に剣を振るが、二本とも掴まれてしまった。
シャーロットは魔法剣の刃を素手で握りしめているのだ。
なのに血の一滴も流れない。
刃が皮膚に通らない。
ケラウノスからは電撃を。アネモイからは突風を放つが、それでもシャーロットは手を放さず、力強く踏み込んだ。
その衝撃でアンナの体が浮かび上がる。
シャーロットはなお加速し、壁まで一気に突っ込んだ。
「がはっ!」
背中を石壁に強打し、更に正面からはシャーロットの体がぶつかってくる。
サンドイッチにされた痛みで、一瞬、意識が遠のいた。
だが剣は放さない。
そして零距離。
剣士であるアンナの間合いだ。
恐ろしい腕力で剣を押さえつけられているが、ならば押し返せばよいだけの話。
筋肉が千切れるくらい全力で。
もともと、素の筋力はアンナのほうが圧倒的に上だ。
それを強化魔法で逆転されているが、更に逆転させる。
とはいえ、アンナの魔力などシャーロットからすれば雀の涙のようなもの。現にアンナは、この戦いが始まる前から強化魔法をかけっぱなしだ。なのに押し負けている。
自分の魔力で足りないならば、魔法剣の魔力を借りればよい。
アンナは二本の魔法剣のおかげで、本来適性のない雷と風の攻撃魔法を使えるようになった。
しかしケラウノスとアネモイの利点は、適性値の改善だけではない。その二本が有している魔力をアンナが使えることも特徴の一つだ。
もちろん膨大な魔力があっても、使いこなせなければ意味がない。
雷と風を操る魔法以外は、自力で何とかしなければならない。
魔法適性値が低いアンナは、使える魔法は限られている。
防御魔法適性:29
強化魔法適性:31
これ以外の魔法適性値は全て無に等しい。
鍛錬するだけ無駄というもの。
ゆえに魔法の特訓は、この二つだけに絞ってきた。おかげで少しはまともに使えるようになった。
その何とか形になっている強化魔法を、魔法剣の魔力で再実行。筋力を爆発的に高める。同時に防御魔法も使い、筋力に耐えられるよう骨格の強度を上げる。
「私が、勝つ――!」
「!?」
完全に壁際まで追い詰めた状態から押し返されつつあることに、シャーロットは驚きの表情を浮かべる。
呪文詠唱までした強化魔法を上回られるとは思っていなかったのだろう。
お互い、両腕が塞がっている。
わずかでも姿勢を崩したら、天秤は一気に傾く。だから蹴り技も出せない。
ひたすら筋力と魔力を振り絞って相手を押すしかない。
その状況で、アンナはわずかに勝っている。
このままいけば、次の一撃はこちらが入れられるだろう。
と、アンナが全身を軋ませて全力を出していた、そのとき。
「炎の精霊よ。我が魔力を捧げる。刃を持て。契約のもと顕現せよ――」
シャーロットが新たな呪文を唱えた。
そして彼女の背後に、炎の体を持つ巨体が顕現した。身長はシャーロットの倍ほど。
その手には体と同じく炎でできた剣が握られている。
こうして近くにいるだけで皮膚が焦げそうな高温だ。
あの剣で斬られたら、あるいは体当たりされただけで、アンナの体は黒焦げになってしまうに違いない。
しかし、それはシャーロットとて同じのはず。
彼女は強化魔法にかなりの魔力を注いでいる。更に炎の精霊を召喚した。ならば満足な防御結界を張る余裕はない。
よって、こうして密着している限り、シャーロットは精霊でアンナを攻撃できない――。
という予想は、コンマ一秒で裏切られた。
「ッ!?」
炎の精霊は、その剣でアンナを突き刺そうとした。
だが、炎の精霊が立っているのはシャーロットの後ろ。つまり、シャーロットごと貫こうとしているのだ。
頭が真っ白になりつつも、生存本能が回避を選ぶ。
まずは防御魔法に使っていた魔力をカットし、強化魔法に回す。そしてケラウノスに電気を発生させ、自分の筋肉に流す。それによって限界以上の力を発揮させ、シャーロットを突き飛ばし、その反動で自分も真横に飛んだ。
激、痛。
電流で筋肉が燃えるように痛い。骨も関節も悲鳴を上げている。
しかし、そうしなければ、炎の剣で貫かれ内側と外側から同時に燃やされていた。
無論、死ぬ。
そこで勝負は終わり。
シャーロットは相打ちを狙っていたのか?
否。
相打ち狙いなど、彼女の性格から考えてあり得ない。そんなものは敗北と同じだ。
「そうか……私は燃やされたら死ぬしかないけど……シャーロットは回復魔法が使える」
「ふふ、お気づきになりましたか? ええ、そうですわ。アンナさんは致命傷を受けたらそこで終わり。しかし、わたくしは即死しない限り回復できますわ。この差は歴然。卑怯とは言わせませんわ。それが魔法使いというものですから」
「卑怯だなんて言わないよ。むしろ……本気を出してくれて、ありがとう」
即死しなければ回復できる。とはいえ、腹を炎の剣で突き刺して即死しない保証はどこにもない。
つまりシャーロットにとってもギリギリの攻撃。ギャンブルのような手段だ。
普段なら絶対にやらない。
これこそ〝手加減をしていない〟ことと〝本気〟であることの違いを如実に表す技。
「そのシャーロットの本気を、私は超える……!」
「アンナさんの本気を、返り討ちにしてご覧に入れますわ!」
炎の精霊が分裂し、数を増やした。
一体から五体へ。
大きさこそローラ程度になったが、数が多いというのは脅威だ。単純に五倍の攻撃が飛んでくる。そして上手く連携されたら、その脅威度は五倍どころか何十倍にも跳ね上がる。
分裂や分身の類いができないアンナがそれに対抗するには、ひたすら速くなるしかない。
強化魔法。と、先程使用した、電流による筋肉の強制可動。
痛いなどと言ってはいられない。
たとえ痛みで気絶しても、電流でまた目覚めるはず。
筋繊維が焼き切れるまで加速せしめる!
アンナに炎の精霊が迫ってきた。まずは目の前に二体。その後ろに一体が控えており、残り二体は後ろに回り込もうとしている。
真正面の三体をケラウノスで斬り裂き、アネモイの風で吹き飛ばす。
続いて背後の二体を、剣舞のように回転して屠り去る。
これで炎の精霊は全て倒したが、だからといって安心などしていられない。むしろ時間と体力を消費させられたのだ。その差を埋めるためにも、シャーロットへ刃を振り下ろす。
アンナが炎の精霊を倒すのに使った時間は十分の一秒以下。
その時間を使ってシャーロットは、次の魔法を自分の周りに展開していた。
「歪め――」
普通なら聞き取れないほど高速の呟き。
五感を研ぎ澄ましたアンナだからこそ、辛うじて聞き取れた。
それは短いながらも、呪文詠唱であった。
「チッ!」
シャーロットに向かって振り下ろしたケラウノスの刃がぐにゃりと曲がり、自分の顔に向かって突き出されてきた。
アンナは上半身を捻り、かろうじて躱す。
かなり苦しい体勢だが、その状態からアネモイで次の斬撃を放つ。
が、それもアンナへと返ってきた。
後ろに飛び退き、回避するしかない。
せっかく炎の精霊を倒して詰めた距離が、大きく開いてしまう。
それにしても、目の前の相手に向かって振り下ろした刃が自分に向かってくるなど、意味不明の現象だ。あまりにも非現実的。
空間が歪んでいるとしか思えない――そう、歪んでいるのだ。
次元倉庫の練習中に偶然シャーロットが発明してしまった、彼女オリジナルの技。
「ふふふ……ゴージャス・シャーロットによる華麗なるディメンション・バリヤー、ですわ」
「凄い……この状況でもその恥ずかしい技名をフルに言うなんて……!」
アンナが驚愕していると、観戦していたローラたちも声を上げる。
「どんなときでも自分を貫くシャーロットさんの姿勢、格好いいです!」
「ネーミングセンスはともかく、そのこだわりが呪文と同じような効果を生んで集中力を高めているんでしょうね。シャーロットちゃん、自分のスタイルを貫くのよ! 周りからダサいと言われようとも!」
「ぴー!」
「外野、うるさいですわっ!」
シャーロットに怒られたローラと大賢者は「こわいよぅ」と抱き合って震えた。
外野の野次を黙らせて、シャーロットは改めてアンナと向き合う。
「さて、アンナさん。今ので分かったでしょう? わたくしのディメンション・バリヤーは、以前よりも洗練されていますわ。もうアンナさんの斬撃がわたくしに届くことはありません。それどころか……剣を振り下ろせば、アンナさんは自分自身を攻撃してしまうのですわ!」
「確かにびっくりした。前よりも反応がずっと早くなっている……でも、シャーロットが斬撃を認識してから空間を歪ませていることに変わりはない。だから、シャーロットの反射神経より速く攻撃すれば、私が勝つ」
「言うは易し、行うは難し、ですわ。魔法使いの反射神経が、剣士よりも劣っていると思わないでくださいな」
「そうは思ってない。でも、私がシャーロットに劣っているとは思わない」
「ならば、勝負ですわ。そろそろ決着と参りましょう」
「望むところ」
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