第195話 悪の魔法使いと正義の剣士です

「はて。ここはどこでしょう?」


「ぴー?」


 ローラの頭の上には、いつものようにハクがいる。

 お尻の下には、ふかふかの布団があった。

 つまりローラはベッドに座っているのである。

 夢世界に来たときに着ていた着ぐるみパジャマではなく、ひらひらしたドレスになっている。まるでお姫様のようだ。


 一方、目の前に立っているシャーロットは、真っ黒なローブに真っ黒なトンガリ帽子という、悪そうな格好だった。

 物語に出てくる『悪の魔法使い』のイメージそのものだ。


「ああ~~、ローラさん、お人形みたいにお可愛らしいですわぁ……それに比べて、わたくし、真っ黒ですわ!」


「うーん……学長先生はシャーロットさんにそういう役をやらせたいみたいですね」


「そうよー」


 そのとき突然、布団の中から大賢者が現われ、ローラに抱きついてきた。


「わっ! びっくりするじゃないですか。急に出てくるのはやめてください。このためだけに気配を消してずっと隠れてたんですか……?」


「いいえ。たんに寝てただけ」


「……ここは夢の世界なんですよね? つまり起きていても実際は寝ているのでは?」


「二重に寝られるって素晴らしいじゃない」


「……私には学長先生の哲学はまだ早いようです」


 ローラは、大賢者の怠け癖を、哲学の問題にすり替えることで流そうとした。

 ところが。


「哲学と言うより、学長先生がお年を召しているので睡眠時間が長いだけではありませんの?」


 シャーロットは、誰もあえて触れないようにしていたところに、ついに触れてしまった。

 大賢者はもうすぐ三百歳。見た目は二十代前半の美人だが、実際はおばあちゃんの中のおばあちゃんなのだ。

 歳をとると睡眠時間が増えるというが、大賢者が昼寝ばかりしているのはまさにそのせいだとシャーロットは言ってしまったのだ。

 皆、何となくそう思っていたのに、あえて口にしなかったのに。

 シャーロットはついに本人に向かって言い放った。


「……えいっ」


 大賢者は短いかけ声とともに、シャーロットに向かって電撃を放った。


「あばばばばばばばば」


 シャーロットは変な悲鳴を上げて痙攣し、ばたんと仰向けに倒れてしまう。

 と、同時に、棺桶が出現して、シャーロットの体を包み込んでしまった。


「え? この棺桶は一体……?」


「この世界で死ぬと、自動的に体が棺桶に包まれるのよー」


 大賢者はベッドの上でローラを抱きしめたまま語った。


「学長先生、シャーロットさんを殺しちゃったんですか!?」


「いや、殺したって、これ夢だからね? この世界で死ぬと、目が覚めて現実に戻るの。それでもう一回寝ると……」


 大賢者の解説が終わる前に、棺桶の蓋が開き、シャーロットが飛び出した。


「そうそう。寝ると棺桶の中で復活するのよ。これは設定を変えることができて、セーブポイントに行かないと復活できないようにもできるのよ」


「セーブポイント……? よく分かりませんが、どこでもお気軽に復活できないようにするわけですね」


「飲み込みが早いわね、ローラちゃん。ま、今日はシャーロットちゃんとアンナちゃんが戦うだけの物語だから、そういう面倒な設定はしなかったけど」


「そんなことはどうでもよろしいですわ! 夢の中とはいえ、いきなり殺すなんて酷いですわ!」


 シャーロットはツバが飛ぶくらい叫びながら大賢者に詰め寄る。


「あらぁ。この世界のシステムを分かりやすく説明してあげたんじゃないの。これで死んでも大丈夫だって分かったでしょ?」


「それは、そうですが……いえ、それよりも! 学長先生はなぜローラさんをさっきから抱きしめていますの!? ローラさんはわたくしのものですわ!」


 そうだったっけ? とローラは首を傾げる。


「あら。ローラちゃんは私のよ?」


 別に大賢者のものでもなかったはずだ、とローラは激しく疑問を覚える。

 いや、そんなことよりも、話を先に進めるべきだ。

 どういうわけだか世の中の人たちは、ローラを抱き枕にするためなら、話がどんなに脇道にそれてもいいと思っている節がある。困ったものだ。


「……あのぉ。シャーロットさんとアンナさんを戦わせるんですよね? なのにアンナさんがいないのはどういうことなんですか?」


「そうですわ。わたくしもそれを言いたかったのですわ!」


「アンナちゃんは正義の剣士で、ローラちゃんを助けに来るのよ。ここはね、大きな塔の最上階なの。悪の魔法使いシャーロットの本拠地。ローラちゃんはシャーロットちゃんにさらわれてきたお姫様。ちなみに私はシャーロットちゃんの忠実な使い魔。あ、この設定は管理者がアンナちゃんにも伝えているはずだから、今頃、数々のモンスターを倒しながら塔を登っているはずよ」


「ぴぃ?」


「ハクはいつものように、ローラちゃんと仲良しの不思議生物よ」


「ぴー」


 ローラの頭の上で不思議生物は前脚をパタパタ動かした。


「つ、使い魔がどうしてわたくしのローラさんを独り占めしていますの!?」


「あなたの命令でこのお姫様を拘束しているという設定よ」


「そ、その命令を解きますわ!」


「駄目よ。ローラちゃん抱き心地いいんだもの。それに、ほら。シャーロットちゃんを退治するため、正義の剣士様が来たわよ」


 大賢者の言葉どおり、扉がバーンと開かれ、アンナが部屋に入ってきた。

 その服装は、着ぐるみパジャマでも学校の制服でもない。

 金属の小手や胸当て、ブーツを装備した剣士の姿。

 無論、両手には古代文明の魔法剣、ケラウノスとアネモイが握られている。


「ローラ姫。助けに来たよ。悪の魔法使いシャーロットは、私が成敗する」


「アンナさん! 設定に忠実な台詞! 割とノリノリですね!」


「こういうの、燃える」


「おお! では私もお姫様を演じます。きゃー、助けて、剣士さまー」


「……棒読み過ぎる。ちょっとやる気が減った」


「そんな!」


 ローラは一生懸命お姫様になろうとしたのだが、演技力が不足していたらしい。

 せっかくシチュエーションを楽しもうと思ったのだが……アンナのやる気に水を差すのも嫌なので、普通にしていよう。


「おほほほほほっ! アンナさん、よくここまで来ましたわね。歓迎しますわ。しかし……ローラさんはわたくしのものですわ!」


「おお、シャーロットさんは凄い演技力です」


「演技っていうか、いつもどおりじゃない?」


 大賢者の指摘にローラはハッとする。


「確かに!」


 そんなローラを放置して、シャーロットとアンナは向かい合う。

 視線がぶつかり合う。

 部屋に魔力が充満していく。

 これから始まる闘いが尋常ならざるものになると、空気が語っていた。


「アンナさん。先に説明しておきますが、この世界では死んでも目覚めるだけですわ」


「知ってる。管理者に教えてもらったし、ここに来るまで、リヴァイアサンとかベヒモスが沢山いて、何度か殺された」


「あら。前座のモンスターに殺されるなんて情けないですわ! そんなことで、このシャーロット・ガザードに勝てると思いまして!?」


 このシャーロット・ガザード――という名乗りが、いかにもな悪役だ。

 普通の人間は自分のフルネームを高らかに語ったりはしない。

 しかし彼女は普段からこんな感じだ。これほど悪役が似合う人もいない。

 もっとも、口調以外は悪役から程遠い人だ。むしろお人好しの部類だろう。


「大型モンスター五匹に囲まれたら、シャーロットだって死ぬと思うんだけど……」


「……そ、それは難易度が高いですわ……しかし根性で何とかして見せますわ!」


「ほんとに?」


「根性さえあれば、人は死なないものですわ!」


 シャーロットが適当なことを言い出したので、ローラはツッコんでおく必要を感じた。


「シャーロットさん。さっき学長先生の電撃で一回、死んでましたよね? 根性が足りなかったんですか?」


「あれは……その……根性ではどうにもならないことも、稀にあるのですわ」


「リヴァイアサンとかベヒモスが五匹も同時に出てくるのは、かなり稀ですよ」


「……そんなことはどうでもよろしいですわ! さあ、アンナさん! ローラ姫を取り戻したかったら、わたくしを倒してご覧なさい! そうしなければ明日、わたくしはローラ姫と結婚し、エドモンド王国を手中に収めますわ!」


「そんなことはさせない……ローラ姫と結婚するのは私……」


 二人は妙な設定を出してきた。

 少々、物語にのめり込みすぎではないだろうか。

 しかし、のめり込んでいるからこそ、迫力が凄い。


 いや――ふざけた会話はここまでなのだ。

 大賢者の計らいでシチュエーションを用意してもらったが、本来、二人は理由がなくても戦える。

 喧嘩をした、とか。何かを取り合っている、とか。

 そういった分かりやすい理由もなしに、単純に力比べで本気の戦いをしようとしているのだ。


 ローラを助けるというのは、せいぜい合図のようなもの。

 合図が下り、決戦の幕が切って落とされた。

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