第194話 夢世界にレッツゴーです
「よいしょっと……さ、ハクは私の隣に頭を乗せてください」
「ぴー」
夜。
いつものようにベッドに潜り込んだローラは、大賢者の家から持ってきた枕の端に後頭部を寝かせる。
するとハクがローラの隣でモゾモゾとうつ伏せになり、顎を枕にぱふんと乗せた。
「ローラさんと私の間にハクが……うぅ、これでは抱きしめることができませんわぁ……」
「今日一日くらいは我慢してください。それに、間にハクがいても手は届くじゃないですか。手を繋いで眠りましょう」
「わたくし、ローラさんを抱き枕にしていないと眠れませんわ。これではアンナさんと夢の世界で対決することができませんわ!」
「大丈夫ですって。人間、その気になれば、いつでもどこでも眠れます!」
「それはローラさんと学長先生だけですわ……」
なんて話をしていながらも、数分後。
「すやぁ……」
「ふにゅ……」
「ぴゅぃ……」
二人と一匹は、仲良く寝息を立て、夢の世界へと旅立っていった。
△
「ローラ。シャーロット。ハク。起きて起きて」
アンナの声が聞こえた。それから頬を軽く叩かれる感触。
「う、うーん……寝たばかりなのに……」
「大丈夫。まだ寝てる最中。ここは夢の世界」
「夢……?」
ローラは目を開けた。そこには自分を覗き込むアンナがいた。
「えっと、夢のアンナさん?」
「違う。現実のアンナ」
「でも、ここは夢」
「そう、夢」
「……改めて考えると複雑ですね」
「複雑に考えるとややこしいから考えないことにした。とにかく皆で同じ夢を見ている」
夢なのに自分の頭の中で作られた世界ではなく、皆の意識が繋がっていて、現実のような存在感を持っている。
これは厳密には夢ではないのでは、なんて考え出すとキリがない。アンナの言うように、深く考えないのが正解だろう。
「それにしても、真っ暗なんですね。いえ、背景が黒いだけで、アンナさんの顔はハッキリ見えますね」
「そう。真っ黒で何もないけど、ローラたちも自分の体もちゃんと見える。不思議」
ローラの隣には、ハクとシャーロットが寝転がっていた。
夢の中で寝る……ますます複雑だ。
「ハク、シャーロットさん。起きてください……いや、夢の中だから起きるわけじゃない? えっと、とにかく目を覚ましてくださいよ」
「むにゃむにゃ……ローラさん、元々小さいのに、更に小さくなってしまわれたのですね……」
シャーロットは寝ぼけてハクを抱きしめ、その体を撫で回した。
ハクは子猫くらいの大きさしかないので、ローラと比べるまでもなく小さい。
「もう、シャーロットさん。それはハクですよ。あと私は小さくないです。九歳としては普通です」
ローラはシャーロットの体をゆすりながら抗議する。
あと一ヶ月もしないうちにローラは十歳になるので、この理論は破綻する寸前だが、そのことについてはあえて無視した。
「ぴぃぃ……」
一足先に目覚めたハクは、迷惑そうに声を出す。
「……あら? ローラさんとハクが入れ替わっていますわ!」
「入れ替わってませんよ。ハクはずっとハクです」
「すると、わたくしはハクを抱き枕に? これはわたくしとしたことが……申し訳ありませんわ、ハク」
「ぴ」
シャーロットの腕から逃れたハクは、ローラの頭の上に移動する。
「それで、ここは夢の世界ですの? 学長先生はどこですの?」
「私のほうが何分か先にここにきたけど、学長先生は見つからない。寝てないってことはないと思うから、どこかにいると思うけど……」
ならば探しに行こうか、とローラが思ったとき、どこからともなく知らない女性の声が聞こえてきた。
「ローラ様。シャーロット様。アンナ様。ハク様。ようこそいらっしゃいました。私はこのクラウド夢世界の管理者です」
透き通るような、聞きやすい美しい声だった。
「クラウド夢世界? 管理者?」
「なんのことか分かりませんわ」
「隠れてないで出てきて」
「ぴー」
「申し訳ありません。私は実態がなく、いってみればこの世界そのものが私です。なので姿を見せることはできません。そしてご質問にあったクラウド夢世界ですが、それはまさに今、皆さんが見ているこの世界のことです。あのクラウド夢枕を使えば、大勢の人で共通の夢を見ることができるだけでなく、夢の内容を細かく設定して楽しむことができるのです」
管理者はスラスラと解説する。
長い台詞だが、聞き取りやすい声なので、よどみなく頭に入ってきた。
「ほへー、なるほど。じゃあ、私たちで夢の内容を作ることができるんですね!」
「はい。本来は。しかし今日は先にカルロッテ様が夢の内容を決めています。ご容赦ください」
カルロッテ様って誰だっけ、とローラは一瞬だけ悩んだが、大賢者の名前だった。
いつも学長先生と呼んでいるので、本名に馴染みがないのである。
「そのカルロッテ様こと学長先生はどこにいるんですか?」
「この世界の中に。カルロッテ様の作った物語を開始すれば登場します」
「そうなんですかー。じゃあ、始めちゃいますか?」
ローラはシャーロットとアンナを見る。
「無論ですわ。その物語は、わたくしとアンナさんが戦う物語なのでしょう?」
「はい。そういう設定です」
管理者は答える。
「だったら、早く始めよう」
アンナが急かした。
強くなりたい。強くなれたか試したい。
そのチャンスがあるなら逃してはならないのだ。
普通の生徒なら授業を真面目に受けているだけで強くなれるし、強さを試せるのだろう。
だが、ここにいる三人は、もうそういう領域ではなかった。
実技は基礎を確認できるし、座学は知らないことだらけなので勉強になるが、直接の強さには結びつかない。
しかしギルドレア冒険者学園には大賢者がいて、こうして導いてくれる以上、やはり生徒を続けているのが強くなる近道なのだ。
「かしこまりました。では……『剣士アンナのローラ姫救出作戦! 悪の魔法使いシャーロットをやっつけろ!』を開始します」
「は? わたくしが悪の魔法使い……どういうことですの!」
シャーロットは叫ぶが、管理者は答えない。
代わりに、黒かった空間が白い光に包まれる。まぶしくてローラたちは目をつむった。
そして恐る恐る目を開けると、そこは灰色の石で作られた広い部屋だった。
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