第193話 便利な枕の登場です
蠢く掛け布団が普通の掛け布団になり、ローラたちは解放された。
そして、ぞろぞろと並んで大賢者の家に向かう。
いつの間にかすっかり日が暮れていた。
子供だけで夜の街を歩くのは、あまりよろしくない。
無論ローラたちは、どんな悪党に絡まれても返り討ちにできる。
しかし返り討ちにすることを前提にして出歩くということは、トラブルを呼び込んでいるのと同じだ。
だが、今は大賢者と一緒なので大丈夫だ。
大賢者の内面が大人かどうかは議論が必要なところであるが、肉体的には大人だし、実力は世界最強だ。
保護者としてはこの上なく頼りになる。
「おや? こっちは王宮がある方角ですね……学長先生の家は、王宮の近くにあるんですか?」
「そうよー。だから気軽に陛下のところに遊びに行けるのよー」
「なるほど。仲がいいのはよいことです」
実際、大賢者と女王は、とても仲がよさそうだ。
しかし大賢者と違い、女王はとても真面目に働いているはず。
あまり頻繁に遊びに行って女王の仕事を邪魔すると、この国そのものが傾くかもしれないので、控えて欲しいところである。
もっとも大賢者は昼寝している時間が異常に長いので、それで自動的に女王に絡む時間が上手い具合に減っているのかもしれない。
「はい。ここが私の家」
「へえ……って、王宮の門の真正面じゃないですか!」
「そうよー。三代前の王様にもらった家なの。ここに私が住んでたら、悪い奴らが王宮に近づかないだろうって」
「なるほど……それは確かに」
「昔の王様、頭いい」
「最強の門番ですわ……」
昔の王様からもらったという大賢者の家は、王宮には劣るものの、十分に大きな家だった。
まず立派な鉄門があり、その奥には小洒落た庭園。今は冬なので草木があるだけだが、暖かくなれば色鮮やかな花が咲いたりするのだろうか。
家そのものは二階建て。少なく見積もっても十部屋以上はあると思われる。
「わたくしの実家と同じくらいの大きさですわ。まさしく実家のような安心感ですわ」
「安心感……私は緊張しかしない」
「同じく……庶民の生活レベルからは縁遠い世界です……」
アンナは孤児院で育った。
ローラの実家は貧乏ではないが、かといって特別裕福でもない。
よって二人とも、こういった豪邸とは縁遠い人生だった。
以前、大賢者に連れられて王宮に突撃することになったが、あのときは正直、気が気でなかった。
おまけに要件が『王家の宝にいい感じの剣があったらちょうだい』である。
エミリアに叱られているほうが、まだしも気楽というものだ。
「二人とも、大丈夫よ。この家は私しか住んでないから。見た目を気にせず、くつろいでね」
「学長先生だけ? お手伝いさんとかもいないんですか?」
「いないわよ」
「はえー……すると、この広い家と庭を一人で掃除してるんですね。尊敬です。お昼寝してばかりと思いきや、家事もできるとは!」
「これでも料理は結構得意なのよ。ま、とにかく中に入りましょう」
大賢者がひらりと手を動かすと、鉄門がひとりでに開いた。
鍵いらずで大変便利な門だ。
むしろ鍵穴が見当たらないので、大賢者が魔法を使わないと開かない仕組みになっているのかもしれない。
「「「おじゃましまーす」」」
「はい、どうぞ」
「ぴー」
家の中に入ると、ピカピカに磨かれてあった。ホコリなど一つも落ちていない。
本当に掃除が行き届いている――と感心していたら、廊下の奥からガシャンガシャンと金属音が聞こえてきた。
何だろうと思って視線を向けると、白い鎧を着た人が近づいてくるではないか。
「わっ! 学長先生、一人暮らしと言っておきながら、他にもいるじゃないですか! こんばんわ、初めまして、ローラ・エドモンズです」
「わたくしは、シャーロット・ガザードですわ。学長先生にはいつもお世話になっていますわ」
「アンナ・アーネット。よろしく」
と、ローラたちが白い鎧の人に自己紹介していると、大賢者がクスクス笑い出した。
「挨拶できて偉いわね。でも、それは人間じゃないのよ。鎧の中は空洞。私の魔力が入ってるだけ」
「空っぽの動く鎧……あ、授業で習いました。人形とか鎧とか、人の形をした物に術式と魔力を込めて、お手伝いさんとか兵士として使うんですよね」
「そうそう。この鎧、私はスティーグって呼んでるんだけど、家事手伝いと警備を兼ねているわけ。結構強いから、空き巣が入ってきてもへっちゃらよ。まあ、普通の空き巣は侵入することそのものが無理だと思うけど」
「へえ、そうだったんですか。スティーグさん、よろしくお願いします」
ローラは動く鎧に握手をもとめた。
するとスティーグはガシャガシャ動いて、ちゃんと手を握り返してくれた。
「おお、賢い!」
「ぴー」
ハクも面白がって、ローラの頭の上から前脚を伸ばす。
賢いスティーグは、指先でハクの前脚に触れる。
「わたくしも握手したいですわぁ」
「私も私も」
シャーロットとアンナも、白い鎧とぎゅーと握手する。
「スティーグは人気者ね。今度、喋る機能でも追加しようかしら」
「お、いいですね。スティーグは男の子ですか? 女の子ですか?」
「うーん……自分は男の子だと思っていたんだけど、実は女の子だと分かって戸惑っている子にしようかしら?」
「無駄に複雑な設定!」
「あまり変な設定をつけると、スティーグが可哀想ですわ」
「シンプルな生い立ちのほうがいい。行き倒れていたところを学長先生に拾われ、この家で働くことになったという設定にしよう」
「普通すぎるわ。どうせなら、エミリアの生き別れの妹とかにしましょうよ」
「そういうことをすると、どこかでエミリア先生に迷惑がかかり、また胃に負担をかけてしまうので駄目です」
「つまらないわねぇ」
かくしてローラは、エミリア本人のあずかり知らぬところで勝手に妹が誕生するのを阻止した。
それはそれとして、重要なのは試し切りの相手だ。
アンナの魔法剣、ケラウノスとアネモイの性能を発揮するのに相応しい相手を求めてここまで来たのである。
動く鎧と握手するのも楽しいが、本題を見失ってはならない。
ローラたちはときどき本題を見失う癖があるので、気をつけねば。
「こっちこっち。いいものがあるのよ」
「いいもの……見たいけど、それより試し斬り」
「試し斬りと関係あるものなのよ」
「よく分からないけど、分かった」
アンナは大賢者にテクテクついてく。ローラとシャーロットもあとを追いかける。
そして大賢者は、とある部屋に入った。
どうやら物置のようだ。
魔法の明かりで照らされたその部屋には、様々な物が雑多に置かれている。
「学長先生。この大きな壺はなんですかー?」
「それはね。漬物を美味しく作れる魔法の壺よ。昔、古道具屋で見つけて、衝動買いしたの。二回くらいしか使ってないけど……」
「へえ、便利ですね。あんまり魔法のアイテムっぽくない効果ですが」
一体、どこの魔法使いが作った壺か知らないが、よほど漬物が好きだったのだろう。
「では、このカラフルなブーツは何ですの?」
「どんなに凍った地面でも、絶対に滑って転ばないブーツよ」
「これからの季節、役に立ちそうですわ。しかしカラフルすぎてダサいですわ……」
「この色を何とかしようとしたんだけど、この色が滑らない効果を出してるみたいなのよ」
「困ったブーツですわ……」
シャーロットは名残惜しそうにブーツを棚に戻した。
「じゃあ、このビンに入ってる液体は?」
「モテ薬よ。それを飲むとしばらくの間、異性にモテモテになるの」
「へー。じゃあエミリア先生に飲ませてあげたら?」
「でも、それ、種族関係なくモテるから。人間だけでなく、猫とか馬とかケルベロスとかにもモテちゃうの」
「それは……かなり駄目な薬……」
アンナはビンから遠ざかった。
「それで学長先生。試し斬りに関係あるものってどれですかぁ?」
「えっと、どこにしまったかしら……ああ、あったあった」
そう言って大賢者が出してきたのは、四つの枕だった。
寝るときに頭の下に置く、あの枕である。
「……学長先生! さっきまで昼寝していたでしょう! そういうのはあとにしてください!」
「そうですわ。ふざけないでほしいですわ」
「学長先生で試し斬りすればいいの?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。私は真面目よ。この枕を使って寝るとね、皆が同じ夢の世界に行けるのよ」
アンナが剣を抜こうとしたのを見て、大賢者は慌てて解説を始めた。
「同じ夢……? それはあれですか? 以前、学長先生が魔神と戦っている光景を見せてくれた夢みたいな感じですか?」
「そうそう、あんな感じ。でも、あれは私の記憶を再現して見せただけだから。この枕を使うと、架空の世界を夢の中に作って、皆で体験できるのよ」
「夢の世界……そこで試し斬りしろってこと?」
アンナが尋ねると、大賢者は頷く。
「そういうこと。夢の世界ならどんな強力なモンスターを倒しても校則違反にならないし、間違って死んでも、現実には影響ないわ」
それを聞いたシャーロットが、アンナ以上に目を輝かせる。
「つ、つまり……夢の世界でなら、私とアンナさんがガチンコバトルすることも可能ですの!?」
「あら。したいの? ガチンコバトル」
「したいですわ! 今のアンナさんと、後先考えない本気のバトルをしてみたいですわ!」
とシャーロットが叫ぶと、アンナも「私も」と言い出した。
「シャーロットとも、ローラとも、本気で戦ってみたい。でも、本気を出したら死んじゃうかもしれないから……どうしても無意識に手加減しちゃう」
それは確かに、とローラも納得した。
ローラたち三人は親友だ。しかし同時にライバルでもある。
戦って勝ちたいと思うのは自然なこと。
だが、三人は強くなりすぎた。
本気を出せば地形が変わるし、互いが無事では済まない。
特にシャーロットとアンナの実力は拮抗しているがゆえに、本気の戦いは凄惨を極めるだろう。
一学期の終わりにローラとシャーロットが本気の戦いをやったが、二人の間に大きな実力差があったからこそ、どちらも死なずに戦いを終わらせることができたのだ。
大賢者いわく、首から上が無事なら何とかしてくれるらしい。
が、今のシャーロットとアンナが戦えば、首から上が無事で済む確率は低そうだ。
「じゃあ、アンナちゃんはシャーロットちゃんで試し斬りすればいいわ」
「現実では嫌ですが、夢の世界でならどんとこいですわ! もっとも、大人しく斬られるつもりはありませんことよ! おーっほっほっほ!」
シャーロットは急に悪役のような高笑いを始めた。
いかにも一刀両断にされる人という感じだ。
「じゃあ、今夜、夢の中で戦おう」
アンナとシャーロットは戦いの約束をして、固い握手を交わす。
「ぴー、ぴー」
突如、ローラの頭から飛び立ったハクが、大賢者の抱きかかえる枕の上に着地した。
そして、まるで自分の陣地だと主張するように座り込みを始める。
「……あ、そっか。学長先生、私、シャーロットさん、アンナさんで四つの枕を使い切っちゃいます。ハクの分がないです!」
「ぴ!」
そうだぞ、という感じでハクは翼を広げてみせる。
「……ハクは話の内容を理解していますの?」
「いえ。詳しく理解はしていないと思いますが、自分の分がないということだけは把握しているはずです」
「ぴー!」
「じゃあ、ローラちゃんとハクが同じ枕を使ったら? どっちも小さいから、何とかなるでしょ」
「ぴぃ? ぴー」
ハクはそれで納得したらしく、穏やかに鳴いて、またローラの頭の上に戻ってきた。
「前から思ってたんだけど、ハクは私たちの言葉をどこまで理解してるんだろう?」
アンナがぽつりと疑問を呟く。
「多分、簡単な単語くらいしか分かってないと思いますよ? あとは、その場の空気を読んでるだけです。ね、ハク」
「ぴー」
ハクは楽しげに鳴いて、もぞもぞと動いた。
それが肯定なのかどうかローラにも分からないが、嫌がっている様子はないので、肯定ということにしておこう。
「それで、学長先生。この枕で寝たら、それだけで皆が同じ夢を見るんですか?」
「そうよー。私が一足先に寝て、夢をいい感じに調整しておくから、皆は夜になったら夢の世界に来てね」
「……さっきまで寝てたのに、もう寝たくなったんですね」
「べ、別に寝たいから寝るんじゃないわよ!? あなたたちのため!」
「へえ……」
大賢者の言葉はとても疑わしかったが、便利な枕を提供してくれたことに免じて、追求しないでおくことにした。
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