第192話 学長先生のお家ってどんなところでしょう

「ふにゅぅ……ここは……あ、そうか。学長先生のベッドに潜り込んだんでした……って、動けない!? なぜ!?」


 目を覚ましたローラは起き上がろうとするも、何かに押さえつけられ身動きが取れないことに戸惑った。

 その何かとは、掛け布団だった。

 布団の中では手足を動かすことができるのだが、外に出ようとすると不思議な力で布団がローラを押さえつけてくる。


「うふふ、ローラちゃん、お目覚め?」


「学長先生!? さては学長先生の仕業ですね! どうしてこんなことを」


「どうして? それはこっちの台詞よ。私が寝ているところに潜り込んでくるなんて……あなたたちみたいに可愛い子に左右を挟まれて寝るなんて最高。放すわけないじゃない?」


「じゃない? と言われましても……私たちはただ、ふかふかの布団だなぁと思って、ちょっと入ってみただけです」


「駄目よぉ、そんな迂闊なことしちゃ。認識阻害の魔法の反省をいかせてないんだから。もう。悪い子たち」


「いやいや。いやいや。まるで私たちが悪いみたいに言ってますけど、布団に魔法をかけて拘束しているのは学長先生ですからね。この悪ふざけをやめてください!」


「いやよー」


 大賢者は子供みたいなことを言う。

 そして掛け布団がうにょうにょ動き、ローラたちをベッドの中央に押していく。

 もともと密着して寝ていたのに、更にぎゅーとくっつくハメになる。


「な、なんですの!? 苦しいですわ……!」


「布団が押してくる……どういうこと……?」


「ぴー」


 布団に襲われ、シャーロットたちも目を覚ます。

 初めは布団が蠢くという異常事態に驚いていたが、その異変の中心で大賢者が「ああ~~」と幸せそうにしているのを見て、すぐに理解したようだ。


「学長先生。お気持ちは分かりますが、わたくしたちを圧縮しないでくださいまし」


「ふかふかのふわふわでぽかぽか。気持ちいい。でも無理矢理は駄目」


「そんなこと言っちゃって。このベッドに入ってきた時点で、私を誘っているようなものよー」


 酷い理屈だ、とローラは思った。

 大賢者は魔法使いとして、そして冒険者としてはこの上なく尊敬できる。崇拝の対象にすらなりえるだろう。しかし大人としては反面教師。こうはなりたくないものだ。


「というのは冗談として……あなたたち。私に何か用?」


「ああ、冗談だったんですか、よかった……いえ、昨日助けていただいたお礼をしようと思いまして」


「お礼? そうなの。礼儀正しいのねぇ。別に気を遣わなくていいのよ……でも、あなたたちがどうしてもっていうなら、このまま布団と一体化して私を左右から温めるといいわ」


「布団にされてしまう!? 助けてもらった代償はとても大きかったのでした……」


「うふふ。ちょっとだけよ。じゃあ、あと三十分このままね。それで許してあげる」


「まあ、三十分くらいでしたら……」


 と、ローラは嫌々な雰囲気を出してみた。だが実際には、この状況をそれなりに楽しんでいた。

 そもそもローラは、毎晩シャーロットに抱き枕にされているのだ。ベッドの中で人とくっつくのは慣れている。


「ところで学長先生。ちょっと相談したいことがありますの。よろしいですか?」


 シャーロットは大賢者に髪を弄られつつも、用事を切り出した。

 ローラは布団の心地よさに心を奪われ、相談そのものを忘れていたので、何のことだっけと一瞬思ってしまった。しかし悪いのは布団であってローラではない、はず。


「なぁに? 可愛いあなたたちの相談なら、いつでも聞くわよ」


「アンナさんの魔法剣ですわ。結局、一昨日は試し斬りと呼べるような戦いにはなりませんでしたもの。何とか校則違反を犯さずに試し斬りする方法がないか、学長先生の知恵をお借りしたいのですわ」


「シャーロットに全部語られてしまった……つまりはそういうこと。学長先生、お願いします」


「なるほどねぇ。魔法剣の性能を発揮するに相応しい相手……つまりシャーロットちゃんくらいの実力の相手がいいのかしら?」


「そうそう。そのくらいがベスト」


 とアンナが頷くと、シャーロットはブルリと震えた。


「嫌ですわ! わたくし、試合や決闘は大好きですが、友人と命の取り合いなどしたくありませんわ!」


「誰もシャーロットを斬るなんて言ってないから安心して」


「よかったですわぁ……」


「それで学長先生。シャーロットくらいの強さで、斬っても問題にならなくて、なおかつ校則違反にならない相手に心当たりない?」


 アンナは試し斬りの相手に求める条件を並べた。

 横で聞きながら、随分と贅沢だなぁとローラは思ってしまう。

 だが、それらは必要な条件なのだ。

 特に『斬っても問題にならない』『校則違反にならない』は必須。

 とはいえ、そんな都合のいい相手、この世にいるのだろうか。


「心当たりあるわよー」


 大賢者は軽い口調で答える。


「え、凄い! 全く想像できないんですけど……校則違反にならないってことは、モンスターじゃないんですよね?」


「モンスターじゃないわね」


「斬っても問題ならないということは、人間でもない?」


「アンナちゃんに人間を斬らせるわけないでしょう?」


「それでいて、わたくしに匹敵する実力ですの?」


「匹敵するわよー。まったく同じと言っても過言ではないわ」


 大賢者は、全ての条件を満たす相手がいると豪語する。

 ローラはそれがどんな相手だろうか、と想像しようと試みた。

 しかし全く思い浮かばなかった。


「むー、ヒントをください!」


「うふふ。ヒントは、あなたたちが出してきた条件そのものよ」


「それじゃぁ分かりませんよぅ」


 ローラは唇をとがらせる。


「ま、論より証拠。百聞は一見にしかず。今から私の家に行きましょう。今日のうちに戦わせてあげるわ」


「え、学長先生の家にその相手がいますの!?」


「相手も気になるけど、学長先生の家がどんなところか楽しみ。昼寝用の部屋が沢山ありそう」


「……寝室は一つだけよ」


 アンナの想像を、大賢者は即座に否定した。

 実はローラも同じ想像をしていたのだが、どうやら偏見だったらしい。

 とはいえ、大賢者はそこら中で昼寝しているので、この世界そのものが昼寝用の部屋といっても過言ではない。

 とてつもないスケールだ。

 やはり大賢者は凄いのだなぁとローラは改めて感心する。

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