第197話 そして、いつかは四つ巴です

 アンナは魔法剣を握る手に、改めて力を込める。

 自分一人の力では、決してシャーロットには届かない。

 ケラウノスとアネモイの魔力と属性を借りなければ、絶対に勝てない。


 ――お願い。私に力を貸して。


 そう念じると、二本の魔法剣が刀身を震わせて答えてくれた。


 ――ブゥゥゥン。

 ――ぶぅぅぅん。


 わざわざ頼む必要なんてない。

 マスターと認めた者に使ってもらうのが剣の喜び。


 彼女らはそう言ってくれた。

 信頼に応えるためにも、アンナは踏み出した。

 乾坤一擲の想いを刃に乗せる。

 その意気だと魔法剣が言ってくれた。


「征くよ!」


 まずは床を蹴り――次に天井を蹴る。右の壁を蹴って、左の壁に。

 最速で征く。しかし最短は進まない。

 縦横無尽の立体軌道でシャーロットの集中力に負荷を掛け、更に部屋を構築する石材の破片をまき散らして目くらましとする。

 無論、これだけの動きをすればアンナの体にかかる負担も相当であるが、そこは我慢比べ。


 あらゆる手段でシャーロットの動体視力を凌駕する。

 そうしなければアンナの斬撃は彼女に届かない。届きさえすれば渾身の一撃で決めてやる。

 一刀両断にしてやるのだ。

 シャーロットを倒すことだけに頭を使う。思考の全てをシャーロットに向けている。

 彼女以外、何も見えない。

 本気で、なおかつギリギリの戦いとは、こんなにも濃厚なのか。

 アンナは生まれて初めて知った。


 相手をぶちのめそうとしているのに、なぜだろう。ドンドン好きになっていく。

 私はあなたを見ている。

 あなたも私を見ている。

 互いの力と技を見つめ合い、上を行ってやろう裏をかいてやろうと全身全霊。

 受け止めるから。だから受け止めて。

 強くなった自分の姿をその目に焼き付けて欲しいと、アンナは切に思う。


 まだまだ戦っていたい。決着をつけたくない。


 しかし、勝つのは、私――。


        △


 前と後ろと真上から同時にアンナの剣が迫ってきた。

 そんな錯覚を受けるほど彼女の動きは速く、そして不規則だった。

 体の耐久度を無視して強化魔法を使っている。なおかつ電流で筋肉を強制可動させている。


 魔法剣の助けがあるとはいえ、剣士であるアンナがこれほど長時間に渡り、多大な魔力を制御し続けているというのは瞠目に値する。というより信じがたい。集中のしすぎで脳が沸騰したりしないのか。


 肉体への負担は輪を掛けて冗談じみている。もちろん、電撃で筋肉を限界以上に酷使するという発想は、シャーロットの中にもあった。

 しかしそれは一瞬だけの技だろう。普通なら避けられない攻撃を緊急回避するとか、二度とないチャンスを狙って最大の一撃を打ち込むとか、そういう使い方をするべきだ。

 でなければ痛みで戦いどころではないし、自分で自分を攻撃しているのと同じだから自滅の危険がつきまとう。

 だがアンナはもう十秒以上も今の戦闘スタイルを維持しており、その間に数百の斬撃を放ってきた。


 シャーロットは空間を歪めてその尽くを反射し、アンナは尽くを躱して次の斬撃を振り下ろし、薙ぎ払い、突き刺す。


 それらは天井知らずに加速して加速して、剣が百本に見えて、そして世界が万華鏡になった。真実、シャーロットにはそう見えた。


 斬撃――斬撃――斬撃――。

   薙払――薙払――薙払――。

     刺突――刺突――刺突――。

 斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃――薙払、薙払、薙払、薙払、薙払――刺突、刺突、刺突、刺突、刺突――。

         斬斬斬斬斬斬斬斬薙薙薙薙斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬突突斬斬斬斬斬薙薙薙斬斬斬斬斬斬斬斬突突突突突斬斬斬斬斬斬斬薙薙

 斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺斬斬斬斬斬斬斬斬斬薙斬薙斬薙斬薙斬薙斬薙斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッッッ!


 もはや見切るなど不可能。

 されど諦めるなど不可能。

 空間歪曲による反射はとうに追いつかなくなり、皮膚を防御結界で覆うことで反射しきれない斬撃を弾く。が、一撃ごとに防御結界が一気に削られ、それを補強するために魔力が抉られるように減っていく。


 シャーロットは追い詰められつつある。

 しかしアンナは自滅しつつある。

 限界を三周は超えたような動きで、彼女の体は既にボロボロ。

 己の力に耐えきれず骨が折れ曲がっているのは無論のこと、空気との摩擦熱で皮膚が燃えている。


 その熱い想いに応えずして、何がシャーロット・ガザードか。


 研ぎ澄まされたアンナの刃は、もう芸術だ。

 全て見届けよう。見極めよう。

 防御結界はもう止めだ。ディメンション・バリヤーに全神経と全魔力を注ぎ込む。

 一太刀残らず反射する。

 それこそがアンナの研鑽に対する礼儀。


 シャーロットにとってアンナは親友だ。大好きな人だ。

 しかしライバルではなかった。

 知らず知らずのうちに軽んじてしまっていた。

 おそらくそれはローラも同じ。

 そんな二人の態度に、アンナは当然気がついていた。

 だから古代文明の魔法剣を見つけ出して、手なずけて、使いこなして。

 こうしてシャーロットの首を撥ねようと進撃してくる。


 今、シャーロットとアンナは同じ領域にいる。

 今、二人しかいない。他は見えない。聞こえない。


 相手をぶちのめそうとしているのに、なぜだろう。ドンドン好きになっていく。

 互いの力と技を見つめ合い、上を行ってやろう裏をかいてやろうと全身全霊。

 受け止めるから。だから受け止めて。

 強くなった相手の姿を己の目に焼き付けたいと、シャーロットは切に思う。


 まだまだ戦っていたい。決着をつけたくない。


 しかし、勝つのは、わたくし――。


        △


 そしてローラと大賢者とハクが見守る中。

 ついに決着の時が訪れた。

 過集中により目と鼻から血を流すシャーロットは、アンナの斬撃を一発だけ反射しきれず、ケラウノスに喉元を貫かれた。

 同時にアンナは、限界を超えた動きにより両足が千切れ、反射されたアネモイを避けきれず心臓を貫かれた。


 よって相打ち。

 二人の体は棺桶に包まれ、それっきり動かない。


 ここは夢の世界だから死んでもすぐに生き返るはずなのに、どうしたのだろうか。不安になったローラと大賢者は、二つの棺桶の蓋を開ける。

 すると二人とも、棺桶の中でスヤスヤ眠っていた。


「夢の世界で寝るなんて、学長先生みたいですねぇ」


「ふふ。よっぽど疲れたのね。このまま朝まで寝かせてあげましょう。久しぶりに凄い戦いを見て……何だか興奮しちゃった」


「私もです! 次は私も混じって、三つ巴をやってみたいです!」


「その調子で強くなって、私の領域に早くいらっしゃい。次の次の、そのまた次くらいには、四つ巴ができたらいいわね」


「はい! ぜひやりましょう!」


「あら。私と真剣に戦おうなんて百年早いわよ」


「ひ、酷い! 学長先生が言い出したのに!」


「冗談よ。百年も待てないわ。ええ、本当に楽しみ……」


 大賢者は、遠いところに思いをはせるような顔をしていた。

 その声と表情には、羨望が混じっているように見えた。

 もしかしたらシャーロットとアンナの戦いが羨ましかったのかもしれない。

 ローラは何となくそう思ってしまった。

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