第186話 大型のヒュドラが出ちゃいました

 認識阻害の魔法は、相応しいときが来るまで封印する。

 そう心に誓った次の日、早くも相応しいときがやってきた。


「聞きましたかローラさん。王都から少し離れた森に、ヒュドラが出たそうですわ」


「はい。皆が噂してますよね。アンナさんの魔法剣を試すのに、絶好の相手なのでは」


 ヒュドラというのは複数の頭を持ったヘビのモンスターだ。

 本来はBランク指定なのだが、たまに大型の個体が現われ、ベヒモスやリヴァイアサンと同格のAマイナスに指定されることもある。

 今回現われたのは、そのAマイナスだ。


 こういった強力なモンスターが現われると、あっという間に冒険者たちの噂になる。

 倒せば名を売ることができるから、腕に自信のある者は積極的に挑んでいく。

 逆に自信がない者は、危険を回避するために情報を集める。


 そしてギルドレア冒険者学園も、冒険者の卵が集まる学校だけあって、そういった噂には敏感だ。

 気分だけでもプロの冒険者になれる。


 とはいえ、生徒はプロの冒険者ではない。

 もともと噂というのは信憑性が怪しいものだが、学校の中だけで確認した噂となれば、話半分にしか聞けない。


 しかし授業中、エミリアの口からヒュドラの話が出てきたことで、一気に信憑性が増した。


「あ、そうそう。森に大型のヒュドラが出たって噂、皆も聞いてるわよね? ギルドからも通達があって、どうやら本当らしいわ。危ないから森には近づかないように。というか、ヒュドラが討伐されるまで、王都から出ないようにしてね」


 そう語ってからエミリアは、ローラとシャーロットをジロリと見つめた。


「な、なぜ私たちを見るんですか……クラスの皆に言ってるんですよね!?」


「そうですわ。まるでわたくしたちに言い聞かせれば、それで解決という顔をしていますわ!」


「だって。大型ヒュドラが出てきたと聞いて、実際に現場まで行こうとするのは、あなたたちくらいだもの」


 エミリアは冷ややかな声で言う。


「酷い言いがかりです! この学校の生徒は全員が冒険者の卵。つまり好奇心旺盛! 大型ヒュドラを一目見たいと思うのは必然です! ね、皆さん、そうですよね!?」


 ローラは皆の同意を得ようとした。

 が、クラスメイトたちは首をブンブンと横に振った。


「あ、あれ……?」


「好奇心があるからって、実際に見に行くのはあなたたちだけなのよ。だって下手したら死んじゃうもの」


 エミリアが言うと、クラスメイトたちは首をウンウンと縦に振った。


「見てみたいのは確かだけど……実際に行きたくはないよな」

「Aマイナスって、ドラゴンよりちょっと弱いだけじゃん。頼まれても嫌だね」

「もはや校則がどうこうって話じゃないわよね」

「プロの冒険者でも、かなり上位のパーティーじゃないと近づかないだろ」


 そんな声が聞こえてくる。

 ローラはカルチャーショックで仰天した。

 こっちはどうやってバレないように校則を破ろうかと考えているのに、皆は校則がなくても行かないと言っているのだ。

 しかし考えてみると、無理もない。

 普通の生徒から見たら、大型ヒュドラは絶対に勝てない相手。ローラにとっての大賢者のような存在だ。

 それが暴れているところに好き好んでいく者がいたとしたら、ただ無謀なだけだ。勇気とは言えない。


「大丈夫ですわ、エミリア先生。わたくしたちも大人しくしていますわ。叱られるのは嫌ですもの」


「本当に? アンナさんの魔法剣の試し斬りに丁度いいとか考えてない?」


「「ギクリ」」


「……今、ギクリって言ったでしょ?」


「じょ、冗談ですわ!」


「そうです。ちょっとしたお茶目です。図星を突かれてつい漏れたわけではありません!」


「ふーん……」


 エミリアの視線は、もの凄く疑惑に満ちあふれていた。

 全くもって少しも信じていない顔だった。

 少しは信じてくれてもいいのに、と訴えたかったが、実際に大型ヒュドラを試し斬りに使うつもりなので、エミリアの疑惑は100%正しかった。

 生徒の考えをよく理解している、いい先生だ。

 そんな生徒想いのエミリアを騙すのは心が痛むが……知らぬが花という言葉もある。

 お互いのため、騙すしかないのだ。


「あなたたち三人が王都を抜け出さないか、先生たち皆で監視することにします。もし抜け出したりしたら……」


「ま、まさか、お尻ペンペンの刑ですか……?」


「ローラさんは三日間オムレツ禁止の刑! シャーロットさんも同じく三日間ローラさんを抱き枕にしてはいけない刑! アンナさんは何を禁止にしたらいいかしらね……ふふふ」


 エミリアは意地悪そうな笑みを浮かべた。


「殺す気ですか!?」


「生徒に対する虐待ですわ!」


「……おおげさねぇ。ま、何にせよ、王都を出なきゃいいのよ。分かった?」


「「はーい」」


 素直に返事をしておいたが、エミリアの顔から疑惑の色は消えていない。

 きっと、本当に先生たちで監視するつもりなのだろう。

 逆にいえば、その監視網に引っかからなければ、王都の中で大人しくしていたという証拠になる。

 もちろん、実際には証拠とは言えない。監視網をかいくぐって脱出した可能性だってあるのだから。

 だが、監視網を突破されたとなれば、それは教師たちの敗北。

 うるさいことは言ってこないに違いない。


 つまり、これはローラたち三人と、教師たちの勝負。

 いざ尋常に――と言いたいところだが、ローラには認識阻害魔法という切り札がある。


 ――ふふふ、エミリア先生には悪いですが、やる前から勝負は分かっているのです!

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