第187話 パジャレンジャーの仕業ではないですよ!
そして放課後。
三人は再び、ローラとシャーロットの部屋に集まり、作戦会議を始めた。
「先生たちの目がどこにあるか分かりません。この部屋から認識阻害魔法を使って、現地に行き、ヒュドラを倒し、帰ってくる……この間、認識阻害をかけっぱなしです。バレる確率をゼロにします!」
「確かにそれなら絶対にバレませんわ。反則的な隠密性ですわ」
「でも大丈夫なの? 慣れない魔法をそんな連続で使って。途中で解けたりしたら、大変だよ?」
アンナが心配そうに呟く。
確かに、認識阻害魔法は昨日覚えたばかり。
長時間の使用はまだ未経験だ。
もしローラの魔力でも短時間しか持続しなかった場合、森の中で元に戻ってしまう。
おそらく、そこら中に教師の目があるはず。
この学園の教師は例外なく、優秀な冒険者だ。
認識阻害を解除した場合、まず間違いなくバレると思ったほうがいい。
「……でも、大型ヒュドラがいつまでもいるとは限りません。誰かに討伐されてしまうかもしれません。ケラウノスとアネモイの試し切りに相応しいモンスターが次にいつ出現するか分かりませんし……ここは行くべきです! 冒険です!」
「ある意味、今までで一番の大冒険ですわ。しかし、危険を恐れていては成長できませんわ!」
「……分かった。私も早くケラウノスとアネモイで実戦をやってみたい。行こう、今から」
「おお、アンナさん、いつになく積極的です! ハクもそれでいいですか?」
「ぴぃ」
ベッドの上で座っていたハクは、力強く頷いた。
もっともハクは教師たちに見つかっても怒られたりはしないだろう。
だが一応、ハクもパーティーの一員だ。意思を確かめる必要がある。
それに神獣の同意があれば縁起がいい。
というわけで、ローラは頭にハクを乗せ、それからシャーロットとアンナと手を繋ぐ。
「世界よ。森羅万象よ。我が魔力を喰らい、我が存在を消すがいい。あらゆる目と耳と鼻を欺き、六感すら惑わせ。幻を超えて、虚無と化せ――」
呪文を唱えて、認識阻害の魔法を発動。
「相変わらず、消えたのかどうか、自分では分かりませんわ」
「学校の外に出る前に、ミサキさんで実験しましょう」
ローラたちは学食に行き、夕飯の仕込みをしていたミサキの後ろに回り込む。
そして尻尾をモフモフモフ。
「のわぁ! 誰かに尻尾をモフられたであります! ……でも誰もいないであります?」
ミサキは尻尾を手で押さえながら、周りを見回し、首を傾げた。
「どうしたんだい、ミサキちゃん」
「今、誰かが私の尻尾を触ったであります……なのに、振り向いても誰もいなかったであります……怖いであります!」
「それはミステリーだねぇ。そういえば知っているかい? この学校には七不思議があって、食堂にはモフモフお化けが……」
「のわぁ、怖い話はやめて欲しいであります!」
食堂のオバチャンが、ミサキに怪談を語り始めた。
ローラも怪談は苦手だが、モフモフお化けというのは明らかにオバチャンが今考えたお化けなので、別に怖くなかった。
去り際にもう一度軽くモフってから、ローラたちは学校の外に走って行く。
街中はピリピリした雰囲気が漂っていた。
もっとも、住民たちが緊張しているわけではない。いつもどおり、王都は平和だ。
ただ、そこら中から、手練れの者が警戒している気配が匂っている。
無論、それはギルドレア冒険者学園の教師たちだろう。
姿こそ見えないが、ローラたちを探しているのだ。
しかし、無駄な努力である。
ローラたち三人と一匹は、道の真ん中を堂々と進んでいる。
そして城門から王都の外に出て、街道を外れ、大型ヒュドラがいるという森に向かった。
森の入り口からは、王都以上に緊張感が伝わってきた。
その気配を追っていくと、木の上にエミリアが隠れていた。
かなり真剣に気配を探っているらしい。
おそらく、周囲一帯の魔力の流れを探知し続け、ローラたちの魔力をわずかでも感じ取ったら、急行するつもりなのだろう。
「エミリアせんせー」
ローラは叫び、手を振ってみた。
だが、彼女は気付かない。
「あの真剣な顔……何だかエミリア先生に悪い気がしますわ……」
「罪悪感。でもバレなきゃお互い、問題ない」
「そ、そうです。バレなきゃいいんです。大型ヒュドラを倒せば、この辺の安全を確保できますし、アンナさんは試し斬りができて満足。私たちがやったという証拠がないので、先生たちは何も言えず、エミリア先生の胃に穴が空くことはなく、私たちは怒られない。丸く収まります。大丈夫です!」
などと言いつつも、校則違反を犯しているのは確かなので、ローラたちは先を急ぐことにした。
タッタカタッタカと木々の間を縫って走る。
途中、ゴブリンの群れとすれ違ったが、まるで気付かれなかった。
認識阻害は人間以外にも通じるという証拠だ。
そして無事に大型ヒュドラがいるという場所に辿り着いた。
「さて。ヒュドラはどこでしょう?」
「いくら大きくても、地面に伏して寝ていたら分かりませんわ」
「誰かが戦っていたらすぐに分かるんだけど……」
「そう言えば、こういうときっていつも『真紅の盾』というパーティーがいますよね。今日もヒュドラと戦っていたりして」
「まさか。そんな偶然、いつまでも続くはずがありませんわ」
「でも真紅の盾は、王都ではトップクラスのパーティー。そして大型ヒュドラは並の冒険者じゃ戦えない。だから真紅の盾が来ている確率は高いと思う」
ローラたちが大型ヒュドラを探してウロウロ歩いていると、少し離れたところから、ズゥゥゥゥンと地響きが聞こえてきた。
そしていくつかの魔力反応。
「……うーん、この魔力のパターンは……真紅の盾ですねぇ」
「驚きましたわ……まさか本当にいるなんて……」
「いつものパターンだと大ピンチになっているはず。早く助けてあげないと」
「ぴ!」
人命救助のため、ローラたちはスタタタと駆けていく。
案の定、真紅の盾は瓦解寸前だった。
ヒュドラは口から光線を放ち、真紅の盾を攻撃している。
魔法使いが防御結界を張り、隙を突いて剣士や槍使いが攻撃するという戦術らしいのだが、ヒュドラの光線が激しすぎて防戦一方だ。
「くそっ、前に戦ったヒュドラは三つ首だったのに、こいつは五本も生えてやがる!」
「結界が破られる! 逃げろ!」
「駄目だ、間に合わない……!」
防御結界が貫かれる一秒前だったので、ローラはその結界に自分の魔力を流し、補強してあげた。
「な、なんだ……!? 急に結界が分厚くなったぞ!」
真紅の盾の魔法使いは、目を白黒させている。
「そうか! 死が目前に迫って覚醒したんだな! これが俺の真の力!」
そして彼は都合のいい結論に達した。
ローラは魔法使いに近づき、その耳元でそっと呟く。
「くくく、力が欲しいか。ならばくれてやる……」
「ローラさん。何をしていますの?」
「黒幕ごっこです!」
「お可愛らしい黒幕ですわぁ」
シャーロットはほんわかした顔を作る。
一方、大型ヒュドラは自分の攻撃が通じなくなったことに腹を立てたのか、光線の威力を一層強めた。
防御結界の表面で爆発が連続して起こる。
その激しい光と音に、真紅の盾は悲鳴を上げた。
「アンナさん。この人たちは私が守るので、ちゃちゃっと試し斬りしちゃってください」
「分かった。これだけ大きいと斬りがいがありそう。わくわく」
アンナは
「さあ、私が相手。真紅の盾よりも私のほうが強いよ」
しかし大型ヒュドラはアンナに目もくれず、ひたすら真紅の盾へ光線を吐いていた。
それから光線では防御結界を貫けないと悟り、五つの頭で頭突きを繰り返す。
「……無視されちゃった」
「よく考えてみれば、認識阻害をしているのですから、気付かれないのは当然ですわ」
「うーん……気付かれなかったら戦闘にならないじゃないですか。つまらないです。この魔法は駄目です」
「いくら試し斬りとはいえ、一方的に斬殺するのは気が引ける……帰ろっか」
「気持ちは分かりますが、このまま帰ったら真紅の盾の人たちが殺されちゃいますよ。ズバッとどうぞ」
「実戦ができると思ってたのに……」
アンナは大きなため息をつく。
それから風をまとい、大型ヒュドラの頭上に飛び上がった。
すれ違いざまにケラウノスを一閃。
電撃と斬撃の同時攻撃により、大型ヒュドラの首の一本を両断せしめた。
「ぎゃおおおおおん!?」
大型ヒュドラからすれば、自分の首が突然とれたのだ。
全く意味不明だろう。
真紅の盾も目を丸くして、切断面を見つめている。
「だ、誰がやったんだ?」
「稲妻が光ったと思ったら、いきなり首が一本とれたぞ!」
「俺たちの中にあんな真似ができる奴はいない……そうか! いつも助けてくれるあの子たちだ!」
「姿は見えないけど、また助けに来てくれたんだな。ありがとう、パジャレンジャー!」
真紅の盾はパジャレンジャーへの感謝を口にした。
「あれ……姿を見られていないのに、なぜかバレてしまいましたよ。どういうことでしょう!?」
「日頃の行いですわね……普通ならいいことなのですが、わたくしたちの場合、校則違反がバレてしまうのでピンチですわ!」
「し、しかし、姿を見られていないので、なんとでも言い逃れができます。アンナさん、早くトドメを!」
「分かった」
アンナは二本の魔法剣を使い、残りの首を一気に切断した。
それでも胴体だけがビクンビクン動いていたので、ケラウノスを突き刺し、電撃で内部から焼く。
大型ヒュドラはそれでようやく絶命する。
「……なんという手応えのなさ。これじゃローラやシャーロットと戦っていたほうがずっとマシ」
アンナは死体の上に立ち、悲しそうに呟いた。
「気持ちは分かりますが、落ち込むのはあとにしましょう。今は早くこの場を離脱すべきです」
「何食わぬ顔で寮にいれば、アリバイはバッチリですわ!」
「うん……今日は真紅の盾を助けることができたから、それでよしとしよう」
アンナは自分を納得させるように言って、トボトボと歩き始めた。
そのとき真紅の盾のメンバーが、明後日の方角に向かって「ありがとうパジャレンジャー!」と叫んだ。
ローラは去り際に「違いますよー、私たちは関係ないですよー」と言っておいた。
もちろん、聞こえるはずはないのだが。
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