第184話 幻惑魔法に頼ります

「やっぱり、困ったときは学長先生に聞くのが一番だと思う。ふざけているようでも、なんだかんだで頼りになる」


 廊下を歩きながら、アンナはそのような意見を口にした。

 魔法剣を改造してもらってから、彼女の中で大賢者の評価が急激に上がったらしい。

 それに実際、大賢者ほど頼りになる人はいない。

 サメのコスプレをして襲いかかってきたり、生徒に言われるがまま文化祭でスケベな格好をしてしまったりと、残念な部分も多いが、総合的には偉大な人である。


 その残念な部分が残念すぎて、迂闊に近づくと酷いトラブルに巻き込まれることもある。

 しかしローラたちは迂闊な性格なので、ほいほい近づいてしまう。

 それに大賢者がいなくてもトラブルは起きるので、頼っても問題ないだろう。

 とはいえ――。


「これはどうやってバレないように校則違反するかという企みです。学長先生も先生です。いくらなんでも協力してくれないでしょう」


「言われてみれば確かに……」


「透明になる魔法とか、そんな感じの魔法はないんですかね?」


「探せばあるでしょう。しかし先生方に聞くわけにはいかないので……図書室に行って調べるのですわ」


「なるほど、名案です! では図書室にレッツゴーです」


「ぴー」


 ローラたちは図書室にテクテク歩いて行く。

 いつも廊下を走って怒られているが、ローラはそろそろ十歳になるので、そろそろ落ち着いた行動を心がけるのだ。大人になるのである。


 図書室に行くと、黒髪メガネの図書委員長が、いつものようにカウンターの中で読書していた。

 図書委員長は一瞬だけ顔を上げ、


「着ぐるみパジャマにサングラス……ローラちゃん可愛い……」


 と呟いて、また読書に戻った。


「図書委員長にも一発でバレた」


 アンナはそう言って、ローラの着ぐるみパジャマの耳を指先で弄ってきた。


「うふふ。ローラさんのお可愛らしさは、この程度では隠せないということですわ」


 シャーロットも反対側の耳をつまんでピコピコと動かした。


「むむ……私は完璧な変装だと思っていたのですが……」


「ぴぃ?」


 ハクにまで疑問ありげな声をかけられたので、ローラはこの話題はもう掘り下げないほうがいいと確信した。


「それは終わった話です。今は魔法の本を探すのです」


「変装術の本でもよろしいのでは?」


「きっとまた一瞬でバレてエミリア先生に怒られる」


 シャーロットとアンナが、ニヤニヤしながら言ってきた。

 ローラはそれを無視して、魔導書のコーナーに向かう。


「幻惑系魔法大百科……これに載ってそうな気配です」


 それらしき本を見つけた。だが棚の一番上にあったので、手が届かない。

 するとハクがパタパタと飛んで、本を取ってきてくれた。


「ハクありがとうございます。でも……これじゃないです。私が欲しかったのは、隣の本です」


「ぴ?」


 ハクが持ってきたのは『今日からできる魔法少女』という謎の本だった。

 ローラはジャンプしてその本を元に戻し、同時にお目当ての本を手に取って着地する。

 するとハクもローラの頭に着地した。


「シャーロットさん。アンナさん。それっぽい本を見つけましたよ。……なぜ変装術の本を持ってニヤニヤしてるんですか? 私はそんなものには頼りませんよ。すでに次のステージに進んでいるのです」


 年上のお姉さんたちの嫌がらせを無視して、ローラは毅然とした態度で椅子に座り、本を広げた。

 ローラに無視されたのがショックだったのか、シャーロットとアンナは一瞬だけ悲しそうな顔になり、変装術の本を棚に戻してからローラの両脇に座る。


「ほらほら。ここに認識阻害の魔法ってのが載ってますよ。幻惑魔法ってことは……特殊魔法ですね」


 ローラは本を指さして二人に見せる。


 魔法には様々な種類があるが、大雑把に分けると『攻撃魔法』『防御魔法』『回復魔法』『強化魔法』『召喚魔法』『特殊魔法』の六種類になる。

 この中で特殊魔法というのは、他の五つに分類できない魔法を全てまとめたものだ。よって、特殊魔法の中にも細かい分類がある。

 たとえば、今ローラが開いている本のタイトルにもなっている幻惑魔法。あるいは飛行魔法。これらは特殊魔法の一種だ。

 それぞれ覚えるべきことが全く別で、同系統の魔法とは言いがたい。


 ただ一つ共通しているのは、特殊魔法は総じて難易度が高いということ。

 ゆえに、他の五系統の魔法を使えても、特殊魔法だけは使えないという者もいる。

 才能ある者だけに許された魔法なのだ。

 特殊魔法を使いこなせてこそ真の魔法使い、とさえ一部では言われているらしい。


「私は特殊魔法の適性値が9999なので、練習したらできるでしょう」


「わたくしも105ありますわ。できるはずですわ!」


「私の特殊魔法適性は10……しょんぼり……」


「ア、アンナさんは剣士なので仕方ないです……!」


「そうですわ。その代わり、アンナさんには素晴らしい剣技と、頼りになる魔法剣がありますわ!」


 しょんぼりしたアンナを、ローラとシャーロットが慰める。

 だが結局のところ、この認識阻害の魔法とやらをアンナが習得するのは無理だ。

 これを使って正体を隠すとすれば、ローラとシャーロットで彼女をフォローする必要があるだろう。


「二人ともありがとう……それで認識阻害の魔法って、つまりどういう魔法なの?」


「えっとですね。その名前の通り、他の人から……いえ、他のあらゆる存在から認識されなくなる魔法らしいです。単純に姿が見えなくなるだけでなく、大声を出してもバレません。それどころか触っても気付かれないとか」


「それは凄い。つまりミサキの尻尾をモフりまくっても嫌がられないということ?」


「おお、そんな使い方もありますね。でもその場合、ミサキさんはモフられていることそのものに気付かないんでしょうか? それともモフられているのは分かるけど誰にやられているのか分からないのでしょうか?」


「この本を読む限り、触られたことには気付けても、誰に触られたのかを認識できないようですわ」


「目の前にいても?」


「真正面から触っても分からないみたいですわ!」


「それは凄い。ローラのほっぺをムニムニし放題」


「素晴らしい魔法ですわ!」


「そんな邪悪な使い方は許しませんよ!」


 ローラは抗議したが、シャーロットとアンナは聞く耳を持たない。

 踊るように立ち上がり、本を持ってカウンターに行き、貸出手続きをしてしまった。

 ローラとて、本を借りること自体に異論はない。

 だが二人は『正体を隠したまま強くて大きなモンスターを狩る』という当初の目的を忘れているのではないか、と疑ってしまう。

 断じて自分のほっぺをムニムニなんかさせないぞ、とローラは誓い、二人を追いかけた。

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