第179話 もしもの時はバケツです

「んん? 丁度よくスポッとはまっちゃってますね……信じがたいほど絶妙な大きさの門です」


「感心してないでなんとかしてくださいまし!」


「ふふふ。では次元倉庫の先輩として、この門を大きくしてみせましょう。えいや!」


 ローラはかけ声とともに、シャーロットの次元倉庫の門に干渉しようとした。

 ところが、門に変化はなかった。

 シャーロットの腕は抜けない。


「あれれ……変ですね……門を広げるくらい、簡単なはずですが……えいっ、えいっ」


「大変であります。皆でシャーロット殿の腕を引っ張るであります!」


「でも、力任せにやったら千切れちゃうよ」


「千切れるのは嫌ですわ!」


 ローラは何度も門に干渉しようと試み、ミサキとアンナはシャーロットの腕をぐいぐいと引っ張る。

 だが、シャーロットが痛がるばかりで、まるで進展しなかった。


「……ラーメンできたアルが……どうするアルか?」


「食べないと伸びるけど……」


 いつの間にか、全員分のラーメンを持って、ランとニーナが立っていた。


「うーん……確かにラーメンが伸びるのは困りますね……シャーロットさんの問題は後回しにして、先にラーメンを食べましょう」


「ひ、酷すぎますわ!」


「でも、動けないだけで死の危険があるわけじゃない」


「しばらく我慢するでありますよ」


「ぴー」


 というわけで、ローラたちはテーブルに戻り、それぞれのラーメンを食べ始めた。


「うぅ……いい匂いですわ、美味しそうですわ。目の前にわたくしのチャーシュー麺があるのに、それが伸びていくのを見ているしかないなんて……こんな屈辱は初めてですわぁ!」


 シャーロットは泣き叫ぶ。

 確かに、次元倉庫に手がはまってしまいチャーシュー麺を食べられないなんて、滅多に経験できることではない。おそらく人類史上初めてだろう。


「可哀想なシャーロットさん……分かりました。私が食べさせてあげます」


 ローラはチャーシュー麺のどんぶりを持ち、割り箸で麺をシャーロットの口に入れてあげた。


「ずるずる……美味しいですわぁ!」


 泣いていたシャーロットだが、チャーシュー麺の美味しさにニッコリ。


「よかったですね、シャーロットさん」


「これで万事解決」


「めでたしめでたし、でありますな」


「よかったですわぁ……って、なにも解決していませんわ! このままではわたくし、一生ラン亭のオブジェとして生きていくことになってしまいますわ!」


「それは困るアル。商売の邪魔アル」


 ランは深刻そうに呟いた。


「うっ、うっ……わたくしだって好き好んでこんな場所に突っ立っているのではありませんわ。いい加減、同じ姿勢でいるのに疲れてきましたわ……」


「とにかく、私の作ったラーメンが延びるのを見ていられないアル。残りは私が食べさせてあげるアル」


「ああ……感謝ですわ……」


 ランが麺やチャーシューをシャーロットの口に運ぶ。

 シャーロットは泣きながら、それをずるずる啜る。

 かつてないほど間抜けな光景だ。

 しかし、これは次元を超越した問題。どんなに間抜けに見えても、空間に穴が空いているのだ。ローラの力を以てしても解決できない大問題なのだ。


「ふぅ……相変わらずランさんの作ったラーメンは美味しいです!」


「ぴー」


 ラーメンを完食したローラとハクは、お腹をさすりながら余韻に浸る。

 だがそのとき、のんびりしていられない事態が発生した。


「お、おトイレに行きたいですわ……」


「そんなシャーロットさん! そういうのは次元倉庫にはまる前に済ませておきましょうよ! 計画性は大切ですよ!」


「こんな事態を予測して行動なんてできませんわ!」


 言われてみればそうかもしれない。

 とはいえ、次元倉庫の練習をやめろと皆で忠告したのに続行してこのざまなのだから、自業自得なのは変わらない。


「漏れてしまいますわ! 漏れてしまいますわ!」


「駄目アル! お店で漏らすのは勘弁アル!」


「掃除するのは私たちなのよ!」


 ランとニーナが抗議してきた。

 だが、いくら抗議されても、シャーロットにはどうすることもできないのだ。


「ど、どうしましょう! いくらなんでも、このままではシャーロットさんが可哀想です!」


「万が一に備え、バケツを持ってくるであります!」


「嫌ですわ、バケツにするなんて嫌ですわぁ!」


「しかし床にするよりはマシであります!」


 本格的に修羅場になってきた。

 ローラは普段、次元倉庫を何気なく使っていたが、まさかここまで恐ろしい魔法だとは思っていなかった。

 強力な魔法ほど制御に失敗したときに恐ろしい副作用を引き起こすと聞いたことがあるが……まさに眼前の光景がそれである。


「次元倉庫のことは学長先生に聞いたらいいんじゃないの?」


 この修羅場の中でも、アンナは冷静な指摘をしてくれた。


「なるほど! アンナさん、凄いです! 私たちの頭脳担当ですね!」


「いや……皆がパニックになりすぎだと思う……」


「とにかく、学長先生を呼んできます! シャーロットさんはそれまで頑張ってください!」


 ローラはシャーロットのため、ラン亭のために走り出した。

 目指すは学長室の隣にある、大賢者専用仮眠室である。

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