第178話 引っ張っても抜けません
アンナとシャーロットが草原で戦った翌日。
休日なのでミサキも誘い、四人と一匹で街で遊ぶことにした。
お昼ご飯はもちろん、ラン亭のラーメンだ。
いつも繁盛しているラン亭だが、休日の昼時となると輪を掛けて凄まじい。
店の外まで客が並んでおり、なかなか入れそうになかった。
そこで時間をずらすため、別の場所で時間を潰すことにする。
「ショートケーキが美味しい喫茶店の噂を聞いたであります。そこに行くであります」
「ミサキさん、ナイスアイデアです!」
「ケーキとラーメンは別腹ですわ」
「なんと意識が低い考え方。でも人は低きに流れるもの。ケーキのため、流されるしかない」
「ぴー」
神獣ハクも頷いている。
これは行くしかないということで、ローラたちは喫茶店に向かった。
そして出てきたショートケーキは本当に美味しかった。
学食にもデザートのショートケーキがあるのだが、この喫茶店は使っている生クリームの量も質も桁違いだ。
その甘さにほっぺたが落ちそうである。
「世の中にはこんな美味しいショートケーキがあるんですねぇ……人生は奥深いです」
「ショートケーキで人生を語ってしまうとは、ロラえもん殿の感受性は凄いでありますなぁ」
「どんな生き物も食べ物がないと生きていけませんからね。食べ物で人生を語るのは、むしろ自然なことです!」
「おお、凄い説得力であります!」
「ちなみに、人生を最も豊かにしてくれるのはオムレツですよ。皆さんもオムレツを讃えましょう。むむ、この店のメニューにもオムレツがありますね。追加するしかありません」
「ローラ。そんなことをしたら、ラーメン食べられなくなるよ」
「今日のお昼はラーメンと決まっているのですわ。いくらローラさんでも、その決定は覆せませんわ」
「うーん……じゃあ、この店のオムレツは後日の楽しみにとっておきます……」
ローラは大人しく彼女らの意見に従うことにした。
まだ食べたことのないオムレツを前にして引くなど残念極まるが、冒険者学園と同じ王都にある喫茶店だ。来ようと思えばいつでも来ることができる。
オムレツよりも友達との約束を選ぶ。
大人になったなぁ、とローラは自分に感心した。
「ところでローラさん。次元倉庫の門を開くには、なにかコツのようなものがあったりしませんの?」
ショートケーキを食べ終わった頃、シャーロットがそんな質問をしてきた。
「次元倉庫のコツですか……? 特にありませんけど、急にどうしたんです?」
「わたくし、昨日一晩じっくり考えたのですが……やはりローラさんや学長先生の領域に到るには、次元倉庫を使えるようになることが必要不可欠ですわ。この問題は先送りにしてはいけませんわ。いい加減、わたくしも次元倉庫と真剣に向き合うときが来たのですわ!」
「昨日一晩? シャーロットさん、昨日は私よりも先に寝てませんでしたか?」
「……夢の中で考えていたのですわ!」
「ははあ……器用な真似をするんですねぇ……」
ローラは夢の内容などほとんど覚えていないし、覚えていたとしても、オムレツを食べている夢ばかりだ。まともな思考なんてしていない。ぼんやりしているのが夢というものだろう。
そんな夢の中でも強くなることを真剣に考えているなんて、本当だとしたら大したものだ。
「シャーロットが次元倉庫を使えるようになったら、私じゃ相手にならなくなる。次元倉庫を覚えるのは、もうちょっとあとにしたら?」
「ご安心を、アンナさん。アンナさんと戦うときは、次元倉庫を使いませんわ」
「それは手加減されてることになるから嫌だ」
「シャーロット殿もアンナ殿も気が早いであります。そういうのはシャーロット殿が次元倉庫を使えるようになってから心配すればいいであります。あんなでたらめな魔法、簡単に使えるのはロラえもん殿や大賢者殿くらいでありますよ」
「ミサキの言うことにも一理ある。心配するのは早かった」
アンナは真顔で呟き、コーヒーを飲む。
「それはつまり、わたくしが次元倉庫を覚えるのはずっと先だと仰っていますの!? 酷いですわ! 今日中に使えるようになって、わたくしの実力を教えて差し上げますわ……次元倉庫、開け! 開け!」
そう言ってシャーロットは、腕に奇妙な動きをさせ、空間に穴を開けようと頑張る。
しかし無論、腕を振り回したくらいでは、空間に穴は空かないし、次元の壁も越えられない。
「シャーロットさん。店の中で騒いだら迷惑ですよ。もう食べ終わりましたし、行きましょう」
「開け! 開け!」
まだ次元倉庫の練習を続けるシャーロットの腕を引き、ローラたちは喫茶店を後にした。
そしてウィンドウショッピングを楽しもうとしたのだが、街を歩いている最中、シャーロットがずっと「開け……開け……」と呟き続け、恥ずかしいので早々にラン亭に逃げ込むことにした。
「それでシャーロットちゃんは奇妙な動きをしているアルか。てっきり怪しげな宗教にハマったのかと心配したアル」
ラン亭の店長のランは、厨房から顔を出してシャーロットの動きにツッコミを入れる。
「わたくしはそんなものにはハマりませんわ! これはれっきとした魔法の練習ですわ!」
「どっちにしろ、怪しい儀式じゃない」
注文を取りに来たニーナが呆れた声を出す。
「開け! 開け!」
だがシャーロットは構わず練習を続行する。
驚異的な集中力だ。
「シャーロットさん。店の中ではやめましょうとさっきも言ったじゃないですか!」
「まぁまぁ。今はお客さんも減ったし、別に構わないアルよ」
と、厨房からランが許可を出してしまった。
大義名分を得たシャーロットは、調子に乗って続けるに違いない。
と思いきや。
「いやいや。いくら他にお客さんがいなくても、注文もせずに魔法の練習されたら困るんだけど。せめて何を食べるか決めてからにして」
ニーナがぴしゃりとした口調で言って、シャーロットの動きを止めてしまった。
「普段は温厚なニーナ殿が怒ると大迫力でありますな」
「恐怖の余り動きを止めてしまいましたわ……」
「もう。いいから注文してよ」
ニーナは腰に手を当て、ムスッとする。
「では、わたくしはチャーシュー麺にネギのトッピングですわ」
「私は冒険者ラーメン。ニンニク入れてね」
「私も冒険者ラーメンであります。ニンニクヤサイマシマシであります!」
「じゃあ、私とハクは普通のラーメンで」
「ぴ」
全員の注文をメモしたニーナは、厨房に消えていく。
それを見届けてからシャーロットは再び次元倉庫を開くため怪しい動きを始める。
「シャーロット。ラーメンを待っている間くらい、落ち着こう。というか、今日はちゃんと遊ぼう」
「そうですよ。シャーロットさんが努力家なのはいいことですが、メリハリをつけましょう」
「全くであります。休むときは休むのも大切であります」
「こ、これが最後ですわ……これで開かなかったら今日は諦めますわ……開け!」
シャーロットは立ち上がり、そして気合いの一言とともに両腕を突き出した。
その瞬間、手首から先が消えてしまった。
「え、ええ!?」
当然だが、真っ先に驚きの声を上げたのはシャーロットだ。
目を見開いて腕の先を見つめ、無言のまま口をパクパクさせる。
アンナとミサキもギョッとした顔になる。
厨房からランとニーナが現われ、悲鳴を上げた。
だがローラは冷静だった。
なにが起きたか分かっていたからだ。
「大丈夫ですよ、皆さん。シャーロットさんの手は、次元倉庫に行ったんです。消えたわけじゃありません」
「次元倉庫ですの? わたくし、次元倉庫の門を開けましたの!?」
「はい。小さいですが、ほら。手首のところに黒いモヤみたいなのあるじゃないですか。それが門ですよ」
「こ、これが……やりましたわ! これでわたくしも次元倉庫の使い手ですわ!」
シャーロットは大喜びだ。見ているローラまで嬉しくなるくらいの笑顔を浮かべている。
が、その笑顔がどうしたわけか一瞬で消え、シャーロットは真っ青になってしまった。
「ど、どうしたんですか……?」
「抜けませんわ!」
「はい?」
「ですから……次元倉庫から手が抜けないのですわぁ!」
「ええ、そんな冗談でしょう!?」
ローラはシャーロットの腕を引っ張った。
しかし、本当に抜けなかった。
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