第177話 アンナさんが凄く強いです

 最初に仕掛けたのはアンナ。

 雷の魔法剣を振り下ろし、稲妻の斬撃をシャーロットへ飛ばす。

 もちろん、それはシャーロットの防御結界に阻まれてしまう。

 が、稲妻はおとり。

 その輝きに隠れ、アンナは風をまとって飛翔し、シャーロットの頭上をとった。

 二本の魔法剣が振り下ろされる。


 しかしシャーロットは回避するのではなく、逆にアンナに向かって飛び上がった。

 飛行魔法で急加速。

 結果、シャーロットの頭突きがアンナの腹に直撃する。


「ぐぬっ!」


 アンナは苦悶の表情を浮かべ、上空へと吹っ飛んでいく。

 だが、それだけ。

 剣を落とすことも姿勢を崩すこともない。

 頭突きが当たる直前、腹筋に力を込めたのだろう。もともとアンナの筋力は常人を凌駕している。そこに強化魔法をかければ、高速の頭突きも防いでしまうのだ。


「水の精霊よ。我が魔力を捧げる。契約のもと顕現せよ――」


 シャーロットは上空のアンナを見据えながら、呪文を唱え、人間サイズの水の精霊を二十体召喚した。

 それらは一斉にアンナめがけて飛んでいく。シャーロットはワンテンポずれて追いかけた。

 アンナは迫り来る精霊を見ながら、更に高度を上げて一定の距離を維持しようとする。

 と同時に、稲妻の斬撃を飛ばし、水の精霊を迎撃しようと試みる。

 が、水の精霊は稲妻などものともせず、一直線にアンナへと殺到した。


「……純水の精霊?」


「あら、戦士学科でも習うのですか? ええ、そうですわ。完全な純水は電気を通さない。ゆえにこの精霊は、雷に対して無敵の盾となるのですわ!」


 純水の精霊のおかげで、シャーロットは防御結界に魔力を回さずに済む。

 余裕を持ってアンナとの追いかけっこができるのだ。


「あら。シャーロットちゃんったら凄いのね。純水を召喚するのって難しいのに。しかも、それに精霊を憑依させて二十体も同時に操るなんて」


「おお、学長先生から見ても凄いということは、本当に凄いんですね。シャーロットさんは頑張り屋さんです!」


「そうね。ローラちゃんがいなかったら、確実に学園最強の生徒と呼ばれていたんでしょうけど」


「シャーロットさんは色んな意味で常識が通じないので、これから先、どうなるか分かりませんよ。もしかしたら私が負けちゃうかも!?」


「ふふ、そうね。でもローラちゃん、そう言いながら負ける気はないんでしょ?」


「もちろんです!」


 ローラは胸を張って言う。

 シャーロットの努力を認めることと、自分に対して自信を持つことは別問題だ。

 相手の力を認めつつ、その上で自分が勝つと考えるのは矛盾していない。見下しているわけでもない。

 ライバルとは、そういうものだろう。

 ローラには大賢者という目指すべき目標があり、そしてシャーロットとアンナが後ろから追いかけてくるからこそ、もっと強くなりたいと強く想うことができるのだ。


「それにしても、完全な純水は確かに電気を通さないけど……大気に触れた瞬間から純度が落ちていくわ」


「言われてみれば! でもシャーロットさん、古い水を捨てて、新しい純水を召喚し続けてますよ」


「燃費が悪い戦い方ねぇ。私だったら精霊の周りを真空にして、不純物が入るのを防ぐわ」


「でも、それはそれで大変ですね」


「そうね。だから電撃を防ぐなら、変なことをしないで、普通に防御結界で自分を覆うのが低燃費なのよねぇ」


「なるほどー。でもシャーロットさんの魔力も結構多いですから、そう簡単になくなったりしないですよ」


 大賢者に『燃費が悪い』と評された戦い方をしながらも、シャーロットの表情には余裕があった。

 それを見てアンナは不利を悟ったのか、逃げの一手になる。

 進路を変えて地上に向かう。自由落下の加速を使って、精霊とシャーロットを振り切ろうとしているのだろう。


「甘いですわアンナさん! その程度では逃げられませんわ!」


 シャーロットは純水の精霊を急降下させる。

 アンナは完全に周りを囲まれてしまった。

 これで勝負あり――と、ローラは思って見ていたのだが。

 しかし、アンナがそれを覆すような戦術に出る。


「なっ――!」


 シャーロットが驚愕を浮かべた。

 なにせアンナは、地面すれすれで強烈な嵐を起こし、土煙を巻き上げたのだ。

 それに巻き込まれた純水の精霊は当然、不純物を吸収してしまう。

 ゆえに純度が落ちる――というより、見て分かるほど色が濁った。

 もはや泥水の精霊である。

 絶縁体としての機能は果たせない。

 よって、雷が通ってしまう。

 アンナが放った電流でダメージを負った精霊は人の形を保てなくなる。

 草原の上に泥水が広がる。

 そして、精霊の後ろに隠れていたシャーロットに、雷が直撃した。


「あばばばばばばばば!」


 純水の精霊が盾になってくれると信じ切っていたのだろう。シャーロットは薄い防御結界しか張っていなかった。

 よって雷を防ぎきれず、妙な悲鳴を上げて倒れてしまう。


「シャーロットに勝った。ぶい」


 アンナは指でピースサインを作り、勝利を宣言する。

 よほど嬉しいのか、頬が朱に染まっている。


「ま、負けてしまいましたわ……手加減していないのに、普通に負けましたわ……」


 草の上で大の字に寝転んだシャーロットは、空を仰いで気の抜けた声を出す。

 負けたことが信じられないという顔をしていた。


「アンナさん、凄いです! まさかあそこから逆転するとは! 素晴らしい機転です!」


「一気に不純物を入れたら、水の循環が間に合わなくなると思った。狙いどおり」


 見事な作戦勝ちだ。

 アンナは魔法剣の魔力を使いこなせるようになっただけでなく、その特性を利用した戦術まで立てられるようになった。

 本当に凄い成長速度だ。ローラもうかうかしていられない。


「でも、シャーロットの油断につけ込んだだけ。もう一回戦ったら私が負ける」


「そ、そうですわ! 油断しただけですわ! 次は負けませんわ!」


 シャーロットはむくりと起き上がって叫ぶ。

 すると大賢者は冷ややかに笑い、説教を始めた。


「あら、シャーロットちゃん。油断していたってことは、相手の実力を見抜けなかったってことでしょ。自慢げに言うことじゃないわよ。それに次は負けないって、実戦だったら次なんてないのよ。あなたが今生きているのは、アンナちゃんがトドメを刺していないから。ちゃんと敗北を認めなさい」


「うぅ……分かっていますわ……本当は分かっているのですわ……アンナさん、あなたの勝ちですわ……!」


 シャーロットはアンナの勝利を讃え、そしてポロポロと泣き始めた。


「シャーロット。泣かないで。また勝負しよう。学長先生が意地悪なこと言ってるけど、これは実戦じゃないから。次は油断しなければいい」


「アンナさん……今日は無様な戦いをして申し訳ありませんでした……こんなわたくしに次のチャンスを与えてくださり、ありがとうございます。次こそはアンナさんの剣技に相応しい戦い方をしてみせますわ!」


「言っておくけど、次の私はもっと強くなってるよ?」


「それは、わたくしもですわ!」


 シャーロットは立ち上がり、アンナと固い握手をした。

 ローラと大賢者は「いい話だなぁ」と感動する。


「ぴー」


 ハクも感動したのか、ローラの頭の上で声を上げた。

 神獣を感動させたのだから、きっと二人には御利益があるだろう。

 しかし、それはそれとして、夕飯時だ。

 ローラのお腹がぐぅぅと鳴る。

 早くオムレツを食べてくれ、と体が訴えているのだ。

 なにせ昨日の夕飯はラーメンに浮気してしまった。

 お詫びにと今日は朝も昼もオムレツにしたのに、それでも足りないらしい。


「シャーロットさんとアンナさんの健闘を讃え、学食でオムレツパーティーにしましょう!」


「あら。そんなこと言って。二人を口実にオムレツを食べたいだけなんじゃないの?」


 と、大賢者がツッコミを入れてきた。


「そ、そんなことはないですよ? 私は純粋にシャーロットさんとアンナさんの戦いに感動したのです。その感動を語り合うには、感動的な食べ物であるオムレツが必要なのです!」


 ローラは口から出任せを並べてみたが、これは意外と説得力があるぞと自画自賛した。

 特に、オムレツが感動的食べ物というところが素晴らしい。

 きっと人類の共通認識だ。

 ローラは自分自身の言葉に、じーんと感動した。


「ローラさん。オムレツを食べたいからって、わたくしたちを巻き込んではいけませんわ。それに朝も昼もオムレツだったのですから、せめて夜は違う物を食べるべきですわ」


「ち、違いますよ……私は本当にオムレツで二人を讃えようとしているのです!」


「嘘をつくなんてローラは悪い子。これはお仕置きしないと」


「同感ですわ。ローラさんがいい子になるよう、わたくしもお仕置きしますわ!」


「あらぁ、楽しそう。私も混ぜてー」


「学長先生まで!? ハク、助けてください。私は嘘なんてついてませんよね!」


「ぴぃ」


 ハクはぶんぶんと首を横に振った。


「そんなぁ……」


「ローラ、覚悟」


「ですわぁ!」


 そしてローラは、両耳に息をふーと吹きかけられたり、太股をさわさわされたりと、沢山お仕置きされてしまった。

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