第176話 改造魔法剣です

「じゃじゃーん。これが改造した魔法剣よー」


 昨日と同じ草原で、大賢者は次元倉庫から魔法剣を取り出し、両手に持ってかかげてみせる。


「おおー……って、外見は変わってないですね」


「そりゃ、魔力が溢れないように調整しただけだもの」


「個人的には外見もパワーアップして欲しかったです」


 ローラは自分の剣でもないのに、不満を口にしてみた。

 とはいえ、魔力を絞ったのだから、これはむしろパワーダウンだ。にも関わらず外見だけパワーアップさせたら、とてもチグハグなことになってしまう。


「わたくしがゴージャスにデコレーションして差し上げましょうか?」


 シャーロットは中身はどうであろうと、とにかくゴージャスにすればいいという思想らしい。


「今のままでも十分に格好いいから、デコレーションしなくていいよ」


「アンナさん。遠慮なさらずとも……」


「いや。遠慮じゃないから」


 アンナにしては珍しく強めの口調で断った。

 なにせシャーロットに任せたら、魔法剣がどんな姿にされてしまうか分からない。

 シャーロットは私服がおしゃれなので、美的センスはあるはずだ。

 しかし彼女が描いた絵は、壊滅的に下手くそだった。


 魔法剣のデコレーションというものが、おしゃれと芸術のどちらに属しているのかは分からない。もし芸術だったら、直視できないほど無残な姿にされてしまう。

 つまりシャーロットに魔法剣を託すのは丁半バクチ。

 賭に出るにしては、リスクが高すぎた。


「外見の話はあとにしなさいよー。まずは魔法剣としての性能チェックよ」


「私も早くそうしたい」


 アンナは大賢者から二本の魔法剣を受け取り、鞘をベルトで背中に固定する。

 そして抜剣し、刃をきらめかせた。

 すると魔法剣から低音が鳴る。


 ――ブゥゥゥン。

 ――ぶぅぅぅん。


「……体を弄くり回されて恥ずかしかったって怒ってる」


「え、学長先生、魔法剣の体を弄くり回しちゃうような変態だったんですか……!?」


「昨日わたくしたちを食べておきながら、魔法剣にも手を出すなんて……けだものですわ! 見境なさ過ぎですわ!」


「ぴー!」


「ええ!? 誤解よぉ。魔力を抑える術式を作るために、魔法剣を調べただけよぅ。変態じゃないわ……」


「でも二本とも、乙女心が傷ついたって言ってるよ」


「えー、女同士なんだからいいじゃないのー」


 大賢者が言うとおり、魔法剣の人格はどちらも女性なのだ。

 女性同士なのに夫婦というのも妙な話だが、そもそも魔法剣の夫婦という時点で奇妙だ。

 些細なことを気にしても仕方がない。

 きっと古代文明には、女性同士が夫婦になる風習があったのだろう。


「学長先生! 女同士は何をしてもいいというのは危ない考えですよ! ね、シャーロットさんもそう思いますよね!?」


「そ、そうですわ! 許されるのはせいぜい、抱き枕にすることくらいですわ! それ以上はグッとこらえるのが礼儀というものですわ!」


「んん? シャーロットさんは私に、抱き枕以上のことをしたいんですか? というか、抱き枕以上のことって何ですか?」


「それは……秘密ですわ! そんな大したことではありませんから、気にせずとも結構ですわ!」


「はあ……何やら怪しいですが、シャーロットさんの必死さに免じて、聞かないでおきましょう」


 ローラは慈悲の心で追求をやめた。

 だが気にはなる。

 抱き枕以上……布団だろうか? 敷き布団だとしたら酷すぎるし、掛け布団だとしても一晩中シャーロットの上に被さっているのは寝苦しそうだ。

 これは確かに礼儀に反するなぁ、とローラは納得した。


 ――ブゥゥゥン。

 ――ぶぅぅぅん。


「よしよし。もう大丈夫だよ。次に学長先生の家にお泊まりするときは、私も一緒に行くから」


「あ、楽しそうなので私も行きます」


「そういうことであれば、わたくしが同行しない理由がありませんわ」


「あら。考えてみたら、あなたたち、まだ私の家に来たことなかったものね。いいわよ。いつでもいらっしゃい」


「わーい」


 と、ローラは飛び跳ねて喜びを表現した。

 大賢者は校舎の中に、自分が昼寝するためだけの部屋を作ってしまうほど奇想天外な人だ。

 その自宅となれば、珍しいものが沢山あるに違いない。


「とりあえず、魔法剣を使ってみる」


 アンナはまず、風の魔法剣を誰もいない方向に向け、軽く素振りをした。

 すると刃から風が放たれ、直線上の草を揺らしていく。

 まるで見えない指でなぞったみたいだ。


「……凄い。昨日まではどんなにセーブしようとしても、強い風しか出せなかったのに。狙ったとおりのそよ風が……しかも真っ直ぐ飛んでいった」


「使いやすくなったでしょ? 威力の下限が低くなっただけでなく、強い風の制御もやりやすくなったはずよ。やってみて」


「分かった」


 アンナは次に、つむじ風を起こした。

 それは草原の上で渦を巻き、徐々に大きくなり、竜巻と呼べるほどの規模になる。


「教室くらいの太さがある竜巻なのに、こっちにはまるで風が来ない。竜巻の中だけで納まってる。その上……竜巻を動かせる」


 その言葉どおり、竜巻は右に行ったり左に行ったりと不思議な動きをする。


「完全に私の意のまま。これでローラとシャーロットのスカートをめくってみよう」


「ななな!? 何を考えているんですかアンナさん!」


「風を操れるようになったら、誰しも同じことをすると思う」


「やりませんよ!」


「アンナさんがご乱心ですわぁ!」


 ローラとシャーロットは、追いかけてくる竜巻から逃げ回った。

 しかし、どんなに走っても竜巻は諦めてくれない。

 やがて三分ほど経ったとき、逆向きの竜巻を作って相殺すればいいのだと気がついた。


「目には目を、竜巻には竜巻を、です!」


 ローラは立ち止まって回れ右をし、アンナのと全く同規模、かつ逆回転の竜巻を発生させた。

 それにより、二つの竜巻はエネルギーを打ち消し合って消滅。

 スカートは守られた。


「アンナさんの野望は打ち砕きましたよ!」


「やはり正義は必ず勝つのですわね!」


「ぴー」


「やはりローラには通じなかった……でも自分の手足みたいに風を操れた。比べものにならないくらい使いやすくなった。学長先生、ありがとう」


「ふふ、どういたしまして。次は雷のほうを使ってみて。そっちもいい感じに仕上がってると思うわ」


「分かった」


 アンナは雷の魔法剣を天にかかげる。

 その先端から小さな稲妻が四方に伸びる。稲妻の規模は小さくなったり、大きくなったりと変化した。


「おお、こっちも強弱をつけやすい。ちょっと試しに学長先生にぶつけてもいい?」


「いいわよー」


「ていっ」


 稲妻は予告どおり、大賢者まで飛んでいく。

 かなり強い電流のようだ。大賢者は激しくスパークしている。

 もちろん防御結界で守られているので、ダメージを負うことはない。

 それにしても、雷に包まれた女性がにこやかに笑っている光景は、かなりシュールだ。


「アンナさん、わたくしにもお願いしますわ!」


「そりゃー」


 稲妻は大賢者からシャーロットに移動する。


「ああ~~、防御結界の厚さを調節すると、適度な電流で、マッサージされているかのようですわぁ」


「おお、シャーロットさん、頭いいです!」


 浮遊宝物庫でも似たようなことをしていたが、電流のコントロールが精密になったせいか、シャーロットは前よりも気持ちよさそうな顔をしている。

 ローラは自分も真似しようと考えた。

 が、次の瞬間、それが浅はかだと思い知る。


「そんな微妙な厚さの防御結界じゃ、いざというとき困るよ。えい」


「あばばばばばば!」


 魔法剣から放たれる稲妻がわずかに強まった。

 それによりシャーロットはしびれ、変な声を出しながらビクビク痙攣する。


「酷いですわアンナさん! わたくしに何の恨みがあるのです!?」


「これは魔法剣の性能テスト。色々試すのは当然。別にシャーロットのマッサージのためにやってるんじゃないから」


「そうですよシャーロットさん。お粗末な防御結界を貼って電気マッサージしようとするのが悪いんです」


 ローラは一瞬だけ電気マッサージに憧れた自分を棚上げし、シャーロットを糾弾する。


「うぅ……では本気で防御結界を張りますわ。なのでアンナさんも、本気で電撃を飛ばしてくださいな! 力比べですわ!」


「いいの? この魔法剣、凄く使いやすいから、私が勝つかもしれないよ?」


「自信満々ですわねアンナさん。ですが、わたくし、これでも学園で二番目に強い生徒。そしていずれはローラさんを倒し、最強になる生徒ですわ。そう簡単に負けたりはしませんわよ!」


「私だって、いつまでも弱いままじゃいられない」


 シャーロットとアンナの間に火花が散った。

 それは不穏な空気ではなく、互いの力を正々堂々ぶつけ合おうという清々しいライバル心だった。


「若いっていいわねー。ケガしても治してあげるから、二人とも頑張りなさーい」


「シャーロットさんもアンナさんもファイトです!」


 大賢者とローラの声援を受けながら、二人は草原の上で対峙した。

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