第175話 草原で特訓です

「到着」


「思ったよりも時間がかかりましたわぁ」


「シャーロットさんがジグザグに飛んだり、学長先生に体当たりしたりするからですよ」


「それは不可抗力ですわ! まさかあんなところに学長先生がいるとは思いませんわ!」


「それはお互い様よ。私だって寝ているとき、背中にシャーロットちゃんが激突するなんて思っていなかったもの」


「……つまり、かの大賢者の予測を超えた攻撃ということですわね!」


「へえ……あれって攻撃だったのね……シャーロットちゃん。ちょっとこっちにいらっしゃい」


「じょ、冗談ですわぁ!」


 シャーロットは草原の上を走り、ローラの後ろに隠れた。

 しかし身長に差がありすぎて、まるで隠れきれていない。

 そこでシャーロットは、ローラの頭の上にいたハクを持ち上げ、自分の顔に貼り付けた。


「あのシャーロットさん。それはあまり意味がないと思いますが……」


 ローラは顔を上に向け、ルームメイトの愚かさを指摘する。


「ハクで視界を塞ぐことにより、現実から目をそらすことができますわ!」


「うーん……それは神獣の正しい使い方ではありませんねぇ」


「ぴー」


 ハクは四肢を使い、しばらくシャーロットの顔面に張り付いていたが、面倒になったのか、もぞもぞと頭の上まで登っていく。

 そして視界が回復したシャーロットは、大賢者の姿がないことにようやく気付く。


「あら? 学長先生は……」


「ここよ!」


「ひゃあ!」


 大賢者はシャーロットが現実から目をそらしている隙に気配を消し、彼女の背後に回っていたのだ。

 そして制服の中に手を突っ込み、脇腹をこしょこしょ。


「お、お許しを~~!」


「うふふ。現実から目をそらしちゃいけないという教訓よ」


 やはり大賢者は、昼寝の邪魔をされたことに相当怒っているようだ。

 ローラはシャーロットを反面教師に『寝ている学長先生に体当たりしないように気をつけよう』と誓いを立てた。


「学長先生。シャーロットをくすぐるのはその辺にして、私の魔法剣を見て欲しい」


「ああ、そうだったわね。シャーロットちゃんのもだえる声が可愛くて、ついつい」


「酷いですわ、あんまりですわ!」


「ぴー」


「ハクは慰めてくれるのですね……優しいですわぁ」


「ぴ!」


 ハクは前脚でシャーロットの頭をなでなでする。

 やはり神獣は頭の上に乗せてこそ、最高の働きをするのだ。


「じゃあアンナちゃん。魔法剣で私に攻撃してみて」


「学長先生に? 反撃したりしないよね……?」


 アンナは不安そうな顔になる。

 なにせ大賢者は人類最強だ。ローラですら足下にも及ばない。

 そんな彼女に反撃されたら、痛いでは済まないだろう。


「大丈夫、大丈夫。防御するだけ」


「本当? くすぐったりしない?」


「……アンナちゃんも可愛い反応しそうね」


「私は何をされても表情が変わらないキャラだよ」


 と、アンナは青ざめた顔で呟く。

 すでに表情が変わってしまっていた。


「ふふ、冗談よ。本当に防御するだけだから。安心して打ち込んできて」


「分かった。信じる」


 アンナは頷き、背負っていた鞘から、魔法の双剣を抜く。

 その瞬間、魔法剣たちの〝声〟が聞こえた。


 ――ブゥゥゥン。

 ――ぶぅぅぅん。


 大きな羽根が振動しているかのような低音が響く。

 ローラたちにはただの音としか認識できない。

 所有者であるアンナだけが、声として聞くことができるのだ。


「二本とも怯えてる。学長先生が強敵だって。もうちょっとオーラ消して」


「え、オーラ? そんなの出してるつもりないんだけど……どうしたらいいのかしら?」


「安心感のある言動をしてみて」


「はぁーい、私、カルロッテ・ギルドレア! 麗しき大賢者って呼ばれてるわ。よろしくね! きゃぴ!」


「……逆に怯えてる」


「どうしてよ!」


「学長先生、センスがちょっと古いですよ!」


「外見が若くても、やはり三百歳ですわ……」


「……あなたたち、あとで全員くすぐりの刑よ」


「ひえっ……アンナさん、学長先生を倒しちゃってください!」


「無茶ぶりすぎる」


 アンナは諦めたように呟きつつ、口調とは真逆の激しい魔力を解放した。

 魔法剣の夫婦が放つ雷と風は、周囲の草を燃え上がらせ、その燃えカスを舞い上がらせる。


 雷は天高くまで登り、風は見える範囲の草全てを揺らした。


 これでも魔法剣に秘められた魔力の、おそらく極一部を引き出しただけのはずだ。

 なのに、この威力。

 並の相手なら、近寄っただけで黒焦げにしてしまうだろう。


「へぇ、なるほどね。もうこの段階でツッコミどころがあるけど……ま、とりあえず来なさいな」


 だが大賢者は涼しい顔で、手招きさえしている。

 招かれたアンナは、風を使って加速し、一瞬で距離を詰めた。

 大賢者の頭上に、二本の刃を振り下ろす。

 本当に手加減抜きだ。

 寸止めなど微塵も考えていない。

 頭蓋骨を斬り裂くための攻撃。

 絶対に受け止めてくれるという信頼がなければ、できない芸当である。


 大賢者は暴風を受けても平然と立っている。

 雷を浴びても皮膚や髪どころか服さえ焦げない。

 そしてアンナの信頼に応え、魔法剣を受け止めた。

 ただし信頼に応えるにしても、その受け止めかたは予想を超えていた。


「なっ!?」


 アンナは目を見開いて硬直している。

 横で見ていたローラとシャーロットも同様だ。


 何せ、あの強烈な二つの斬撃を、大賢者は人差し指だけで止めているのだ。

 指で挟んだのではない。

 本当に、指先の一点だけで、アンナの渾身の力を無効化している。


「えいっ」


 と軽く呟き、大賢者は魔法剣を押し返す。

 するとアンナは草の上にぺたりと尻餅をついてしまった。

 戦意喪失とともに、風も雷も消えてしまう。


「あら、大丈夫、アンナちゃん?」


「……びっくりした……訓練場を吹き飛ばしたときよりも、ずっとずっと魔力を引き出したつもりだったのに」


 アンナは大賢者に腕を引かれて立ち上がる。


「確かに魔力は凄かったけど……周りにまき散らしてるだけだから、威力に貢献してないわよ。見た目が派手なだけね」


「そうは言っても、現に訓練場は吹き飛ばせたよ?」


「広範囲に攻撃しようとしてそうなったならいいけど、目の前の相手に攻撃しようとして周りを吹き飛ばしたなら、それは魔力を制御できてないってことよ」


「なるほど。勉強になる」


 アンナはしみじみと頷いた。

 ローラとシャーロットも、改めて攻撃魔法の基礎を再確認する。

 特に、相手が小さいのに無駄に広範囲を破壊してしまうというのは、二人ともやりがちなことだ。

 魔力の無駄遣いなので、もっと効率的な戦い方を心がけたい。


「それで学長先生。さっきアンナさんの攻撃を受け止める前に『この段階でツッコミどころがある』と言っていましたが、それは何ですか? 私は、凄い魔力だなぁ、くらいにしか思わなかったんですけど」


「わたくしも気になりますわ。アンナさんだけでなく、わたくしたちの参考にもなりそうですわ」


「あら、皆、勉強熱心ね。偉い偉い。で、ツッコミどころなんだけど……魔法剣から引き出した魔力が強すぎるってところよ」


 大賢者の言葉を聞き、ローラ、シャーロット、アンナが一斉に首を傾げた。それを真似っこしてハクも首を傾げた。


「魔力が強いのはいいことじゃないの?」


 アンナは質問する。


「使いこなせたら、ね。これはアンナちゃんだけじゃなくて、ローラちゃんとシャーロットちゃんにも言えることなんだけど。必要以上の魔力は、たんに無駄遣いというだけでなく、魔力の制御を難しくするだけで逆効果もいいところなの。ほら、体を動かすときだって、力むより肩の力を抜いたほうが上手くいったりするでしょ? 魔法も一緒」


「なるほどー。何となく分かる気がします!」


 魔力の力みすぎ、という感覚は、ローラもときどき自覚していた。

 もっと少ない魔力でも同じことができたのではと思い、何度か練習して、無駄を減らしていく。

 顕著なのは次元倉庫だ。向こう側の世界へ通じる〝門〟を開くには、かなりの魔力が必要である。しかし何度も次元倉庫を使っているうちに、より少ない魔力で素早く門を開けるようになってきた。


「わたくしも以前は力んでいましたが、最近は効率的な魔力運用ができるようになりましたわ!」


「うーん……シャーロットちゃんもローラちゃんも、私から見たらまだまだね」


「そうですの!?」


 シャーロットは自慢げな顔から、大変ショックな顔へと転落した。

 めまぐるしい人である。


「とにかく練習あるのみですね!」


「ローラちゃんとシャーロットちゃんはね。でもアンナちゃんは剣士だから魔力コントロールが苦手でも仕方ないし……そもそも自分のじゃなくて魔法剣の魔力を丁度よく引き出して制御するのは、ちょっとやそっとの練習じゃ無理だと思うわ」


「そんな……じゃあ私はこの魔法剣を使いこなせないの?」


「焦らないで。アンナちゃんにとってその魔法剣は、決壊した堤防のようなもの。水が次から次へと溢れて、制御どころじゃない。本当に必要なのは、必要なときに必要な量の水を取り出せる井戸。だから私が魔法剣を井戸に改造してあげるわ」


「改造? そんなことできるの?」


「まあ、改造と言っても、魔力が出過ぎないように、ちょいちょいっと術式を加えるだけだから。というわけで一晩だけ貸してちょうだい」


「一晩で済むとは凄い。じゃあ、お願いします」


 そう言ってアンナは大賢者に、二本の魔法剣を鞘ごと渡した。

 そのとき、ブゥゥゥンぶぅぅぅん、と魔法剣から低音が悲しげに響いた。


「……なんか、学長先生に怯えてる。改造されたくないって」


「えー、大丈夫よー。痛くしないからー」


 ――ブゥゥゥン。

 ――ぶぅぅぅん。


「……さっき指先で刃を止められたのが怖かったらしい」


「古代文明の魔法剣って意外と繊細な心を持ってるのね……まあ、怯えてても強引に持って行くわよー」


 大賢者がそう言ってアンナから鞘を受け取ると、魔法剣たちはブンぶん唸りながら、ガチャガチャと暴れ始めた。


「往生際が悪いわねぇ……今のままだとあなたたちがマスターの役に立てないから協力してあげようとしてるのに。聞き分けのない魔法剣は次元倉庫に入れちゃいます!」


 二本の魔法剣は、次元の彼方に消えてしまった。

 可哀想に。

 大賢者に目をつけられたら、古代文明の遺産といえど逃げられないのだ。


「学長先生。くれぐれも、剣たちには優しくしてあげてね?」


「あら、心外ね。私はいつでも優しいじゃない?」


「そうだけど。たまにサメの着ぐるみを着て、私たちを食べようとするし」


「それはあなたたちが可愛すぎるのがいけないのよー」


 などと言いながら、大賢者は次元倉庫からサメの着ぐるみパジャマを取り出して、目にもとまらぬ速さで着替える。

 そしてアンナをガシッと抱きしめ、耳をはむはむと甘噛みし始めた。


「わ、わ、食べられる。ローラ、シャーロット、助けて」


「大変です! 学長先生がサメになっちゃいました! アンナさんが食べられている隙に逃げましょう!」


「アンナさんの貴い犠牲は忘れませんわぁ……」


「ぴー」


「これは酷い」


 アンナと大賢者を放置し、ローラとシャーロットは草原を走り出した。

 が、次の瞬間、足下が氷で覆われ、すってんころりとすべって転んでしまう。


「ふふふ、私からは逃げられないのよ」


「ひゃあ、学長先生が迫ってきます」


「わたくしたちは食べても美味しくないですわー」


「ぴ! ぴ!」


 抵抗空しく、ローラもシャーロットも、そしてハクも食べられてしまった。

 そうやって散々遊んだあと、王都に戻り、ラン亭でラーメンを食べて解散する。

 明日、魔法剣がどう仕上がっているか楽しみである。

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